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第14話「元魔王からは逃げられない」



「くくっ」


 久しぶりに味わう感覚に、声が漏れた。


 愉快。


 ダンジョンボスメニューの戦闘観察でゴブリンたちの戦闘を見た我の感想がそれだった。

 冒険者が侵入してきた、以前に我が殺したスキンヘッドの男とそれとは動きが全く違う4人の冒険者たち。


 それらがゆっくりと階層を突破していく。


 各階層に一体ずつしか残っていないダンジョン魔物を大した労もなく突破されてしまうのはまだまだ仕方ない。むしろ当然の結果。なにせ、ダンジョン魔物同士で経験を積ませてからまだ7日も経っていない。突破されないほうがおかしいといえるだろう。


 だが、それでも愉快だった。


 各階層のゴブリンたちの戦いがサマになっていたからだ。

 ゴブリンたちとスキンヘッドの男との戦いで、動きに躍動感があり、キレがあり、粘ることもしていた。


 とはいえ以前の彼らを知らないため、以前に比べて変化があったかどうかは我の知るところではない。だから私がサマになっていると評した点はそちらよりもゴブリンたちに気持ちが入っていた点だ。あらゆる手を使ってでも殺したいという意思があり、明確な怒りがあった。


 スキンヘッドの男は以前、我が目覚めた時にゴブノスケを虐げていた男だ。ゴブノスケから聞いた話によるとそれを目的として何度もこのダンジョンを訪れていたという。それを、おそらくはゴブリンたちが怒っているのだろう。


 まだまだひ弱だが、悪くない戦いだった。

 なんとも配下に好かれているゴブノスケがあまりにも、らしくて、それもまた愉快。


 そしてそれらのことよりもさらにもう一つ。

 なんと2段階進化を果たした魔物が現れた。

 これに関しては愉快を通り越して痛快ですらある。


「最初に進化を果たしたあのゴブリンファイターが……それもオーガへと至る、か」


 あまりにも予想外でひたすらに愉快だった。

 ゴブリン種がオーガ種に至る。

 これはもはや我も知らぬ境地だ。


 魔王時代、新たな魔術の研究に取り組んでいた魔族の男を思い出す。研究成果が想定以上だった時に狂喜乱舞していた男だが、我はただ変わった奴という認識でしかなかった。


 今ならばあの男の気持ちが少しだけわかる。

 これはおそらくは外の魔物ではありえない現象である。これから先にどれほど進化していくのか。それともすぐに限界に至るのか。もはやオーガは我の思惑を外れた存在となった。


「いや、愉快だ」


 チラと石の寝床で眠っているハイゴブリンであるゴブノスケを見やる。


「並ばれたぞ、ゴブノスケ」


 ハイゴブリンとオーガは魔物の位階としては同じ。そういう意味で同じと口にしたのだが、実際には戦闘力が大いに異なる。知性を主として進化する魔物がハイゴブリンであるならば純粋な己の強さを主として進化する魔物がオーガだからだ。つまり、現段階での我を除いての最強はオーガということになる。


 これから先に両者がどれほどに進化していくのかはまだわからんが、それもまた楽しみといえる。


「奴には感謝せねばならんな」


 ゴブリンたちが必死になって戦っていたことも、一体がオーガへと至ったことも、あのスキンヘッドの男がカギを握っていた。


 ――あの男は使える。


 既に消失してしまいダンジョンの外に出てしまったが、後で探しにでも見てみるか。

 だがまずは――


「シアアントよ……一旦そこのハイゴブリン、ゴブノスケの横にいるが良い」


 ――ごぶのすけ……ってもしかして、ますたーのこと?


「その通りだ。敵襲だ。我は遊んでやらねばらならん」

 ――てき? たたかうの? じゃあわたしも!!


 我の背中から地に降りたシアアントが気合を入れるが、その気持ちは無用なもの。


「ならん。今のお前ではどうにもならん。まずは地道にここのゴブリンどもと戦うところから始めるが良い」


 ――そんなぁ。


 シアアントが顔を地面へと相対させて、明らかに意気消沈した様子を見せる。まぁ魔物が戦うなと言われてしまえば役立たずと言われているようなものだ。そうなる気持ちもわからなくもない、

 ……ふむ。


「シアアントよ」


 頭に手を置いて声をかける。


 ――……なに、パパ?


「マスターが死ねば我とて死ぬ。眠りから覚めぬ寝坊助マスターを守ってやってくれるか」


 ――あ……うん!


 自分も役に立てると思えば気持ちが全然違うらしく、まるで踊りだすかのように軽やかにゴブノスケへと走り寄っていく。

 なんともわかりやすい娘で、これが終われば、また頭をなでようかと少し考えてしまう。


 ――ますたーは、わたしにまかせてね!

