第21話「進化アント」
「申し訳ありません。これは私では」
「……もういい!」
頭を下げる神父へとザッカスはお布施という名の代金を投げつけ、飛び出すように外へ出た。
「くそ」
教会を出てすぐに悪態をつくというなかなかの罰当たりな行為だが、ザッカスは元々祈りを捧げたことがないため全く気にせずに思考を巡らせる。
――やっぱ冒険者仲間の神術師に頼むか? いやあいつらは平気でぼったくる。もしこの呪縛が外れなきゃ30日分の食事を買い込まなきゃならねぇ以上、ムダ金はもう使えねぇ。
ザッカスが港都市マリージョアにある教会を全て当たった結果、結局誰も解呪できなかった。
見るだけで逃げ出すもの。絶叫するもの。遠い目をして現実逃避をするもの。様々な神父の反応があり、つい先ほどの神父も一目見ただけで頭を下げる始末。全てのザッカスは半ば諦めつつあった。
――あの魔族はどんだけの化け物なんだよ。
ヴァレンス達から一切話を聞こうとしなかったザッカスがヴァレンス達が得た情報を持っているわけでもなく、テンマの存在を知らないままに解呪に走り回っている。とはいえ彼らから情報を聞いていたとしてもダンジョンボスだと言われてしまい、ダンジョン外でテンマを見たザッカスがそれを信じることはなかっただろうが。
ともかく。
徐々に解呪の方向からダンジョンを踏破してテンマを殺す方向へと考えをシフトさせていくのだが、ザッカスの足取りの重さには変わりがない。
――オーガがいる以上、俺一人じゃなぁ。
ザッカスとは格が違うダンジョン魔物。相対したとしてもオーガの暴力的な身体能力差で打ち合うことすらかなわずに殺されてしまうことになるだろう。だったら仲間を誘えば良い話ではあるのだが。グリーンダンジョンへと行きたがる冒険者など、少なくともザッカスの知り合いにはいない。となると臨時パーティを組むための依頼をザッカスが出すことになるのだが、オーガを殺すとなるとザッカスよりも格上の鋼級冒険者が最低ラインになり、ほぼ護衛任務扱いとなる。そうなってくると結局必要になる物といえばその費用となるわけで。
――そんな金があったら苦労しねぇんだがな。
「チッ、仕方ねぇ」
本日何度目かもわからぬ舌打ちをして、歩き出す。
その足取りは、やはり重たい。
やらかしたのかもしれん。
冒険者たちにダンジョンのことを流布するようにと伝えてから既に一週間近くが経過していた。
その間にダンジョンの様子を見ていて、ふと思ってしまった感想がそれだった。
冒険者へと宣戦布告の宣言をする日が早すぎたように感じてきていた。
グリーンゴブリンしかいなかった5階層まででまだ位階が上がっていないゴブリンは既に両手の指で数えられるほどに少ない。それ以外の全てが前衛系であるレッド、魔術系であるブルー、神術系であるホワイトへ。いわゆる第2位階へと進化を果たしている。
また、6階層から10階層までのゴブリンたちは元々第2位階のゴブリンしかいなかった状態ではあったのだが、今ではその半数近くが第3位階のゴブリンへと進化を果たしている。位階が上がった数が少ない理由は単純に第2位階から第3位階の方が上がりにくいからなのか、個体として第3位階にあがることができないからゴブリンが多いからなのかはまだわからない。
個人的には両方だと感じているが、こればかりは個体差があるためもう少し時間をかけなければわからないことでもある……わかったところで何を出来るわけでもないが。
第3位階のゴブリンは総勢で4種類。前衛系のゴブリンハンマー、ゴブリンソードと魔術系のゴブリンロッド、神術系のゴブリンタリス。まるで冒険者パーティのようなバランスの良さとなっている。
このバランスの良さとダンジョン魔物たちが思っていたよりも早いペースで進化を果たしていたこと。
これら2点から、以前のゴブリンたちとは格段に違うように感じ、まさに順調そのもの、いや順調以上の快調と考えていたのだが、正直にいってしまえばまだまだ弱い。
