第17話「VS元魔王」
「光よ!」
テンマの重圧を切り裂くがごとく、マリーの鋭い詠唱が始まった。
それに合わせて、ヴァレンスが走る。
狙うはもちろんテンマへの一撃。
一見、ただ突っ立っているかのように見えるテンマの首へと剣を振るうがテンマはそれに右手の手刀を合わせて応じる。
剣と手刀のつばぜり合い。冗談のような光景に、思わずヴァレンスが息を呑む。
「どうした? こんなものなら一瞬で終わってしまうぞ」
テンマが手刀を振り払い、ヴァレンスを吹き飛ばす。体勢までは崩されなかったものの、反動で動きを止めてしまったヴァレンスへとテンマがそのまま追撃に入る。だが、横からマリーの魔法が唱えられた。
「躍動せよ! 力となれ! 速さとなれ! 『二重強化』」
光が降り注ぐ先はテンマではなく、ヴァレンスとマリー。
知ったことではない、といわんばかりにテンマの手刀がヴァレンスの首へと振るわれる。ヴァレンスの首が胴体から離れ――
「――甘い!」
ヴァレンスの速度が見るからに上がった。体を捻ってテンマの手刀を避けたかと思えば、そのまま反撃に。
大腿部への剣の振りおろし。テンマは狙われた足を一歩下げて回避。
反撃とばかりの腹を切り裂く手刀を剣で受け取て、テンマをはじき返す。
「ほぅ」
速さだけでなく力まで強化されていることに、わずかながらもテンマから驚きの声が上がった。
驚いているテンマの顔を貫こうと繰り出された刺突を、首を体を沈み込ませることで避け、返す刀で腹を貫こうとして「む」
手刀の軌道が、飛来したモーニングスターによる棘の鉄球をはじき返すためのものへと変化した。
弾かれた鉄球の重力にひかれてマリーがそのまま吹き飛ばさる。
「……良い連携だ」
などと感心しているテンマへと、今度はヴァレンスだ。
手刀をはじき返した逆側からテンマの左腕を切り飛ばそうと剣が振るわれる。
「甘いぞ」
それを受けたのは左手の手刀。
「っ」
右手で受けていたのだから左手でも受けるという行為は当然と言えば当然。だが、それでもつい声を失ってしまったヴァレンスへと今度はテンマの左手刀が動く。受けた刃をそのまま滑らせて首元にまで迫る死の一撃にヴァレンスが慌てて首を引くも間に合わない。
「『局光盾』」
首元に光の盾が生まれて、テンマの左手刀を受け止めた。盾は秒ももたずに壊れてしまったが、それでもその時間さえあればヴァレンスは死の間合いから逃れられる。一足飛びに距離を置き、テンマの手刀の間合いから離れることに成功した。
「……はぁ、はぁ。助かったマリー」
「このまま行きましょう!」
テンマを中心に挟み込むように位置する二人が声を掛け合う。そんな必死な二人へとテンマが笑みを浮かべながら口を開く。
「やれば出来るではないか……震えて動きもしなかったついさっきとはまるで別人だ」
「う、うるさい。今もビビってるっての!」
揶揄されたと感じたヴァレンスが唾を飛ばすのだが、テンマは静かに首を横に振る。
「褒めているのだ。不殺という保険があっても死は恐怖だろう……死んでしまえばすべてが終わる。だが、死を覚悟しなければ見えない先もある……命とは代え難いものであり、また安いものだ。貴様らは今、それを知る機会を得た」
「なに、を?」
まるで戦闘などしていなかったかのような優雅なテンマの口調に一瞬だが毒気を抜かれてしまったのか、かすれた声でマリーが反応したのだが、テンマはそれには答えずに己の言葉を貫いていく。
「この機会を、貴様らは大事にすることだ……まぁ何も得られなかったのならばまたこのダンジョンに挑むもよしだ」
フハハハと笑うテンマへと「まるでもう終わったかのようなセリフだな!」とヴァレンスが駆ける。それを見ていたマリーもまた同様に駆けだした。先ほどテンマと渡り合った時のように連携していこうとする二人へとテンマが「ああ」と頷く。
「もう終わりだ」
