第29話「第2の刺客」
ザッカスがグリーンダンジョンへと潜って一週間が経過していた。
港都市マリージョア。
その冒険者ギルドに遂にギルドマスターのテオドニと副ギルドマスターのヨハンが待望していた、信頼と実力を兼ね備えた冒険者たちが帰ってきていた。
既に、例の如くギルドマスターの部屋にて当事者たちの話し合いが行われている。
テオドニとヨハンの二人へと向かう合うように、二人の冒険者が肩を並べていた。一人はブロンドの髪を後頭部で一つにまとめて垂らした髪型が特徴的な凛々しい表情の女性冒険者。誰が見ても美形と称するであろうが、醸し出す雰囲気はどこか男性のような荒々しさを醸し出している。そしてその隣に座る一人は銀髪で髪を短く刈り上げている男性冒険者。女性冒険者ほどではないが、こちらも間違いなく美形と称される部類だろうか、彼は彼で無表情に近いまま顎に手を置き、何かを考えるかのように黙り込んでいる。
「……」
会話が一息を終えたところで、一室に沈黙が舞い降りる。
その隙間をぬったわけではないだろうが、そう感じられるほどに金髪の女性がその凛々しい表情を一切変えずに最後の確認といった形でテオドニへと視線を送った。
「つまり、グリーンダンジョンの異変調査という任務ということでいいのか?」
「あぁ、特に今回はダンジョンボスの魔族の男の等級を知りたい」
「どの等級の冒険者ならば踏破が可能か、または魔族の男を倒すことが可能か。そういった細かい見極めを任せることが出来る冒険者は君たちかな、ってね」
テオドニの言葉に対して、金髪の女性が考えた時間は一瞬だった。
隣の銀髪の男性へと目配せをしてから、すぐに頷く。
「……そうだな、私たちで良ければ承ろう。なによりもテオドニ氏とヨハン氏に頭を下げられれば受けないわけにいかない。構わないか、ヘリックス?」
「そうですね、オリヴィエさんがそう言うなら僕もそれで構いません」
銀髪の男性冒険者――ヘリックス――が金髪の女性冒険者――オリヴィエ――へと笑顔で返す。
二人のその肯定で、テオドニが「ふぅ」と小さく息を吐く。
「そりゃ助かる……うちは一応大都市だが田舎でもあるからな。冒険者はけっこういるが、金級を超える冒険者はほとんといない。お前さん方が受けてくれねーと、面倒なことになるところだった」
「ああ、非常に助かるよ」
ヨハンが安堵の息を漏らす。
シアアントというそもそもの危険性は言うまでもないことだが、さすがに数か月云々で大きな変化があるとはテオドニもヨハンも考えていない。アント種がクィーンに至るまでには数十年近くか。いやもっとかかるともいわれている。いくらダンジョンという不確定要素が多い環境とはいえ流石に1年以上はクィーンになる心配はないだろうと二人は考えている。現場を知らないギルドマスターならばその1年は大丈夫という考え方さえもありえない、ビビりすぎたと言って鼻で笑うだろうが、二人は冒険者として十分に研鑽を積んできている。誰よりも危険性への嗅覚に優れており、その可能性を疑っていない。
……そんな彼らでもダンジョンでは既にクィーンアントになってしまったという事実を想定することは出来ていないということがどれほどにグリーンダンジョンの変化が急激なものかを如実に表しているのだが、それはともかくとして。
つまり、以前に二人が会話をしていたようにシアアントに関しては数カ月単位での様子見で問題がないという結論に達しており、なのでどちらかといえばテオドニたちの最大の杞憂はダンジョンボスの魔族の男――要するにテンマ――をいざ討伐する必要が出た時に、どの等級の冒険者が必要なのかを未だに把握できていないところだ。
既に銀級冒険者もヴァレンスたちが破れている以上、こればかりは金級以上の冒険者でない限り調査出来ないことだ。
