第18話「罰ゲーーーム」
「て、てめえ。あの時の魔族の男! どこから現れやがった! い、いや……そんなことはどうでもいい! こんなところにいやがったのか!」
怒りを隠すこともなく怒鳴りつけるザッカスへと魔族の男――テンマ――が笑う。
「貴様に用があってな……なに、大したことではないから安心するが良い
「てめっ、ふざけんな! 俺のセリフだ!」
殴りかかるザッカスの拳がテンマの顔面に直撃するのだが「ぐあああああ!」
骨の鈍い音と共に悲鳴をあげた方はザッカスだった。
「折れたわけでもないだろう。その程度で騒ぐとは……まだまだ精進不足ではないか?」
「この、やろう……もう殺す」
冷静な態度を崩さないテンマの発言がザッカスの怒りを助長する。完全に怒り心頭になったザッカスの目につくものといえば当然のように武器となるわけで。言葉通りのことを実行しよう左の手で鉄製の斧を持ち出した。
「全く、無駄なことが好きな男だ」
「死ねやくそが!」
そう言って斧を叩きつけるのだが、結果は先ほどの彼の拳と同じ。いや、それ以上か。叩きつけた側の斧が粉々に崩れて落ちた。
「な……は? てめ……なにもんだ!」
その異様な光景に流石に恐怖を覚えたらしく、震えながら後退りし始めるザッカスへとテンマが穏やかさすら感じさせる口調で淡々と言う。
「なに、殺しはしない。ただ少し呪縛を与えるだけだ」
「呪縛?……呪い!? ふざけんな! なんでそんなもん!」
「まぁ、そう言うな。それもこれも貴様が我らのダンジョンでマスターをいたぶりすぎたことが原因だ」
「は、はぁ? マスターってハイゴブリンのことか……なんでてめぇにそんなことを言われなきゃいけねぇんだ?」
その問いにテンマはやれやれと首を振る。
「我がダンジョンボスだからに決まっているだろう。先ほど貴様の虐げていたハイゴブリンのことをマスターと呼んだばかりではないか」
「はっ。笑えねぇ冗談だな」
「……冗談?」
「ダンジョンボスがボス部屋から出られるわけがねぇだろ! この狂人野郎が!」
言葉を投げ捨てそのまま背を向けて馬に飛び乗ったザッカスが「じゃあな!」と荷物ももたずに遠のいていく。それを見やりながらもテンマは「ふむ、ダンジョンボスにはそういう制約があったのか」と遠い目を。
「だから一々部屋から出る時に障壁が発生していたのだな」
だがすぐに合点がいったらしく、すぐさまその目にザッカスの背を捉えた。
「感謝するぞ、ザッカス。これからダンジョンに役立つだけでなく、我に足りていなかった知識までも寄越すとは」
地を蹴って、たったの一歩。
それだけで馬の前に回り込んだテンマがザッカスではなく馬へと目を向けて、たったの一言。
「止まれ」
それだけでテンマの言葉通りに馬の足が止まった。
「へ……あ……あ?」
何が起きたのかを理解できずに力の抜けた声で呆然としているザッカスの胸へと、テンマの手がそっと置かれる。
「貴様には呪縛を与える。一定の期間に我らのダンジョンへ来い。そうだな……そういえば現在の暦はどうなっている?」
「え……あ……こ、暦が……どうなっている?」
唐突の質問。
未だに思考が目の前の出来事に追いついていないのか、おうむ返しをするザッカスを意に介することなくテンマが問いを続ける。
「一年は『暖』『暑』『涼』『寒』の四季。季は『上月』『中月』『下月』の三か月。一か月は四週間。一週間は七日で構成されている。この暦で間違いないか?」
「あ……ああ。間違い……ない」
「ふむ」
ザッカスの戸惑いを含みながらの肯定に、小さな頷きを見せて、テンマは笑みを浮かべた。
