第27話「ザッカス来たる!」
「絶対にぶっ殺す」
広がる草原、景色を彩るように背を伸ばした大木。ときおり揺れる風の葉音。そして、それらを照らす優しい陽光。そこに、ぽつんとそびえる地下への大きな口を開いた洞窟型のダンジョン。
グリーンダンジョン。
そのダンジョンの前でザッカスがこの平和な光景を憎むかのような声を吐き出した。
「ダンジョンの前に着いた途端に、症状も収まりやがって」
ギリと歯を食いしばってダンジョンを睨みつける。
テンマからの呪縛を受けたザッカスはその一週間という期限ギリギリになって、遂にグリーンダンジョンへ再度挑むこととなった。
彼が拠点に置く港都市マリージョアからここグリーンダンジョンへは馬を飛ばせば2日で到着できる。往復でも4日。それが7日間というギリギリの期限まで時間がかかってしまった理由は1カ月もの間、ダンジョンに潜り続けるための準備に時間がかかったということもあるが、それ以上にザッカスがギリギリまで呪縛が嘘である可能性を信じていたからでもあった。結局は徐々に悪くなり始める体調で、その呪縛を信じるしかなかったのだが。
そうしてどうにかダンジョンへとたどり着いたザッカスの目的はもちろん彼に呪縛をかけたテンマの生命だ。とはいえテンマだけではなく、彼単体では勝てないオーガがダンジョンにいることも理解しており、そう易々とはたどり着くことが出来ないことも熟知している。
だからこそそれを突破するための……というよりもそれを突破するためだけにといっても良い程度に魔術具の準備もしてきている。もちろん、テンマを殺すための魔術具も持ち込んでいる。彼とて伊達に長年を冒険者として過ごしてきているわけではないのだ。
「前に来たときはダンジョン魔物が一体しかいなかった。今回はどうか知らねぇがどっちにしても余裕だろ」
ザッカスの理想は前回に挑んだ時のように、各フロアに一体ずつしかダンジョン魔物がいない状態。とはいえこれが前回の時のみのことであったことも予想している。今回からは今までの経験通り5階層まではグリーンゴブリンが、6階層からはレッドゴブリンなどが多数出るで状態であることがザッカスの予想だ。
彼一人の実力はあくまでも銅級冒険者。初心者冒険者でも討伐できるようなグリーンゴブリンしかいない5階層までとは違い、6階層からはレッドゴブリンたちが多数存在している。パーティを組んでいた今までや、1対1ならばともかく一人で挑むこととなったザッカスでは1対多数になってしまった時、オーガに到達する前にグリーンに殺されてしまうことになる……という心配をザッカスはしていなかった。
それはこのゴブリンたちを舐めているだとか、自身の実力を過剰に考えているとか、そういった甘い考えからではない。
単純にグリーンダンジョンのゴブリンたちが連携を一切知らないようなゴブリンたちだからだ。まるで馬鹿の一つ覚えに一人に対して一体でしか立ち向かわない習性を持っている。
それを知っていればここのダンジョンの魔物たちを恐れることはない。
ふんと鼻を鳴らして、万全の装備をもってダンジョンへと足を踏み入れるザッカス。
いつも通りの光景を予想しつつダンジョンの中に入った時、彼はまず言葉を失った。
「なっ」
開いた口が塞がらないとはこのことだと、表しているかのようにその場で口を開けたまま一歩も動き出すことなく目を点にしている。まるで素人冒険者のようなふるまいだが、それもまた仕方がないことだろう。
そう言えるほどに彼の知るダンジョンとは違っているのだから。
「……おいおい、ここはまだ1階層だろうが……なんでいきなりレッドゴブリンたち第2位階のゴブリンたちがいやがる」
彼の視界に映るダンジョン魔物はレッドゴブリン2体とブルーゴブリン1体、さらにホワイトゴブリン1体の計4体。予想とは違うダンジョン魔物が部屋の真ん中で静かに寝息を立てている。
まるで6階層以降の様子に、ザッカスは自然と吹き上がってきていた汗を拭う。
「くそっ、あの若造冒険者どもからダンジョンの異変についてしっかりと情報を仕入れてくるべきだった」
グリーンダンジョンに異変が起こっているという噂は彼も耳にしていたが、その異変がオーガのことだと決めつけてそういった情報をシャットダウンしてきた。これまで100年も変わってこなかったグリーンがすぐに変わるはずがないという気持ちも間違いなくあったのだろう。そのツケが回ってきたともいえる。
とはいえこれだけ様変わりしてしまうと、どちらにせこの現場を見た時に驚きで固まってしまっていただろうが。
