第24話「女王と大鬼」
ダンジョンへと戻ろうとして、なんとも想定外の事態に遭遇してしまっていた。
「これは……通れんな」
――通れないね。
我とアンコが目の前の道を見つめてぼんやりと呟く。
ダンジョンからこのコロニーへと来るために掘ってきた道は当然、我とプリステスアントだった頃のアンコが通れるような大きさでしかなかった。そのため我など比肩しえない程に大きくなったクィーンアントのアンコでは入れない。
プリンセスアントになった段階で既に通れなかっただろうから、その段階で考えておくべきだった。
とはいえ、アンコが通れないということそのものは大した問題ではない。
この間に冒険者が来たならば即座に一人でダンジョンに戻れば良いだけの話で、ここに来る時のプリステスアントだった頃ならばともかく、クィーンアントとなったアンコならばその間くらいの放置をしてしまっても問題はない。
あえて問題点を挙げるとするならば、クィーンアントのアンコが通れるほどの巨大な道を作るには少々手間がかかるということぐらいか。
「まぁ、仕方なかろう」
呟いて手に魔力を込めたところで
――待って、私がやる。
と、アンコに待ったをかけられた。
「ほぅ」
アンコならば我よりも簡単に道を広げることが可能ということか? 随分と頼もしい発言だ。横から我の前に出て通路の前に立つアンコを眺める。が――
――……。
動かない。
――……お、お父さん?
「?」
何がしたいのだ? と聞く前にアンコがこちらへと頭だけを向ける。無機質なはずの目にはどこか恨みがましい色が含まれていて、そこで気付いた。道が塞がらないようにと、我が魔力で固定していたのだった。それ故にアンコが困っている。
「すまぬ」
端的に頭を下げて、道の壁へと手を当てて魔力を解除。その途端に道がまた土砂で半壊してしまうのだがそれはアンコも理解していただろうことなので気にする必要はない。
「今度こそ、任せたぞ」
――うん。
そう言ってアンコがその場から魔術を発動。
「ほぅ」
我の目から見ても見事な魔力操作の土魔術だ。
元々は我一人分しか通れない大きさだった道が徐々に大きく口を広げていく。次いで、道を塞いでいた土砂がまるで意志を持つかのように大きな音を立てて壁へと流れていく。生物のように蠢く土の動きに目を奪われているとすぐにそれが終わった。
――出来たわ!
「……」
自慢げに響くアンコの声は初めて使えるようになった土魔術に対する自信かもしれんが、我はそれには反応をせずに、たった今作られた道の壁を触ってみる。
ふむ、少しばかり脆い……が、壁や道に魔力が通っているわけでもないことから継続して魔術を発動しているわけではなく、たった一度の土魔術の発動でここまで作ったことになる。これは込めた魔力量というよりも発動した土魔術の操作の問題か。満点とはいかないものの初めて使う土魔術でここまでの道を作り上げたことに関しては流石に我の娘といったところか。
――お父さん?
我が少し黙ってしまったことで先ほどの自慢げな声が今度は不安そうな声になる。頭を軽く撫でながら「いや」と首を振る。
「魔力の操作が滑らかだったな。初めて使った土魔術としては見事だ」
――そうでしょ!? けど、……何か言いたそうね?
