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第12話「怒りエヴォリューション」



 いつも通り不殺設定を活かしての朝からの殺し合い。

 それは彼にとっての、既に日常だった。

 10層のダンジョン魔物では一足先に進化を果たしたゴブリンファイターだったが、既に10層では彼以外のゴブリンもその全てが進化を果たしていた。


 彼と同じく、レッドゴブリンから銅の槌を装備しているゴブリンハンマーに進化した者、ゴブリンハンマーに似たような体型や肌色ではあるが装備している武器が銅の剣となっているゴブリンソードに進化した者。ブルーゴブリンは以前よりも、より魔力が込められた杖を持つゴブリンロッドへ。回復型だったホワイトゴブリンも、以前よりも魔力が籠っているお守り持つゴブリンタリスへと。


 そのため、彼が進化したばかりの頃に比べると随分と苦戦を強いられるようになってはいたが、それでも進化後の経験値としては一日の長というべきか。いや、単純に執念の違いか。同階層のゴブリン全てを銅の槌で磨り潰し、最後の一体になるまで残ることが多くなってきていた。


「フゥ……フゥ」


 荒い息をつき、周囲を見回して今日もまた10階層に自分一体だけになったことを悟り座り込んだ。


 ――マダ、ダメダ。


 一人、苛立ちを隠せずにダンジョンの床を腕でたたく。 

 同じ階層の誰よりも早くに進化した彼だったが、同じ階層の仲間は既に彼と同じ位階にたどり着いた。今日は最後の一体にまで残れたが、既に満身創痍の体。血をいたるところから流し、左の肩は動かない。息も絶え絶えといった状況だ。


 明日を迎えてまた始まった時は仲間たちに勝てないあろう。



 ――トドカナイ。


 彼が想定している強さは最近になってダンジョンボスの地位についたそれだ。

 あの憎き男たちを一瞬で殺してみせたあの強さ。

 あれに憧れ、それでもそこへと微塵すら届くイメージがわかないあの理不尽さ。


 ――クソ。


 彼は今日もまた自分へのまた怒りを飲み込み、ただ強くなる自分を想像しながらそのまま眠り、翌日に備える。

 それは今日もまた変わらない――


「10層にも死にかけのゴブリンがいやがるなぁ! なんでゴブリンファイターがいるのか知らねぇが! ぎゃはははは! これなら楽に殺せそうだ! あのハイゴブリンの野郎めが! まってやがれ!」


 ――はずだった。


 突如聞こえた声と共に踊りだした一つの影。

 ゴブリンファイターである彼にとって、その姿はもうお馴染みの男だった。恰好は違うが、定期的にこのダンジョンに訪れては自分を殺さずに甚振り、人質としてマスターであるハイゴブリンを痛めつける男。


 自分の腕を切断し、足を切断し、耳を切断し……早く殺して楽にしてやってくれとハイゴブリンに懇願させ、その代償としてハイゴブリンを虐げていた男。テンマに敗北したスキンヘッドの冒険者、ザッカスだ。 

 人族の顔など見分けもつかない彼ですら、その姿を見ればわかる。


 ――コロシテヤル。


 整ってすらいない呼吸。

 動かない左腕。

 体中から血も流れていて、足元もあまりおぼつかない。


 それでも。


 いや、そんなことはゴブリンファイターには些細なことでしかなかった。大事なことは目の前に憎き敵がいること。それだけだ。


 ――コロシテヤル!


 一足飛びに飛び掛かる。

 何も考えていない。己が持つ銅の槌をただ振りかぶり、それをザッカスへと振り下ろした。


「っとぉ! おーおー、凶暴だな! くそ雑魚ゴブリンよぉ!」


 それを後ろに飛んで避けたザッカスは唾をまき散らしながら剣を横から滑らせる。狙いはゴブリンファイターの左腕。銅の槌を地面を叩きつけてしまったことで体が硬直してしまっていたため、ゴブリンファイターはそれを避けるができなかった。