「ならば……一か月で良い。一か月間、このダンジョンへと挑み続けろ。準備期間として一週間やる。それまでに戻って来い。呪縛を解く方法はダンジョンで我を殺すこと。それができなくとも一か月間このダンジョン死に続けるだけでも自然と呪縛から解放されるだろう……貴様が来るだけでダンジョンのゴブリンたちは熱量が変わる。楽しみにしているぞ」
ザッカスの胸に置かれていた手に魔力がこもり、その胸を焼く。
「う゛」
胸に痛みが走り現実に戻ってきたのか、ザッカスが慌てて胸をはだけるとそこにはまるで刺青のように謎の文様が描かれている。
「来なければ死が貴様を襲う。それを忘れないことだ。なに30回ほどダンジョンで死ぬだけだ。貴様がここのダンジョンでやっていたことのようなものなのだから、大した苦でもなかろう」
「……なんで……こんな」
力なく呟かれた声に、テンマが笑う。
「信じられなければ解呪を出来る人間にでも見てもらえ。解呪は不可能だろうが……では、待っているぞ」
そう言ってダンジョンへと消えていくテンマの後ろ姿を見つめていたザッカスはしばらく動けずにいたのだがフとしたタイミングで目が覚めたのか「教会!」と叫び、慌てて馬を走らせたのだった。
――ぱぱ恰好良かった。
ボス部屋にて一人、いや、一体。
テンマがいなくなり一体で残されたシアアントがほぅ、と息を吐く。
シアアントの目では何が起こったかほとんどを理解できないままに終わったのだが、彼女にとってのぱぱが格好良かった事実は変わらない。むしろだからこその格好良さをシアアントは感じている。
――わたしも、ぱぱみたいに。
父への憧れを胸に灯しつつ、このダンジョンに連れてこられた時のことを思い出して少しながら遠くを見つめるシアアント。
生まれてすぐ、彼女の母であるクィーンアントは既に亡骸となっていてただ寄り添うことしかできなかったが、その傍にいた魔族こそが彼女がぱぱと呼ぶ男、テンマだった。
生まれた瞬間は母の側にいて、しかも自身と同じような魔力を持つテンマを父と感じてついていたのだが、道を戻りながら、卵のからを餌としてテンマから与えられながら育っていった自我の中、彼女は気づく。
――ぱぱじゃない?
疑問の出発点はとてもシンプル。目の前にいる彼女の父はどうみても彼女との姿が異なりすぎていること。さらに彼の独り言の内容が全く理解できないことだ。魔力が同じような波長があっても父であることに関しては勘違いなのかもしれないということに気付いた彼女が徐々に悲しい気持ちに塗りつぶされていく。
シアアントは生まれてすぐだが聡明だった。
母がいないことは理解している。仲間もいないことも。父だと思った男はもしかしたら父ではないのかもしれない。母に無理に押し付けられたのか、自分は捨てられるのか。もしかしたら独りぼっちなのか。
彼女がそんな取り留めのないことを悩んでいる間に、ダンジョンへと到着した。
ダンジョンに着いた途端に理解が出来るようになった父の声。
意を決して、けれど絶対に悟らせまいと『ぱぱ』と呼んだ時の、戸惑いつつもそれを受け入れてくれた彼女の父。
シアアントはその瞬間を忘れないだろう。目の前にいる魔族の男は『ぱぱ』だ。
シアアントはアント種でも随一の聡明な種。そんな彼女だからこそ本物の父ではないということは理解している。だからこそ彼女の『ぱぱ』が『ぱぱ』であるということを否定しなかったその優しさが彼女にとっては嬉しかった。
『ぱぱ』は『ぱぱ』で良い。
彼女には父がいる。父曰く『楽しい』ダンジョンマスターもいる。まだ会ってはいないが父が紹介してくれるというダンジョン魔物もいる。
彼女は一人ではない。
シアアントのダンジョン魔物としての本能が叫ぶ。
強くなりたい。
シアアントの父への愛が叫ぶ。
強くなりたい。
けれど、どうすれば強くなれるかを知らない彼女はどこか美味しそうな土で出来ているダンジョンの床を見つめるのだった。