ふむ、態度に出てしまっていたか。初魔術ということでわざわざ伝える気もなかったのだが、と考えてから我の甘い考えに頭を振る。
これから先ダンジョンにはまだアンコでは対処できないような冒険者も来るだろう。そう考えるとアンコもまた強いダンジョン魔物には一刻も早くなるべきだ。
我にしては少々ぬるすぎた考えを振り払い、アンコへと伝える。
「もう少し細かい魔術の操作があると満点だったな……こればかりはダンジョンで経験を積んで覚えていくしかないが」
――わかった。次からは意識してみるね。
「うむ、それが良い」
――そっか、そうよね……細かい操作、か。
悩みながらも体内で魔力を巡らせて練習を開始するアンコと共に歩き出す。
コロニーへと向かう時は道の途中から掘り進めていたため、約一日かかったのだが、ただ歩くだけならば半日程度かもしれない。アンコが巨大化して、一歩一歩の幅も大きくなり進む速度が上がっているため、それよりも早く到着できる可能性もある。
娘に足りないものはどちらかといえば実戦の経験だろうと考えながら、アンコが作り上げた大きな道を並びながらダンジョンへと戻る。
「ふむ」
ふと思いついた思考に、我ながら何度も頷いたのだった。
それは珍しく、そしてダンジョンのボスが急に彼らの前に現れた時のように唐突に。
「オーガよ、今のこの階層のゴブリンたちだとお前の相手が務まらなくなっているのではないか?」
いつもならば干渉してこないテンマがオーガの肩を叩いた。
確かにオーガがその位階へと達してからは、滅多に死ぬことがなくなっていた。「そうだ!」と、素直に頷いたオーガが今度はテンマへと唾を飛ばしながら詰め寄る。
「ぼす! おれは、つよくなったか!?」
「そうだな、我が見た時に比べれば随分と強くなった……が、まだ弱い。それは貴様が一番理解しているだろう?」
テンマのストレートな言葉は、オーガにとって身に覚えがありすぎる言葉でもあり、そんな彼に突き刺さったらしく渋面を作る。元々凶悪な面構えのオーガがさらに渋面となると恐怖を体現しているかのような表情になるのだが、幸いなことにここはダンジョン。それを気にするような人物はいない。
そんな渋面を作っているオーガの脳裏をよぎるのはもちろん、自身がオーガへと進化を果たした日。憎き人間を殺したことで満足できた時間は、まさに束の間。突如として現れた4人の冒険者たちに成す術なく殺されることとなってしまったあの出来事。
「つまり貴様はまだまだ強くなりたい、強くならなければならない」
「……とうぜん、だ」
何を今さら当然のことを? とでも言いたげなその眼差しが、テンマの笑みをさらに深くさせる。
「ならば後ろを見よ」
言葉度共にオーガの後方へと視線を送るテンマにつられて後ろを振り返ったオーガが「うおおおおっ!?」と狼狽えた声を上げることとなった。
彼の前に立つは巨大なアント。
オーガがこのダンジョンでグリーンゴブリンとして生まれてから100年以上の時が経過して初めて遭遇した他種のダンジョン魔物。テンマよりも頭一つ大きいオーガでもくらべものにはならない程の巨大、そして威容な姿。クィーンアント。
「……」
「我の娘だ」
「むす……め? ええ、むすめぇっ!?」
「アンコ……わかるな?」
――……うん、わかる。
会話についていけないオーガの困惑など、テンマは一切無視して話を進めていく。意味が分からないとしかいえない状況の中、さらに彼の頭の中に声が響いて混乱を助長させる。
――このオーガさんと戦って、実戦経験を積めということね?
「そういうことだ……当分はその階層で暮らすと良い。何か用があれば部屋の前まで来るが良い」
――戦って殺して殺されて……いいわ、それも楽しそう。
随分と物騒な楽しみ方が出来るアンコは流石はテンマの娘といったところだろうか。テンマも同様にそれを感じたらしく「くく」と小さく肩を揺らしてオーガへと向き直った。
「アンコは今の貴様よりも位階が高い。更なる力を得たければ戦え。貴様の根源を増幅させて叩きつけるのだ」
「……ぼすの、いうことは、わからない……けど、やってやる、ぜ!」
開き直ったオーガがアンコを睨みつける。
「あんこ……さん。あんたも、おれがたおす」
――いいわ。私も負けないわよ?
アンコとオーガがにらみ合う。テンマが二体の戦いに巻き込まれないように離れていく。
二体の戦いが始まった。