第30話「ダンジョン確変中につき」
「ふむ、なかなかに興味深いな」
ザッカスが我らのダンジョンへと潜り始めてから既に2週間が経過していた。
何が面白いかと問われると、ザッカスという人間が面白い。
初日こそ10階層にまで潜り込んだザッカスだったが、そこで全ての力を使い果たしてしまったらしく、2日目以降からは徐々に浅くまでしか潜ることが出来なくなってきていた。
その最も大きな原因はまずは装備の問題だろう。一度目のダンジョン挑戦でおそらくはすべてをかけていた奴はそれに失敗して、最も信頼に足る装備をダンジョンによって吸収されてしまった。そのため、予備の武器を使っていたのだろうがそれも徐々に質が悪くなっていき、今ではダンジョンに入る時は布切れ一枚も身に着けずにダンジョンへと入る始末だ。
そしてその装備を失ってしまったことで、半ば諦めの境地へと陥るようになってしまっていることも徐々に浅い階層で死んでしまうことの原因の一つだろう。
最初の5日あたりは死への恐怖からか、質の悪い装備や防具でも必死になってダンジョンのゴブリンたちと戦っていたのだが、それを過ぎたあたりから徐々にやる気を失い始めていた。1階層で死ぬ日もあったぐらいだ。だが、10日を過ぎたあたりからなぜかやる気が復活したらしく、裸一貫の状態から6階層にまで到着するようになった。2週間が経過した今となっては嬉々としてダンジョンに挑んでいるようにすら見える。
殺されても死なないことで吹っ切れたのか、それとも何か別の感覚が芽生えたのかはわからんが、たかが2週間足らずで不退転の目から一転。今では楽しんでいるようにすら見える。
そのような変化を遂げたことがなかなかに興味深い。
加えて、ここから先は興味深いというよりも愉快なことだが、ザッカスがダンジョンへともたらした影響が劇的だった。
我が目覚めたばかりの頃はひたすら遊んでいたゴブリンたち。それが今やザッカスを今か今かと待ち受けるようになった。そこにはおそらく、ザッカスへの怒り以外にもダンジョン魔物としての本能が刺激でもされたのではないかと考えられる。
それほどに、今のゴブリンたちは生き生きとするようになってきている。
ザッカスが来るまでは休憩しながらも気配を見落とさないように気を配り、ザッカスに殺された者は、翌日に復活した時に明らかに憤りを感じているように地団太を踏むゴブリンもいる。
今のザッカスの最高進度は一応は10階層だが、それは初日だけの話。今となっては6階層が限度だが、7階層から9階層までのゴブリンたちは戦いもせずに突破されたことが非常に悔しかったようで、我が指示を出したわけでもないにも関わらず示し合わせたように殺し合わない範囲で研鑽を積むようになったり、なにやら真剣な面持ちで会話をして戦術を練るようになっていた。
最も問題視していた共闘戦術も、ザッカスにやられることが増えてから、ゴブリンたちは自然と協力するようになってきている。これはザッカスに敗北することが多い5階層までの話だが、それでも目覚ましい進歩と言える。
ザッカスが来るまでは、冒険者が来るように宣伝したことは早計だった気もしていたが、ゴブリンたちがここまで変わってきているとなるとやはり正解だったような気もしてくる。
――素晴らしいな、ザッカス効果は。
「さて」
ダンジョンボスメニューの戦闘観察で、笑い声をあげながら4階層のゴブリンたちと戦闘を繰り広げているザッカスから目を離し、10階層へと目を向ける。こちらは3日目以降に再度殺し合いをするようにと伝えていた階層だ。ザッカスがたどり着ける様子ではないことに気付いたため、我から指示を出していた。
アンコとオーガの勝敗の行方は戦闘に慣れてきたアンコが優勢。現状でアンコが敗北する様を一度も見たことがない。そもそもアンコとオーガでは位階が違う。オーガがアンコを初日で破れなかった段階でこうなることは予測していた。それでもオーガは毎日アンコへと挑む。オーガがまだ負けを認めてはいないということだろう。
と、我の興味はそちらではなく他のダンジョン魔物たちの戦いだ。
そこでは第3位階のゴブリンたちとビッグアント、さらには既に進化を果たした第2位階のソルジャーアント、アルゼンアントが入り乱れていて、こちらの戦いはザッカスの戦い以上に興味深いものになっている。
「さすがアンコといったところだな」
我が娘ながら素晴らしいことを考えたものだと毎日、称賛して既に1週間以上。それでも我の称賛がとまることはまだない。
アンコが行ったことは単純なこと、以前に我に『試してみたいこと』と言っていたそれ。つまり、フロアのゴブリンたちと同数のダンジョン魔物――ビッグアント――を増やした。ただそれだけだ。
だが、ただそれだけが今や非常に大きば役割を果たすこととなっていた。特に一週間前ほどでソルジャーアントやアルゼンアントが入り乱れるようになってからはその役割が顕著になってきていた。
アント種が第1位階のビッグアントのみだった時は単純に第3位階のゴブリンたちに一掃されて終わるという日々が続いていたのだが、何かの拍子にゴブリンを倒したアントがソルジャーアントへと進化を果たした瞬間からその一方的な力関係に罅が入るようになった。
ソルジャーアントを指揮官として、ビッグアントが一斉にゴブリンたちへと襲い掛かるようになったのだ。
それにより、アント種が全滅する頃には毎日半分くらいのゴブリンたちが殺されるようになり、第2位階にへの進化を果たしたアント種が大多数を占めるようになってからは一気にその情勢が一方的ではなくなっていく。
そうしてゴブリンたちが気づいた。
自分たちの方が1対1ならば勝てるのに、なぜこうも苦戦を強いられているのか? ということに。
そうしてゴブリンたちが仲間同士でお粗末ながら共闘を始めて、またアントたちが徐々にゴブリンたちを倒せる数が減っていく。だが、それでもいくらかのゴブリンを倒してはビッグアントが第2位階へと進化していく。
アンコの子たちによる影響がゴブリンたちの仲間意識を変化させたという、非常に好ましい状況。我ながら文句なしという状況にだが『待った』をアンコがかけた。
オーガとの戦闘を放置して、それでもゴブリンやアントたちに話しかけては何かを諭していくアンコのその姿はやはり女王。魔王だった頃の我よりも王としての姿がサマになっている。
そして、今の状況に至った。
ゴブリンとアントが部屋ごと同数になるように分かれ、種族を仲間とするのではなく部屋のダンジョン魔物を仲間として戦い、入り乱れる。
ゴブリンロッドやゴブリンタリスは前衛をアントたちに任せ、ゴブリンハンマーは共に敵へと食らいつき、ゴブリンソードはアントの背に乗って器用にダンジョンを駆け回る。
まるで人族や魔族が馬に乗って戦うように、冒険者の魔物使いが魔物と共闘するように、ゴブリン種がアント種と共闘をする。
我では到達させることのできない世界が既にある。
順調に成長していくダンジョン魔物たちに、我は笑みが抑えられそうになかった。