「ッツ゛」

「はっ、一朝前に痛がりやがってよぉ! 本当にてめぇら雑魚に知能があんのか! あぁ!?」


 身体から切り離された左腕には目もくれず、剣をゴブリンファイターへと叩きつけていくザッカスだが、ゴブリンファイターはそれに対して冷静に槌で捌いていく。

 顔を狙った刺突を、どうにか首を傾げることで耳が飛ばされるだけで済ませ。


 それならばと胸を狙った剣は槌を掲げることでどうにか受ける。

 とはいっても槌という大ぶりな武器では限界がある。急所への致命的な攻撃はなんとか捌くものの、どうしても避けられない一撃も多い。

 太ももを切りつけられて、頬を裂かれ、腹も少しだが切られてしまった。


 ――マタ、ダ!


 常に怒り、冷静さに欠けているような彼ではあるがザッカスとの実力差があることはこの数合の打ち合いで理解していた。


 槌はいくら振っても避けられ、ザッカスの剣は徐々に彼を傷つけていく。

 まだ万全ならば、がむしゃらに暴れまわる体力もあったろうが、既にその体力もない。


 ――クソ! クソクソクソクソ!


 本能的に勝てないと悟ってしまった自身への怒りからザッカスを睨みつける。


「あん? 睨みてぇのは俺の方だぜ! 無駄に粘りやがってよ!」


 槌を横合いから殴りつけるがザッカスの盾に滑らされて威力が半減。その場に踏みとどまることに成功したザッカスがニヤリと口元を歪ませて剣を右腕に振り下ろした。


「グ、ギ」

「ぎゃはは! 俺の勝ちだぜ!」


 両腕を失ったゴブリンファイターを蹴り飛ばしたザッカスが声高々に笑う。


 ――シンデモトオサナイ!


 両腕を失い、体力もなく、体中から血を流し、それでも彼は立ち上がる。

 勝ち目がないことなど彼自身理解している。


 それだけ粘る必要性がないということも彼自身は理解しているだろう。なにせマスターが眠っているとはいえボスはあのテンマ。負ける道理がないことは疑う余地すらない。

 それでも彼はまだ戦う。まだ諦めない。まだ粘る。

 それはもちろんテンマの為というわけではない。


 ――マケテタマルカ……マケテタマルカ!


 目の前で笑う男はマスターの敵だ。それも最悪の敵だ。

 そんな男に負ける自身が許せない。ありえない。あっていいはずがない。

 それらの思考が今の彼の全てを占めている。

 つまり、それはもう意地でしかなかった。


 ――コンナヤツニ!  


 ……いや、意地ではない。


 怒りだ。


 ボスがこのダンジョンに来るまでの間に蓄積された怒り。

 それは未だに爆発することが出来ずに彼の意識を、感情を、体内を巡っている。

 腕がなくともゴブリンには鋭い牙がある。

 切り飛ばされた両腕になど一瞥もせずに彼は立ち上がった瞬間にはその牙を光らせていた。 

 そして――


「さっさと俺をハイゴブリンのところにまで通しやがれ!」


 ――その牙が届く前に剣で切りつけられて倒れ込んだ。


「手間取らせやがって」


 息をつき、汗をぬぐったザッカスの言葉が彼の耳を流れていく。


 ――マスター……ゴメンナ。オレハ……クソダ。


 一矢でも報いたかった彼の意識が徐々に暗くなる中で「また甚振ってやるぜ。あのハイゴブリン」

 その言葉に意識が覚醒した。


「ガァッ!」

「つ゛!? てめぇ!」


 ――マスターヲキズツケルナ!


 とどめを刺そうと近づいてきていたザッカスの足へと本能的にかみついた。


 ――マスターニフレルナ!


 せめて足一本でも持っていこうと、より深くに肉へと歯を沈み込ませるゴブリンファイターだったが「くっそがああああ!」という言葉と共に剣を胸へと振り下ろされてその力を失った。


 ――コロしてやる。ゼッタイニだ!


