第15話「質疑応答に移ります」
「……」
全員がいつの間にか床へとへたり込んでいた。
絶望から逃げ切ったと思い安堵したその時に捕まってしまってい、まさに天国から地獄といったところだろう。
もはや完全に諦めて、動こうとすらしない彼らに魔族の男――テンマ――が首を傾げて見せる。
「もう良いのか?」
「……俺たちじゃあんたには勝てない。さっさと殺せ」
リーダーであるヴァレンスの言葉に否を唱える者は誰もおらず、完全に心が折れていることに気付いたテンマが小さな息を吐く。
オーガを瞬く間に倒した冒険者たちの様子を見た時の見事なチームワークに、少しだけ期待してしまっていたテンマだがオーガを倒せたからテンマと戦えるかと言われればそんなことは全くないわけで。
――つまらん、が……仕方あるまい。
テンマももう少し遊びたかったぐらいの気持ちでいたため、自身を納得させることも難しいことではない。それよりも用意していた言葉を選んだ。
「貴様らに問いたいことがあるのだが」
「……なに?」
「私たちを殺さないの?」
冒険者全員が顔を見合わせ、ヴァレンスとマリーが問いを重ねる。
「それは貴様ら次第だ……といってもこのダンジョンでは死なないことは貴様らも理解しているだろう。貴様らが装備を全て失うか、我の問いに答えて装備を失わずに帰るか。それだけだ。我からすれば興味がない」
「そ……それなら出来るだけ死にたくはないかな。この装備も金がかかってるし」
「私だって死にたくないわ!」
「僕もー」
「そうね」
死んだ魚のような目をしていた4人の表情が弱々しくもよみがえり始める。想定よりも話のわかる冒険者たちに、テンマもまた心の中で笑みを浮かべ、口を開いたところで「む」と横を向いた。
「……うむ、先ほどまでのように我の手の届く範囲にいるなら構わんだろう」
「え?」
急に独り言をつぶやきだしたテンマの奇行。
全員が疑問を浮かべるのだが、テンマの足元へと張り付いた魔物を目にしてすぐにその表情が驚愕のそれへと変化する。
「待って……まさか、シアアントっ!?」
「グリーンだぞ、ここ」
「オーガといい、あなたといい……一体このダンジョンに何が起こってるの?」
驚愕だった表情から怪訝な顔になるヴァレンスとマリー。
「聞きたいか?」
「……聞きたい―」
「教えてくれるっていうの?」
とりあえず生命の心配がないかもしれない、ということを理解して、何度も顔を上下させているスザンナとイブラ。
「……ふむ」
「……」
ほとんど百面相の様相を呈している冒険者たちを目の端に捉えつつ、テンマが天井を己の腕を組み合わせて沈黙する。その間、やはり緊張が解けるには至っていないヴァレンスたちも固唾をのんで見守っている。
その沈黙のまま、わずかな時間が経過。
ふとテンマの顔がヴァレンスへと向いた。
「我が貴様らに問いたいことがあるのだが……よかろう。先に答えようではないか」
「!」
「ただし、一人につき一つまでだ。心して答えるが良い」
ヴァレンスの目が開き、かと思えばほかの3人と視線を合致させて頷きあうのだが、それを見ていたテンマが「当然、貴様らでの話し合いは禁止だ。一人一人が知りたいことにのみ答えよう。また、一人の質問中に他の者が口を挟むことは許さん」と釘を刺す。
「っ……わかった」
まさに質問を話し合って決めようとしていたため、少しばかり動揺したヴァレンスだったが、そもそも全員の目的が同じである以上、質問に大きな差はないと考え直した。
彼らの目的であるダンジョンの異変内容の調査。それをより具体的に達成することが出来る上に、死を覚悟していた状態から一転、装備を失わずに生きて帰ることが出来るというおまけもついてきている。願ったりかなったりといったところだろう。
――これは……助かる、のか?
