第13話「そして彼らはオーガと対峙した」
暖かい光が世界を照らす。
照らされた光に映るは緑の大地。軽やかな風が吹き抜けては足元の緑をそよがせては青の匂いを一帯へと振りまいていく。まるで整備をされているかのように揃えられた草木は見ているだけでも飽きさせない程に清々しい。
そんな、誰しもが足を止めたくなるほどに気持ちの良い大草原にそびえる大きな洞穴の入り口。芝の絨毯が広がる大草原に不自然にそびえているそれはもちろん地下へと続いており、獲物を求めて今か今かとその口を広げて待ち受けている。
通称『グリーン』と呼ばれいる洞穴型ダンジョンに4人の冒険者たちが到着していた。
各ダンジョンの近くに配置されているギルド職員の受付を済ませて、入り口を眺めながらそのうちの1人。パーティリーダーでもある銀級冒険者の剣士ヴァレンスが呟いた。
「受け付けが終わったら一度ザッカスさんの動きを聞きたかったんだけど……もう入っちゃってたか」
「いいんじゃない? 1人で動きたいみたいだし」
鋼級冒険者の探索師のスザンナが準備運動をしながら答えるとそれに追随するかのようにダンジョン用に赤のローブを着込んだ鋼級冒険者の魔術師のイブラが頷く。
「実際、一緒に動かれても邪魔だしねー」
「『グリーン』だから大丈夫……という認識なのかしらね」
首を傾げる銀級冒険者の神術師マリーも心配していそうであまり関心がなさそうに自分の所持品の確認を行っている。
グリーンダンジョン。
位階の低いゴブリンしかおらず、罠もなく、ダンジョンの作りも一直線のみという冒険者から見ても非常に気楽に挑めるダンジョンとして有名なダンジョンであるため、あまり心配はしていないということなのかもしれない。もちろん、単純にザッカスという人間に関心がないというだけの可能性も大きいのだが。
ともかく。
「一応気を付けていこう。道中も言ったけどうちのギルマスの勘は当たる。何らかの異変があると思いながら進む」
「もちろんよ」
「そのつもりさー」
「ええ」
このダンジョンは不殺設定ではあるが、それはつまり死んでしまえば身に着けている装備品を全て失ってしまうという別の意味で恐ろしいダンジョンでもあり、特に女性陣にとってはある意味死ぬことよりも恥ずかしい思いをすることになることもあって表情を引き締める。
初心者向けダンジョンなのだからそこまで気を張らなくてもいいんじゃない?
という気構えでいる人物は一切いない。
初心者向けダンジョンとはいえダンジョンである。油断すれば何が起こるかわからない、そのことをこの4人は深く理解していた。
鋼級冒険者は優秀といわれ、銀級冒険者は超優秀といわれる冒険者だ。油断などするはずもない。
「さて、最後に確認するぞ。今回の俺たちへの依頼はあくまでもグリーンの調査。ダンジョンの異変を調査してそれが認められた時は速やかに撤退してギルドに報告することだ。
注意点はダンジョンの異変がダンジョンマスターが原因だった時。グリーンは初心者向けダンジョンとして認定されている貴重なダンジョン。だから余程の緊急事態でない限りはダンジョンマスターのハイゴブリンを殺してはならない」
「……」
3人が無言で頷く。
仲間たちが既に一流の冒険者の顔になっていることを確認できたヴァレンスもまた頷き、そして
「行くぞ!」
困難なダンジョンに挑む時と同じく表情を引き締めたヴァレンスパーティが洞窟の入り口の階段を下りていく。そしてダンジョンへと入った時、彼らの纏う雰囲気が一変した。
「おかしいわ」
スザンナが呟き、それを理解していた3人も頷く。
「あぁ、頼めるか?」
「少し待って」
地に手を置き気配をさぐるスザンナの脇や後ろを固めながらヴァレンス達は周囲へと目を滑らせる。
部屋に入った時に感じられるひんやりとした空気は彼らがよく知る洞穴型ダンジョンと同じもの。
天井や床を見回せば岩がむき出しに一面に広がっており、だがそれは天然ではありえないほどに滑らか。対照的に壁面の岩は凹凸が激しく、自然からでしかありえない様相を呈していて、これもまた一般的な洞穴型のダンジョンと同じ。
だが、ダンジョン特有の熱気がない。
その答えを探るべくスザンナが魔力をダンジョンへと巡らせていたのだがその答えはすぐに判明した。
「……ダンジョン魔物が一体しかいないわ」
「は?」
「え?」
「んー?」
信じられない答えに動きが止まる。
「その一体は今、戦闘しているかも……相手は先に入っていったあのおっさんかな?」
「そう、か」