 マスターへの想いを募らせて、自分への怒りに身を焦がせ。


 ――ゆる、さ……ナイ。


 目の光が失われ、完全に死んでしまうその最後まで執念……いや怨念を燃やすゴブリンファイターがザッカスを睨みつけ、そのままザッカスによって首を落とされた。

 別々になってしまったゴブリンファイターの首と体が徐々に消失していく。


 ――コ…………ロ。


 す。

 そして意識が完全にうしなわれた。


「あん? なんだ?」


 ……ということにはならなかった。

 ゴブリンファイターの体がゆっくりと光る。それが徐々にまぶしくなり目を開けていられなくなったザッカスが「くっそ!」と身を竦ませた。


「……なんなんだ、一体」


 そうして目を開けたとき、ザッカスの体が吹き飛んでいた。


「は?」


 何が起こったかもわからないままに壁に激突したザッカスは自分を吹き飛ばしたなにかへと目を向ける。


 そこに聳えるは大きな体躯。

 身体の肌はゴブリンファイターだった時をイメージさせるような赤い肌ではあるが、そこからが異様だった。そこからは異様だった。


 一般的な冒険者の背丈よりも頭一つほど大きく、またあまりにも筋肉質。腕や足が人族のそれとは比べ物にならない程に太く、人族の武器が通らないのではないかと感じさせるほどに逞しい。さらに頭部には鉛色で鈍く光りを反射させている2本の角。携えているのは木製の大槌。


 ――お……オー……ガ?


「……な……に、が」


 何が起こったかわからないザッカス。

 当然と言えば当然だろうか。

 先ほどまで戦っていたのはゴブリンファイターだ。それが死んだと同時に体が光り、光が収まった思った時にはオーガによって体を吹き飛ばされてしまった。


 これで何が起こったのかを瞬時に理解するのはなかなかに難しい。

 ダンジョン魔物がその場で急に進化したなどと、それこそ理解が及ばない事象だろう。 


「っ゛!?」


 わけもわからず、話すことすらもままならないザッカスがフと自分の体へと意識を向けた時、その目が見開かれた。


 下半身がなく、上半身しかなかったからだ。

 壁で身をよじることすらもままならないザッカスへと、オーガは一瞥するがそれだけだった。もはや興味をなくしたのか自然な様子で体を別の方へと向け「ぶるあああああああああああああああ!」


 咆哮。


 空気が震えた。

 その威圧の恐怖に身を竦ませる上半身しかないザッカスを尻目に、オーガが走り出す。それが合図だったかのようにオーガの体へと、人族を包むほどの大きな炎の塊が飛来。身を焼かれ狼狽えるオーガの足元を小さな影が走り抜ける。


「があっ!?」


 筋肉質な腿が切り裂かれてオーガが片膝をついた。

 たったの二手だ。


 それだけだが、それがもはや決着だった。

 片膝立ちになった瞬間にはオーガへと駆け寄っていた一対の男女。

 男の剣がオーガの首を半分切り裂き、それこそザッカスのように何が起こったのかが理解できずに半ば呆然としているそのオーガの顔面へとモーニングスターが叩きつけられてその首が飛んだ。


「一丁あがりね!」

「ザッカスさんは……ダメか」

「まぁこのダンジョンって不殺なんだからし、放っておいていいでしょ」

「うん。あの光り方はー、間違いなく不殺ダンジョンの現象だねー。異常があったからそれも少し心配だったけどー、そこの確認も出来てよかったねー」

「なんで『グリーン』にオーガがいるのかしら。やっぱりこのダンジョン何かおかしいわ」


 ヴァレンスパーティが何でもなかったかのように周囲を警戒しながら、消失したオーガがドロップしたアイテムを回収していく。


「このままボス部屋にまで行きましょうか」

「いや、万が一にも見逃しも許されない。すっ飛ばしてしまった部屋から再調査に入ろう」

「りょーかい」

「わかったわ!」


 自身を殺したオーガを一瞬で殺した冒険者たちはそれが当たり前であるかのように振る舞っている。

 それがザッカスには自身と彼らの格の違いを見せつけられているように感じられてしまう。


 ――ふざけんな。

 その意識を最後にザッカスの体が光となって消失した。



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