むしろ感謝すら浮かべかけている自分に気付き、ヴァレンスが全員の気が緩まないようにと鋭い視線を向ける。
「っ!」
ヴァレンスの、当然の視線にマリー達も弛緩しかけていた緊張感を取り戻す。
「……良いチームワークだな。さっさと質問をするが良い。誰からだ?」
テンマが質問を急がせる。まるで、さっさとしろ、と言わんばかりに。
……ちなみにではあるが、テンマが質問を一人一つに制限した意味は全くない。彼自身にとって何の意味もない制約だ。本心では別に誰がどれだけ質問を繰り返そうが構わないとすら思っている。ついでに付け加えると、特に何かを急いでいるわけでもないテンマが今こうやって質問を急かしていることにも意味がない。もちろん、質問中に他のモノが口を挟んではいけないという言葉も同様だ。
ではなぜそんなことをしているのか?
それを問いただす人物がいれば、彼は悪びれもせずに答えるだろう。
――敗者が意味のない制約を受けて狼狽えている姿が愉快だから、ということも少しはあるが……まぁ、本音で語るならば、何となし、だ。
と。
何となし。つまりは彼の気まぐれみたいなものである。
そんなテンマの気まぐれに振り回されながらも緊張感を取り戻したヴァレンス達の中からまずはイブラが問いを発した。
「じゃあー、君は何なのー?」
その質問に、残りの3人が顔をしかめた。
あまりにも問いが漠然としているため、望んでいる答えを得られる可能性が低いからだ。極論『男だ』という答えですら回答になってしまう。
とはいえイブラはあまりそういったことが得意ではないことも理解している。まだ3人もいるから、と一応テンマの回答に耳を澄ませるたのだが、テンマの回答は回答ではなかった。
「何、ではわからん。具体的に聞け」
――あれ、この魔族優しい。
イブラ以外の3人がフと謎の感想を抱く。
「んー、どうして魔族の君がこんなところにいるのー? もしかして今のこのダンジョンの異変って君が原因かなー?」
――待てイブラ。質問が2つになっているぞ。落ち着け、俺たちはまだ装備品を失いたくない。
テンマの制約を破って機嫌を損ねてしまえば殺されてしまう危険性がある。
顔をぶんぶんと横に振りながらイブラに目線で訴えかけるヴァレンス達。だが、テンマの回答は次もまたヴァレンス達を驚かせた。
「一つと言っただろうが……まぁ良い。貴様らのその様子ならば最初の質問で二つ目の質問の答えにまでたどり着けるはずだ。さて、最初の質問の答えだが、我はここのダンジョンボスとなった者だ。あとは……理解しろ」
――あ、すごい普通に答えてくれる。
もはや珍質問をするイブラではなく穏やかな回答をする魔族の男の方が安全なのではないかという謎の錯覚してしまうヴァレンス達。緊張の糸がまた解れつつある彼らだが、彼らは優秀な冒険者だ。すぐにその思考はテンマの回答へと及ぶ。
――なるほど。この部屋にこの男が立っていたのはボスだから……となるとこの男が現れたことが異変の始まりと考えてよさそうかな。
テンマの出現とそれに続くダンジョンの異変。今までいなかったダンジョンボスが出現したことによりダンジョンに何らかの変化が加わっている。さらにそれを確定づけるかのようなテンマの話しぶりにヴァレンスは確信を得る。
イブラ以外の3人が理解を得たところで「次は私ね」とスザンナが手を挙げた。
「ダンジョン魔物がいなかったり、オーガがいたり、そこにシアアントもいるし……マスターであるはずのハイゴブリンも姿を見せない。今、このダンジョンに何が起こっているの?」
この依頼を受けることとなったその核心を突く質問だ。どこかへ首を巡らせているイブラはともかくとして、質問をしていないヴァレンスとマリーの目にも熱が入る。
「今、ダンジョンを改革中だ」
「改革中?……あっ!」
あまりにも漠然とした回答につい本音の質問をポロっとしてしまったスザンナが二つ目の質問をしてしまったと考えて慌てて己の口を手で塞いだ。それから恐る恐るテンマの方を見やるのだがテンマはそれを全く気にもせずに「そうだ」と頷く。
「これからこのダンジョンは生まれ変わる。弱小ダンジョンから強大なダンジョンへとな。今はその準備段階といえるだろう」
――そんな馬鹿な。グリーンは今まで100年間何も変化がなかったダンジョンだぞ?