お互いを個々で殺し合わせているからか、共闘というものを全く理解していない。それを、10階層のオーガと第3位階のゴブリンたちを見ていて特に考えさせられる。10階層のゴブリンたちでいえば、その全てが既に第3位階へと達しており非常に優秀なゴブリンたち。それらが第4位階という脅威の存在であるオーガめがけて挑んでいるもののそれがあまりにも個々の動きになりすぎていていとも簡単に撃破されいる。
共闘戦術、か。
はっきりいってしまえば我の最も苦手な戦い方で、教え方すらよくわからんものだ。
この状態で本格的に大量の人間が入ってきたとしたら、すぐに殺しつくされることになるだろう。
協調性という観点で考えると殺し合いを止めた方がいいのかもしれん。
我が封印される前、外で見たゴブリンたちは今のダンジョンのゴブリンたちに比べて随分と連携が取れていたことを考えると、この殺し合いのシステムによる弊害の可能性もある。
元々、このダンジョンに本格的に冒険者が訪れるようになれば殺し合いを止めるつもりではいた。殺す相手が仲間から冒険者に代わるだけだからだ。
「ふむ」
どうすれば最適なのか、さっぱりわからん。
わからんことは考えても仕方がない。
とりあえずはザッカスが来るときには一度仲間同士の殺し合いを止めて様子を見るとしよう。
ザッカスへの憎しみを持つ仲間同士として連携を見せる可能性もある。
解決しなくとも、各々の力量や位階が上がればそれでも良い。
協調性や連携という言葉を思い浮かべるとゴブノスケが浮かぶ。もう色々と考えることが面倒になってきており、ゴブノスケが恋しいくらいの気持ちになってきている。
「……む?」
思考を切り替えて頭を一度振った際に、地下を食べ進めているはずのシアアントの腹部が目に入った。その様子がおかしい。
掘り進めていた穴の入り口でその動きを止めて、足を震わせている。
「シアアントよ、どうかしたか?」
――ぱ、ぱぱ。
そっと近寄り、その様子を伺う。
食べ進めた量はまだ大量とはいえない。なにせシアアントの体長が丁度入るぐらい程度の量しか進んでいない。これに関してはシアアントの位階が第2位階と低く、まだまだ食事量もそれに相応に低いからだろう。
――からだが、あつい。
「熱い?」
何か良くない土でも食べたか? と考えて、ふとこのダンジョンの土がそもそもとしてシアアントの体に良くなかった可能性に思い当たった。。
今このダンジョンの土にはダンジョンマスターであるゴブノスケの魔力が染み入っている。さらにこのボス部屋に限っていえば我の魔力も染み入っている場所でもある。
それがシアアントの体に良くなかったのかもしれない。
我の魔力の危険性は誰よりも我自身が知っていることだ。むしろその可能性を全く考慮していなかった自身が阿呆すぎる。
「シアアントよ、異常があるのか!?」
動かないシアアントをできるだけ優しく抱き上げて、いつも通りの変わらない大きな黒の目を見つめる。
――わ、た……し。
我の魔力が体内に入り込みすぎたせいで異変をもたらしたとなると、非常に危険な状態だ。
なにかしなければと思い、シアアントの固い頭をなでるのだが、それ以外に出来ることが思い浮かばない。
「っ」
――私!
焦っていると、急にシアアントの念話が弾け、それと同時にまぶしい光が部屋一帯を覆いつくした。
その見覚えのある光に、あぁ、と心の底から安堵した。
目を閉じている間にも安堵から力が抜けてしまった我の手から、収まっていた重みがふと離れていく。
徐々に光が収まり、目を開けるとそこには――
――私、強くなったでしょ!
シアアントの進化した姿がそこにあった。
一番変わった点はやはり体の大きさ。
我の膝ほどまでの体高が我の腰ほどまでに高くなり、体長でいえば我とほぼ同じくらいではないだろうか。羽も相応に大きくなり色が少し青みがかっていて美しい。元から黒い体色に変化はないがどこか艶っぽさが増したように見える。
「よくやったプリステスアントよ」
どこか自慢げに我を見上げるその頭を、我はなで続けたのだった。