もしもこの任務を二人が受けないとなると、本部や国の遅い対応に頼っていられない以上、港都市マリージョア最強の冒険者に頼まなければいけないところだった。だからこそ安堵の息を吐いたヨハンだったがすっかりと忘れていたことを思い出して「あ」と小さい声を上げた。
「どうかされたか?」
「あと出しになって悪いんだけど、そういえばザッカス……っていう銅級冒険者が一週間前からグリーンダンジョンに潜ってるんだった」
「そういやそうだったな。まーでも別に気にする必要はねーだろ」
「そうなんだけどね。一応情報として二人には伝えておこうかなと」
少しだけ申し訳なさげに笑うヨハンへとヘリックスが「ですが、僕たちにも都合があります」と初めて否定の言葉を告げた。
「……都合ってのは?」
「既に一件、護衛の依頼が入っています」
テオドニの問いに、ヘリックスはまるでオリヴィエにも言っているかのように目を配りながら答える。だがそれは本当にその通りだったようでオリヴィエが小さな声で「そうだった。面倒な依頼があったな」とうなだれるように呟く。
オリヴィエが依頼を忘れることは珍しくもないのか、ヘリックスはそれに対しては無反応。今度はテオドニとヨハンへと視線をしっかりと送ってから口を開いた。
「1週間後から始まる護衛依頼、片道で約1週間。往復で2週間。それからこちらへ帰ってきて、体を休める期間と、グリーンダンジョンまでの距離を考えると今から約一か月後にダンジョンの調査に入ることになりますが……その場合、問題ありますか?」
具体的に挑むまでのスケジュールを語るヘリックスの横でオリヴィエがわかっているのかいないのか、雑にうんうんと頷いている。それらの様子がまるで自分たちを見ているように感じたヨハンが笑みを浮かべてテオドニをチラリとみるのだが、テオドニはそこに何も思っていなかったらしい。いつもならば豪快に笑い飛ばしそうなものだが、珍しくも特に表情を変えることなく、そのままヘリックスの言葉に頷いて本題を進めた。
「さすが勇者『首狩り』のパーティ。忙しそうだな……もちろんそれでかまわねぇ。むしろそれぐらい時間が空いているほうが、ダンジョンの変化も探れて都合がいい。1カ月から2カ月の間ぐらいで行ってくれりゃー十分だ」
「わかりました。助かります。なにせ今度の依頼主はえらく我儘でして……それでは、そういうことで」
「はぁ、あの護衛は金払いがよくてつい受けてしまったが、やはり億劫だな」
ヘリックスとオリヴィエがまずは目の前のことに少しばかりゲンナリとした表情を見せながらも立ち上がり、ギルドマスタールームから出ていく。
「……」
二人になり、わずかな沈黙の後ヨハンがふと尋ねる。
「少しだけ、オリヴィエ達に断ってほしかった……という顔をしてなかったか?」
「……チッ、よく見てんなお前」
「何年の付き合いだと思ってるんだ?」
そっぽを向いて答えるテオドニから、ヨハンもまた明後日へと向いて呟く。
「事務作業をしっかりと一人でやってくれたら、グリーンダンジョンなら付き合えるよ」
「っ!?」
ガタと椅子から立ち上がったテオドニへと、相変わらず顔を向けないままでヨハンが言葉を続ける。
「あそこは不殺だから、妻も笑って頷いてくれたよ」
「そうか! そうか! 不殺ダンジョンならいけるってことだな!?」
テオドニが嬉しい様子を隠そうともせずに何度も頷く。
「ま、そうは言ってもその魔族の男がオリヴィエたちよりも強いっていうありえない話の……っておい、腕を振り回さないでくれ」
「いや、こんなにも嬉しい話は久しぶりだってーの!」
困惑するヨハンと狂喜するテオドニ。38歳となる二人のおっさんが手を取り合って騒いでいる様子を、テオドニへの書類を回しに来たギルド職員が発見するまで、もう間もなく。そしてこれがテオドニが未だに結婚していない理由だとしてギルドにまことしやかに流れ始めるまでも、もう間もなく。
とにもかくにも。
ヴァレンスパーティよりも強力なオリヴィエパーティがグリーンダンジョンに訪れるまで、あと一か月。