というスザンナ達の思考は一瞬で消えていく。
なぜならば目の前に立つダンジョンボスがいることから既に異変が始まっており、そしてそれがこれから広がると告げているのだから。
「余談だが、ダンジョンマスターであるハイゴブリンは今は部屋の隅で寝ているぞ。こやつが目覚める時が真にダンジョンの改革が始まる。我はその準備をしているに過ぎん」
「え!?」
声を出したスザンナを筆頭に全員が部屋の隅へと顔を向けるとそこいは仰向けに眠っているハイゴブリンが一体。
「……全然気づかなかったわ」
「なんで寝て……っと、私の質問は終わりだったわね。あとよろしくね」
――なんで寝てるの?
という質問を閉ざすスザンナ。
それは質問が終わりだからということもあるが、質問をする意味がないということでもある
ハイゴブリンが寝ていて、起きたらダンジョン改革が始まるという言葉で彼らの中で察しは既についている。
――ハイゴブリンが進化する。
これまでにもダンジョンマスターの位階があがればダンジョンがより深くなるという現象が確認されている。さらに、そこにどうやって進化した?といった質問も必要ではない。特に今この限られた質問数の中では。
――これで今回の依頼は達成だな。
知りたかった異変の有無。異変があった時、その異変の原因。何が起ころうとしているかの可能性。
全てを知ることが出来た4人――正確にはイブラを除いた3人――が安堵の息を漏らした。
が、どうせなら知ることが出来るのならば知りたいと思うのが人間というわけで。
「私も聞きたいわ」
とマリーが手を挙げた。
それを見たテンマが「よかろう」と答えるのだが、すぐさま言葉を続ける。
「先ほどの赤毛の女の問いは一つ扱いだ。ダンジョンを改革中という言葉の後には元々続けるつもりだった。気にせず一人につき一つ聞くが良い」
――この気配り上手め!
謎の罵倒を内心へと叩きつけたヴァレンスを尻目にマリーも小さくホッと息を吐く。
「……私の質問は単なる好奇心になるわ。どうしてこんなにも丁寧に質問に答えてくれるのかしら?」
マリーにとっては本当に単なる好奇心だった。いや嘘の可能性を探り、もっと別の方向での危険性があるかもという気持ちも僅かながらにあったことは事実だが、それは本当に極僅か。嘘だろうが真実だろうがそれをマリー達が知ることはできないのだから。
だから単純になぜ? という質問だったのだが、そこでテンマが「くくく」と肩を震わせ始めた。
「?」
何を笑うことがあるのか、理解できないマリー達を尻目にテンマは笑う。
「ははは……はーーっはっはっはっは!!」
先ほどまでの落ち着いた様子から一変。異常者のように高笑いが繰り広げられている。固まることしかできないマリーたちに気付いたテンマが「ふふ、興奮しすぎた」と笑みを零す。
「貴様のなぜ、という問いにこそ我の目的があった。故に少し嬉しくなってしまって笑いすぎただけだ。あまり気にするな」
と少しずつ興奮を落ち着かせるテンマ。
「……それはどういう――」
――意味かしら?
マリーの問いを遮り、テンマが言った。
「その前に我の問いに答えてもらおう……当然、否はなかろう?」
その言葉に否の声をあげる者はいない。
――シアアントもなんだか驚ているみたいだ可愛いわね。
テンマの足元にいるダンジョン魔物への場違いな感想を、マリーはぎりぎりで飲み込んだ。