「うむ、任せたぞ」


 シアアントが丁度ゴブノスケの隣に位置を置いた時だった。

 奴らが我へと至る扉を開いた。


「――ふはははは! 待っていたぞ冒険者ども!」 


 さて、どう遊ぶか。






 全ての部屋に異常が見当たらなかったことを確認したヴァレンス達は小休憩をはさんだ後、ボス部屋へとつながる扉を開ける。


「――ふはははは! 待っていたぞ冒険者ども!」


 彼らの視界に飛び込んできたものはボス部屋のど真ん中で佇む一人の魔族だった。

 見た目の特徴はめずらしくもない。短い銀の髪と赤い瞳。背丈はヴァレンス同様冒険者にとっての一般的なそれ。恰好はとにかくボロボロの衣類に身を包み、穴の開いたマントがそれをさらに目立たせている。


 ここにザッカスがいれば『前回の恨み』とでも叫びながら突進していっただろうが、ヴァレンス達は違う。


「っ」


 全員が言葉を飲み込み、瞬時に戦闘態勢に移行。その場で全力で魔族の男を睨みつけている。魔力を練り上げ、何があっても対処できるように、一歩も動かない。それは彼に何かを聞くため、といった算段があったわけではない。


 ただ一つの想いに縛られていたからだ。


 なぜボス部屋に魔族がいるという疑問や、ダンジョンの異変はこの男かもしれないという疑問、このダンジョンのマスターはハイゴブリンだったはずではないかという疑問。ザッカスが言っていた魔族の男とはこの男のことかもしれないといった疑惑。それら一切の思考が吹き飛び、彼らの感じた想いは一つ。


 ――死。


 圧倒的な実力差。絶対に敵わないことが直感できてしまうほどの魔力差。このダンジョンは不殺設定であるといった事実を本能が忘却させてしまうほどの恐怖。全ての絶望に襲われて、ただ睨みつけることしかできないヴァレンス達へと魔族の男は言う。


「なんだ、来ぬのか?」

「くっ」


 不満げな魔族の男の言葉がヴァレンス達の本能に突き刺さる。

 ヴァレンス達はまだ若いが間違いなく優秀な冒険者たちだ。あらゆる死の恐怖を乗り越えて現在の境地にまで至っている。そんな彼らですら動けない。動かなければ絶対に死ぬ。そんな当たり前の防衛本能すら働かない。


 ただ一歩動いただけでも死ぬ。

 そんな恐怖が彼らの足を縫い付けていた。 


「……ふむ、そうか」


 魔族の男が小さく呟き肩を落とした。少しばかり落ち込んだ気配を感じることが出来るほどに余裕がある者などいるはずもない。ただただ彼らは生き延びるために動かなかったからだ。

 だから、魔族の男が肩を落とした時、目が下方へと向かったことに気付いた彼らはその瞬間に動き出す。


「火よ! ――」

「スザンナ!」


 イブラが詠唱を開始し、ヴァレンスの言葉にスザンナが懐にしまってあった紙を地面へと叩きつけた。


「もう準備済みよ! 展開まであと8カウント!」

「――燃えろ。焼け。焼き尽くせ。全てを灰燼と帰すまで!――」

「先に発動するわ! ライトニングフラッシュ!」


 視線を交差させたイブラとマリーが頷きあい、マリーが魔術を発動。


「む」


 一人で動きもせずに頷いている魔族の男を尻目に、全員が両腕をクロスさせて目を覆うと同時、閃光が一室を包み込んだ。


「落ち着け、ただの目くらましだ……が、なるほど。搦め手以外にも広域魔術ででゴブノスケが巻き込まれてしまう可能性も考慮すべきなのだな」


 魔族の男の謎の独り言など誰も気にしない。もはや聞こえていないといっても良いのかもしれない。それほどまでに彼らは必死になって残りの秒数を稼ごうとしていた。


「残り4カウント!」

「イブラ!」

「――『地獄の業火玉』」


 光が収まると同時。

 ヴァレンスが駆けだしながらイブラの名を叫んだ。まだ一歩も動いていない魔族の男へとヴァレンスが迫り、イブラの最大火力の炎が放たれる。


「3!」

「これでも喰らえ!」


 オーガを仕留めた炎とは桁違いに大きい炎の球。それよりも早く、ヴァレンスが魔族の男の足を縫い付けるように剣を地面へと突き刺した。


 それがしっかりと成功したかを確認する余裕はヴァレンスにはない。普段なら感触でわかるはずだが、それすらも冷静に認識できないままにヴァレンスはその場から離脱、直後に魔族の男へと炎の球が着弾。魔族の男を中心に炎の柱となって一気に吹き上がる。


「炎、当たったー!」

「戻って、ヴァレンス!」

「ああ!」

「2!」


 全員がスザンナの元へと走り寄り、それを待っていたかの如く魔術陣が現れる。

 先ほどスザンナが叩きつけた紙を中心に魔術陣が広がっており、逃げることのできないはずのボス部屋から直前の部屋にまで脱出させる魔術紙だ。ダンジョンボスは部屋から出てこないため、ボスに殺されてしまう不安がある時は使うことを推奨されている。


 近年ではダンジョン数が冒険者ギルドによって管理されている。そのため、ボス部屋の中にまで向かう冒険者の数が激減し、安価で入手できる魔術具であり、今回はダンジョンの異変を調べるための依頼であったため、彼らはダンジョンマスターを殺さずにボス部屋の異変を調査し、その魔術紙を使う予定でいたのだ。


 その逃げるための魔術紙が発動されようとしていた。

 炎の柱はまだ上がっていて、魔族の男が動いた様子もない。


「1!」


 これは逃げることが出来た。異変の正体を調べきることはできなかったが、確かに異変がある。という事実だけでも持ち帰ることが出来る。

 全員がそうやって、安堵の顔を浮かべたその時だった。


「ふむ、貴様らは知らぬようだな」

「……は?」


 いつの間にか目の前に現れていた魔族の男が魔術陣を踏み抜き、消失させた。


「我からは逃れられん」



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