「つまり、全階層が第2位階以上のゴブリンたちになってて、10階層にはオーガいるってことになんのか? ……まぁ、どっちにしてもやることはかわらねぇ。少し想定よりもペースを落として進むだけだ」
ザッカスが静かに声を落として、まずは寝息を立てているレッドゴブリンのそっと近寄って剣を首元へと振り下ろした。レッドゴブリンの首が飛び、レッドゴブリンが持っていた装備ごとゆっくりと消失していく。そうして完全に消え去ると同時に今度はレッドゴブリンが身に着けていた石の剣が地面から生まれた。
不殺ダンジョンならでは、のどこか現実味のないダンジョンシステムを見慣れているザッカスは目もくれずに次の標的であるレッドゴブリンへと歩み寄る。
全くの無音とはいかないが、それでも残りの3体は寝息を立てて眠っているこの状況を当然のように受け止めつつも、ザッカスは再度別のレッドゴブリンの首を跳ね飛ばした。
――よし、この調子で。
声を出さずにそのままの勢いの乗ろうとしたザッカスだったが、丁度というのかタイミング悪くというべきか。ザッカスがホワイトゴブリンの首を跳ね飛ばしたと同時にブルーゴブリンが目を覚ました。
「ギガギャッ!?」
「ちっ! 死んでろっ!」
そのまま首を狙った一撃。ザッカスとしては必中のタイミングだったのだが、ブルーゴブリンはそれを杖を差し出したことで間一髪回避。
「なに!?」
そのまま一目散に距離を取ろうとするブルーゴブリンだったが、ザッカスの追撃が背中に刺さり、その場で地に伏すこととなった。「ググ」と、くぐもった声をもらすブルーゴブリンに立ち上がる隙を与えずに、そのまま急所へと剣を振り下ろした。
「雑魚の癖に戦闘慣れしてるみてぇな動きをしやがって」
今までのこのダンジョンのゴブリンとは思えない動きだったことに驚きながらも仕留め終わったザッカスが次の標的を探して顔を上げると、今度はグリーンゴブリンと目がかちあった。
「はあっ!? ……てめぇらは部屋から別の部屋へと移動してことなんてなかっただろうがっ!」
そんな理不尽ともいえるザッカスの文句を知ってか知らずか、目を丸くさせたグリーンゴブリンが足をばたつかせながらも木剣を振り上げてザッカスへと襲い掛かる。ただ、身長がザッカスの半分程度しかないグリーンゴブリンではリーチが短く、さらには武器の素材も悪すぎるため相手にならない。木剣を切り飛ばされて、返す刀で心臓を貫かれてそのまま消失した。
「……ふぅ」
今度こそ周囲に新たなダンジョン魔物がいないことを確認したザッカスがため息を一つ。ブルーゴ
ブリンとホワイトゴブリンのポップアイテムである魔術の杖と神術の石を携帯バッグへと入れて、次の部屋へと移動を開始する。
「……くそ。先が思いやられるぜ」
今までのようにはいかないことを、ザッカスはヒシヒシと感じていた。
「ふむ」
隣に眠っているゴブノスケを横に、ザッカスとかいう冒険者の戦闘観察から目を離す。最初はこのダンジョンのゴブリンたちを見くびっていたようだが、すぐに対応して今はゆっくり進みながらゴブリンたちと戦っている。
我と戦った4人組の冒険者たちよりもザッカスの動きはどう見ても悪い。今の冒険者たちがどの程度の強さなのかはわからんが、少なくとも強者とは言えないだろう。さらに本来ならば仲間と共にダンジョンに挑む冒険者が、今回は見ての通りたったの1人だ。あれに突破されているようではまだまだ我らのダンジョンは実力不足でしかないということになる。
あの男は戦闘に強いというよりも隙がない動きが徹底されている。そのせいか不意を討たれたり個々で撃破されたりとなかなか数の利を生かすことが出来ていない。時折、1対複数の図式に持ち込めることがあってもゴブリンを盾にするなど狡猾に立ち回り、ゴブリンたちの的にならないように動いている。
「……まさに今のゴブリンたちに足りぬ技術ではあるが」
思わず呟いてしまう。
もちろんあの男に突破されている最大の原因はゴブリンたちのそもそもの強さが足りていないことだが、今後、やって来るであろう様々な技術を習得している冒険者たちのことを考えると今のあの男に対応できる必要がある。特に他の魔物たちに比べると知恵がある代わりに貧弱であるゴブリン種には必要なはずだ。
先日から考えていた課題が浮き彫りとなったというわけだが、それはつまり――
「くくく」
つい揺れてしまう肩を落ち着かせる。
――その経験をゴブリンたちは得ることが出来るということ。
まさに狙い通りの展開に少々ザッカスへと礼をしたくなるほどだ。
「一か月間、存分に我の命を狙いに来るが良い」
ゆっくりとではあるが確実に2層へと降りていくザッカスを見ながら、我の意識はゴブリンたちへと向いていた。