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第11話「侵入者」



 クィーンアントの卵には稀に孵化に失敗する卵があるという話は魔王時代に聞いたことがあった。

 そのため、孵化に失敗した卵の一つをもらって帰ってくる予定だったのだが、我がアントの巣に着いた時にはそれどころの状況ではなかった。


 コロニーがほぼ全滅状態で、最後の生命が尽きる寸前で我がギリギリで間に合ったのはほぼ奇跡ともいえるだろうか。


 ……いや、奇跡という呼び方ではクィーンに対して失礼か。

 あれは母の執念がなした必然だった。


「……」


 ここに来るまでに堀った道を数日をかけ、ゆっくりとダンジョンへと戻りながら我の後ろをついてくるシアアントへと視線を送る。思っていた展開とは異なったが結果的には理想の個体を引き連れることとなった。


「まぁ、理想であろうがなかろうが、アレは断れん」


 クィーンアントの死の間際を思い出して、誰にでもない独り言をつぶやく。

 情に絆されたからではない。母としての覚悟が見事だったからだ。


 とにもかくにも一度引き受けたからにはこやつを立派なクィーンアントにまで育てあげる。もしもシアアントがダンジョン魔物として扱われるようになったとして、位階が上がりクィーンになる時には結果としてダンジョンの強化にもつながことになる。


「さて」


 ボス部屋が見えた。。


 ダンジョンの外壁に張り巡らされている魔力障壁が自然に修復されてしまわないように、我が掘った道が崩落しないようにすることと合わせて一緒に固定している。このダンジョンの障壁はおそらくは神によるものだ。我ながら何度も破壊しているにも関わらず自然と修復されることと、その分の魔力が周囲から吸い上げられているものではないことから見て間違いないと考えている。


 これはおそらくは外側からダンジョンを壊すというダンジョンシステムの根底を覆す暴挙を防ぐためだろう。


 この障壁は今も固定している状態のため現在も壊れている状況なのだが、シアアントという魔物がダンジョンに入ってこられるかどうか。要するにダンジョンの魔物数の制限を突破できるのか。


「入れるか?」


 部屋の直前で足を止めて足元にいるシアアントに声をかける。意味が通じているわけではないはずだが、まるで理解しているとでもいうように頭を上下させてから部屋へと進むシアアント。

 残りの距離はシアアントの頭二つというところ。

 さぁ、どうなる?


「……」


 あと頭一つ。


「……む」


 なんの障壁もなく部屋に入っていった。

 シアアントが部屋を見渡して、それから我へと頭を向ける。首を傾げてこちらをじっと見ている様子に、なんとなくだが言いたいことが伝わってきた。


 部屋に入ると、なぜか小気味よく足踏みを始めたシアアントを尻目に、障壁と道を固定していた魔力を解除。支えていた魔力が消えたことで土中の道が轟音と共に崩落していく。


 ――ふわー、すごい。

 突然、声が聞こえた。いや、聞こえたというよりも響いたといった現象に近い。


「……誰だ?」

 ――え? え?


 我の警戒を飛び越えて直接念話を送ってきたという事実に、目を周囲へと走らせるがそれらしき人物は当然存在しない。目に入るのは我と同じように首を傾げているシアアントだけだ。そもそも念話である以上この近辺にその者が潜んでいないということに……む?

 まさか。


「今の声、貴様か?」

 ――これ、ぱぱのこえ?


 我の目とシアアントの目がぶつかり合う。

 間違いなくシアアントの声なのだが……聞き間違えか?


「……パパ?」

 ――うん、ぱぱ!

「……我のことか?」

 ――そう! ふわーすごい! ぱぱのこえがきこえる!


 声から伝わる高揚と連動してシアアントが警戒な足踏みを刻みながら我の足元を駆け回る。

 そうか聞き間違いではないということだな……いや……うむ。色々と考えることはあるが、とりあえず。


「な、なぜ……パパだ?」

 ――だって、同じ魔力!

