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第31話「ザッカスの話、いやそんなことよりゴブノスケ」



 ザッカスがダンジョンに挑んで、もう既に一か月になろうとしていた。

 ザッカスの声が今日もまたダンジョンでこだまする。


「だああああ! またやられちまった!」


 ザッカスが悔しさをあまり感じさせない声で倒れむ。

 彼の目の前には剣を振り上げる容赦のないゴブリンソードが2体。動かない体では成す術もなく、ザッカスは6階層にて命を絶った。

 暗転。


「……」


 ザッカスの視界には空が映っていた。

 今日も今日とてダンジョンの挑戦に失敗してしまったザッカスは「くそっ、明日こそ、明日こそは7階層にまで潜り込んでやる」と頭を掻きながら立ち上がり、近くに設置していた小さなキャンプ地で、唯一手元に残している服を着た。


 彼の表情もこのダンジョンに来た当初のそれとはまるで別人のようなそれへと変化していた。

 少し前までのザッカスはスキンヘッドで、鋭い目と顎にびっしりと生えた無精ひげ。ただでさえ強面であるにも関わらず、それれの目がまるで睨むように目じりを釣り上げていたことでもはや悪人面ですらあった。

 だが今のザッカスの目尻は垂れており、見ようによっては単なる強面の優しそうな大男にすら見える。

 まさに憑き物が落ちたかのよう。


「今日も6階層までか……明日こそは7階層まで進みてぇもんだ」


 保存食を口に入れながらも、例の悪態をつくことなく明後日を見やるザッカス。

 その表情は、やはりどこか普段の彼とは違う。同じ冒険者仲間が彼を見つけたならばおそらくは逆に心配をするだろうほどに今のザッカスは穏やかですらあった。


 ――いつ以来ぶりだ。この俺がこんなにも気分がいい日は、よ。


 明後日の方向には普段の彼ならば気にも留めていなかっただろう大木が悠然とそこに立ち尽くしており、そこに羽を休めるように葉や枝の隙間へと降り立っていく鳥たちを見て目を細める。

 彼も冒険者を始めた当初は今のように荒んだ性格をしていなかった。むしろ最近ここに潜ったシルバー級冒険者のヴァレンスのように自分の将来を信じて疑わない、そんなまっすぐな少年だった。


「……」


 己の手を開いてみれば冒険者らしく、ごつごつとした手のひらがザッカスの目に入る。

 彼が冒険者を始めた場所は王都。年齢はまだ15歳の時だ。

 初めてゴールド級冒険者を見た時は目を輝かせていたし、それが叶わないと自分の才能の限界を知ってからも若い冒険者が己よりも優れた等級の冒険者になれるようにとサポートもたくさんしてきた。


 そんな彼の人生の転機は27歳。妙に生意気でプライドの高い初心者冒険者の教え役として依頼を受けた時だった。

 ブロンド級冒険者の言うことなど聞く価値がないと初心者冒険者が言って第1位階の魔物であるホーンラビットに角で太ももを刺されるという、ありがちな怪我を負うという事故があった。

 どこにでもよくある、血気盛んな少年の怪我。

 むしろその少年が死亡しなかったのはザッカスが根気よく彼についていたおかげだ。

 ただそれだけの事故だ。


 そう、単にその少年が貴族だったというだけの話。そしてそれを騒がされて居場所を移らざるを得なかっただけの話だった。その過程で、本部のギルド職員がブロンズ級という何の変哲もない冒険者であるザッカスが様々な冒険者から好かれていたことを妬み、彼に対してあえて貴族であるという情報を教えなかったということもザッカスは知った。

 そうしてザッカスは己を諦め、他人とは臨時パーティのみを組むようになり歪んでいった。

 人は人を映す鏡だ。

 ザッカスが歪めば、関わろうとする人も歪んだ人間になっていく。


 冒険者として楽しかった気持ちを忘れ、鬱屈したストレスを抱え、それでも27歳までで得た経験から危機には敏感で、そうして命を賭けなかった自分へのやり場のない怒りを成長させ、周囲にまき散らし、ザッカスは今へと至った。

 初心者のためのダンジョンに遊び半分で顔を出し、ゴブリンマスターを甚振った今へと。


 きっと、だからこそ、だろう。

 死んだ。

 ダンジョンの外で生き返り、またダンジョンで死んで。

 ただひたすらに死んだ。

 それでも挑んだ。挑まなければ生き返ることすらもできなくなるから。


 死を繰り返し、痛みと恐怖に耐え続けた先にザッカスは思い出す。今ここにあるものはお互いの誇りを賭けた生命のみだということに。

 このダンジョンには何のしがらみもない。悪意も持っていない。ゴブリンたちが己が本能に従い冒険者という挑戦者を殺そうとしているだけだ。


 ダンジョンで殺された魔族に恨みなど、自身がハイゴブリンにしてきた悪意に比べれば随分と生ぬるい。自身が初心者用ダンジョンで死んだことで受けた恥など、なんと小さい。

 このダンジョンにザッカスが挑むようになって最初はゴブリンたちの目には憎しみが宿っていたが、今では同情すらしているかのような目で自身を見ていることもザッカスにそう思わせる一つの要素でもあった。


 毎日素っ裸でダンジョンに挑み殺されている姿は、お人好しのゴブリンたちにはそれだけで十分な禊でもあったということなのだろう。

 このダンジョンは死の痛みに耐えさえすれば、何度でも命を懸けることが出来るダンジョンだ。

 勝てなかった魔物に挑んで勝ちをもぎ取った時、絶体絶命の危機ですら笑えていた時、純粋に冒険者という職業を楽しんでいたそのギリギリの戦いを、ここではいつでも味わうことが出来る。


 ひたすらに己の生命だけが自身の全てである。

 他に必要なものなど何もない。

 それに気づいたとき、ザッカスは久しぶりに、本当に久しぶりに心からの笑顔を浮かべることが出来るようになっていた。


「……」


 そうして己を取り戻したザッカスだったが、フとその表情に陰りが生まれた。


「明日で最後か……ずっとここで暮らしてぇよ、クソが」


 もちろん、それが出来ないことは誰よりもザッカス自身が理解している。それでも呟かざるを得ない程に彼はこのダンジョンを好むようになっていた。もはや彼の中には魔族の男への恨みも、ハイゴブリンへのこだわりもない。 

 




 さて、ダンジョンの外でザッカスがキレイなザッカスへと変貌し始めていたころ。

 正確にはその翌朝。

 ダンジョン内ではそれどころではない大事件が起こっていた。

 即ち――


「んん……うわーよく寝た!」


 ――ゴブノスケが目を覚ました。


 この時、新たにグリーンダンジョンの調査を任されたオリヴィエパーティはまだ護衛の任務中。オリヴィエ達が危惧していた通り、護衛主の我儘によって既に終えている予定だったはずの護衛が大幅に遅れて、未だに終わっていない。本来ならば今頃港都市マリージョアに戻って体を休めているはずが、現在もまだ王都にて足止めを喰らっている。

 グリーンダンジョンへの調査はまだ入らない。



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