右手刀が開き、さらけ出された掌がマリーへと向く。
「まだ終わってな……えっ!?」
掌から何の前触れもなく放たれた魔力の塊。その速度にマリーは反応が出来なかった。眼前に現れた魔力の塊で頭部が破裂、そのまま光とともに消失していく。
「うおおおおおお!」
仲間の突然の死を前にしても怯まなかったヴァレンスは流石に優秀な冒険者と言える。叫びながらも反対を向いているテンマへと剣を頭部めがけて振りおろし――
「――貴様の仕事はしっかりと果たすのだぞ」
「え?」
いつの間にか貫かれていた心臓に目を見開いた。
腕を引き抜いたテンマが、よろよろと後退してそのまま尻もちをついてしまったヴァレンスを見つめながら穏やかな顔を見せる。
「そして我がダンジョンに猛者を連れてくるのだ」
テンマがまたフハハと笑う。
その姿を見て、ヴァレンスはそっと唇をかみしめた。
――くそ。
その目には自身が映っていないことがわかったからこそヴァレンスは死ぬ間際にでも唇をかみしめた。徐々に体から光を発し始める自分のの体を見つめながら、ふとヴァレンスは聞きたかったことを口にする。
「なぁ……あんたの名は?」
「……我の名だと?」
「俺の質問……残って、た、ろ?」
グリーンダンジョンのボス。
ダンジョンボスにしては非常に珍しい魔族の男。
その男への強さにヴァレンスは、本人も知らないうちに惹かれてしまっている。
「よかろう。我の名はテンマだ。まぁまぁに愉快だったぞ、勇敢な男よ」
――ああ、ちくしょう。
ヴァレンスが無念さを滲ませつつダンジョンから消失した。
「……さて。シアアントよ、我は少し出ることにする」
それを見届けたテンマが顔を上げてボス部屋から出ていく。
その後ろ姿を、シアアントはじっと見つめていた。
穏やかな風が芝生を揺らす。
時折思い出したかのようにそびえる巨木の葉が風に揺らせて軽やかな音色を奏でる。
視界を覆う爽やかな緑が見る者を魅了する。
徐々に日が落ちかけている中、緑が少しずつ赤く染まっていく。緑と赤のグラデーションがどこか優しい気持ちを思い出させる。
そんな誰もが穏やかになるであろう自然の中、一人荒れる男がいた。
「くそ! くそくそくそくそ! くそ!」
『グリーン』の近くで野営の準備をしていた男、ザッカスだ。
新たな衣服に身を包んでいる以上、殺されることも想定はしていたはずだが、だからといって納得できるものでもない。
「あの魔族の男は見つからねぇ、ハイゴブリンの野郎を痛めつけることもできねぇ、オーガが急に出やがる。わけわかんねぇことばっかりおきやがってよぉ!」
今の彼を占めている気持ちは屈辱。
見下していたハイゴブリンのダンジョンで死んでしまったことへの恥を返してやる。その想いを胸に、その復讐を達成するためにやってきたのだが残念なことに結果は失敗。ハイゴブリンに会うことすらなく死んでしまった。
「許せねぇ! 今度はしっかりとパーティを結成してあいつを痛めつけてやる!」
後から入ったヴァレンスパーティは調査が目的であることをザッカスも知っている。なのでヴァレンス達がダンジョンを踏破してハイゴブリンが死に、ダンジョンがなくなるということは想定していない。
それはもちろんグリーンダンジョンが国に指定されている初心者用のダンジョンだからだが、ダンジョンがなくなるどころか、先ほどヴァレンスたちが敗北して帰ることになった事実など知る由もなかった。
だから、だろう。
彼は一人、ダンジョンの近くで野営を行っていた。単純に夕暮れが沈む前に準備しておくべきだからというあまりにも一般的な理由で。
そう、彼は自身の欲望に忠実すぎて、何も知らなさ過ぎたのだ。怯えることもせず逃げることもせず、ただひたすらに『グリーン』ダンジョンの真実を見逃した。
だから――
「――あぁ、ここにいたか。ザッカスとやら」
恐怖の権化に見つかってしまった。