グリーンダンジョン1層には魔物が数十ほどいるという前情報があった。先に入ったザッカスが数体を討伐したとしても少なすぎる。ダンジョンに入る冒険者はギルドがチェックしており、前回にザッカスが死んでしまった時以来、ここに入った冒険者もいない。強力な魔物がダンジョンに入っていったという情報もなかった。
つまり外的要因ではなく内部で何かが起こっているということを表している。
「あのおっさん、これだけの異常事態でよく一人で進もうと思えるわね」
「彼は万能型だから罠探索も一人でできる。自信をもってるんだろう」
「どうせグリーンだからって油断して突っ込んでるだけだろーなー」
「……」
折角のヴァレンスのフォローだったが、イブラが元も子もないほどにばっさりとぶった切る。
スザンナやイブラはザッカスのことを猪突猛進する男だと考えているが、ヴァレンスは違う。
ザッカスは確かに彼らよりもランクが低いとされる銅級の冒険者だ。冒険者としては一般的な実力でしかないが生き残る力にかけては一流といってもいいとヴァレンスは考えていた。
――大きな異変ではないと直感でもしているのか? なら、一番怪しいダンジョンマスターのいるボス部屋へと一直線に向かうべきか? ……いや、流石にこの状況では普通に進むのは。
「ヴァレンス」
「?」
その様子を見ていたマリーが声をかける。
「……今回ばかりは私も二人に同意見ね」
「マリー?」
「旅に出た時から様子がおかしかったもの。多分本当にグリーンで死んでしまったという汚名をそそぎたいんだと思うわ」
「……なるほど」
「私たちは異変を探りたいわけだし、当初の計画通り慎重に進みましょう」
「……そうだな、ありがとうマリー」
「どういたしまして」
若干二人の空気を醸し出そうとする仲間へとイブラが呆れたように告げる。
「この部屋はなにもなさそうだから早く次の部屋に行こうよー」
「そうだな!」
「ええ!」
二人は慌てて歩き出すのだった。
ダンジョン内の異変を悟ることができないままにヴァレンス達がダンジョンを踏破していく。
何か異常はないか。一部屋一部屋に見逃しがないように慎重に調べて進んでいくが、代わり映えはない。どの階層に進んでも残りのダンジョン魔物は一体しかおらず、ザッカスが先行して討伐していく。
一人で先行するザッカスと慎重に進むヴァレンスパーティが常に一定の距離が保たれていたのはザッカスがそれを常に気に留めていたことと、ダンジョン魔物の数が異常に少ないこと以外の異常が一切認められず、ヴァレンスパーティの歩みが想定以上に早かったことが原因だった。
「本当に異変がないわ」
9層の道半ばまで進んだ。
あと数部屋にまで何の異変も見つからずに進んだことでスザンナが本音を漏らしたのだがそれもそのはずだ。実際にダンジョンそのものに異変が起こっているわけではないのだから。
誰がダンジョン魔物が位階をあげるために殺し合いをしているなどと想像できるのか。その現場を見ても何が起きているかを理解できない冒険者もいるだろう。それほどにありえないことが起こっているということが真相。
また、ザッカスが全てのダンジョン魔物を討伐してしまっていたことも彼らが異変を一つも察知できていないことの原因だった。そうすれば事前に得ていた情報よりもダンジョン魔物の位階が高いことに気付けただろう。とはいえそれで核心にまで至ることは不可能であっただろうが。
「これはやっぱりダンジョンマスターの方に何かが起きているのかなー」
「けれど、ボス部屋までも気を抜かずに行こう」
「ええ」
再度気を引き締めなおしたパーティだが「ぶるあああああああああああ!」という突如聞こえてきた咆哮に全員が顔を見合わせた。
「今のって!」
「お、オーガ……だよねー!?」
「ど、どうしてこんなところに!?」
ありえない。
全員の思考が一致する。
確かにダンジョンには今までと違う種類のダンジョン魔物が急に出現する例は珍しくないが、そういったダンジョンではその現象が頻発していることが多い。また、そういった現象で出現するダンジョン魔物は初心者冒険者でも倒せるような弱い位階のダンジョン魔物であることがほとんどだった。
だが今回はここは、100年間ゴブリンしかいなかったダンジョンで。しかもオーガ。
鋼級冒険者でないと太刀打ちできないほどに強力とされるそれに、一人で先行しているザッカスでは対処できないことは考えるまでもないことだった。
「考えるのは後だ! ザッカスさんが危ない! 急ぐぞ!」
慌てて走り抜け、彼らはオーガと対峙することとなったのだった。