「……………………そうか」


 なるほど。

 一瞬頭が真っ白になりそうになったが、冷静になると理解が追いつく。

 アント種はクィーンアントが卵へと魔力を注ぐことで孵化し、孵化したアントはその魔力で識別して親と認識する。このシアアントは確かにクィーンの魔力だけではなく、我の魔力が最後の孵化の助けとなった。


 パパ……つまりは父親という認識をもってもおかしくはない。

 動物の鳥でいう刷り込みに近い感覚だろうか。

 頭を膝のあたりへとこすり付けてくるシアアントの感触が若干気持ち良い。


「……」


 まぁ……良いか。不都合があるわけでもなし。ゴブノスケが目覚めた時の反応も少し面白そうではあるし、なによりクィーンアントにもあとは任せろと言った手前もある。


 ――ぱぱ。

「む?」

 ――……ぱぱ?

「どうした?」


 二度の問いかけによくわからずに首を傾げるのだが、そんな我を見ていたシアアントが再度膝へと頭をこすり付けてくる。

 ――……。


 返事がなくひたすらに頭をこすり付けられる。訳が分からずに戸惑っていると、やっとシアアントからの念話が届いた。


 ――ここって、だんじょんなんだね。

「ふむ……わかるのか?」

 ――なんだかわかるの。わたし、だんじょんのまものになったみたい。

「……このダンジョンでは殺されることがないということもわかるか?」

 ――うん、わかる。

「そう、か」


 なぜわかるのか、という疑問は意味がない。とてもこのダンジョンシステムの根底は理解できんが、流石は神のシステム……と今度会った時にでも褒めると心に決める。神が我に褒められたからといって喜ぶとも思えんが。


 これで外から魔物を連れてきてもダンジョンに入ってしまえばダンジョン魔物となることが判明した。魔力をもたない動物をダンジョンに連れてみたがすぐに逃げて行ったことがあったため、魔力を持つ生物ならば自然とダンジョン魔物扱いになるのか……いや、それならば冒険者もダンジョン魔物化してもいいはず。

 つまり、おそらくは魔力をもった魔物であることが基準になっている。


「……シアアントよ」

 ――んー、なにー?

「なぜ、母がいないかわかるか?」

 ――ははって……まま? 

「そうだ」

 ――うん、なんとなく、わかるよ。さっきのがままだって……わかる。


 つぶらな瞳が我を見つめる。

 表情が変わっているわけではないのだがその視線は悲哀さを感じさせる雰囲気を纏っている。


 生まれてまだ1日も経っていないにも関わらず情緒がしっかりと育っているのは流石は野生の魔物とでもいうべきか、それともアント種の中でも知能に優れる女王種である所以なのか。


「敗北したから……外敵よりも弱かったからだ。だから彼女の巣は全滅し、お前しか生き残ることが出来なかった」

 ――……うん。


 シアアントの頭が下がった。

 わかっている。

 生まれたての魔物に我がいかに非情なことを伝えているか。

 我とてわかってはいるのだ。

 だが、だからこそだ。


「この世は弱い者には厳しい世界だ。お前は強くなれ。お前が己のコロニーを作った時、どんな外敵が襲ってきたとしてもそれを退けられるほどに強くなれ。そうすればお前のように寂しさを感じるアントもいなくなる。そうなるために、このダンジョンは最適の場だ」 

 ――……うん。 

「我がお前を見ているぞ」

 ――うん!


 シアアントが頭を上下させる。


「今は眠っているダンジョンマスターのゴブノスケも阿呆だが好ましい、共にいるだけで楽しめるゴブリンだ。強くなり、おまえの生を楽しむことだ」

 ――たのしみ!


 我の膝へとじゃれついてくるその動きか愛くるしく見えていつの間にか表情が緩んでいたことに我ながら気づき、少し気を取りなおす。 


「まずはダンジョンを見て回ろう。ダンジョンのゴブリンたちにお前を紹介する」


 とはいえシアアントももう今ではダンジョン魔物。別の階層には行けないというルールが適用される。それを突破させるために我の背中へと、よじ登らせた時だった。


「……ほぅ?」


 ダンジョンの1階層に侵入者の気配を感じた。

 数は一人と4人の2パーティ。

 ダンジョン内を見て回ろうと思っていたが「予定変更をするぞ」


 今のダンジョンは既にゴブリンたちがお互いを倒した後のため、各階層につき一体しか魔物がいないような状況だ。

 大した時間もかからずにボス部屋にまでやってくることになるだろう。


「ふふふ、どう出迎えてくれようか」 


 このダンジョンには弱者しか来ないという話をゴブノスケから聞いたことのある我だったが、それでも好奇心がうずいて止まらない。


 ――……?


 背中越しにシアアントが首を傾げる気配を感じた。  



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