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第10話「生命の願い」



 ダンジョンにはルールがある。

 それ自体はゴブノスケから聞いたため、我も理解している。が、そのルールの一つに気になっていることがあった。


 その気になっているルールがダンジョン魔物の数の上限というルールだ。

 ダンジョン魔物は部屋の数に依存している……らしい。

 ならば外から中に魔物を連れてきたとき、ダンジョンはどういう判定を下すのか。

 そもそもダンジョンに入れないのか? 入れないのならばそれが答え。我の疑問の解決となる。


 だがもしも入ることが出来たならどうなるのか?

 それは単なる魔物として扱われるのか? はたまたダンジョン魔物として扱われるのか? 普通に考えれば前者だが、ここはその普通が効かない神のシステムがルールとして設定されている。ならばこそ試してみる価値はある。


「神め、なかなか面白い遊戯を作ってくれる」


 神たちのことだから遊戯のつもりはないのかもしれないが、我としては素直に感心モノだ。


 今日で既に何度目かもわからぬ独り言を呟きながらダンジョンの10層最深部――要するにボス部屋――の地面に手を当てて魔力を徐々に地中へと巡らせていく。


 連れてくる魔物は一体だけを想定しているが、その一体が一体で終わらない魔物が好ましい。要するに単為生殖が可能となる魔物が理想的。もしも連れてきた魔物がダンジョンのシステムを使わずに数を増やしたとして、それはそもそもとして増やすことが可能なのか? 可能だったとしてダンジョン魔物としてカウントされるのか。本当にこのダンジョンシステムは興味が尽きない。


 その条件を満たしているのならば誰でも構わないのだが、もちろん魔物には自我がある。さらにいうならば知能を持つ魔物も当然多い。それらの意思を無視してまで強引に連れてくるつもりはない。


「あった」


 巡らせていた魔力の網に魔物が引っかかった。

 距離は少し遠いが、幸いなことに深さはここと大して変わらないダンジョンの階層数で例えるならここから丁度一層分程度。手で掘り進めながらでも数日で行けるだろう。


「ふむ、戻ろうと思えばすぐに戻れるか」


 掘っている途中、もしくは掘り終わって目的地に着いたときにダンジョンへの侵入者があった時は全力で戻ればですぐに戻れる距離だ。

 ダンジョンに侵入者が来た時に気付けるように魔力の網を貼っておけばそれで十分だろう。


 と、なれば行かない理由がない。魔力の網に引っかかった魔物に対して少し気になる点があるが、とりあえずはそこへ向かうことにして手に魔力を込める。



「まさか穴掘りをすることになるとは」


 おそらくはダンジョンが崩れないようにすることを目的に、外壁に張り巡らされているダンジョンシステムの魔力障壁を突き破り、そのまま掘り進めていく。一度突き破った障壁は自動で修復するようなので、戻るまでは固定だけしておけば問題ない。


「さて、どうなることやら」






 ――ああ、終わってしまう。


 そのアントの巣は既に生きる力を失っていた。

 兵士たちは全滅し、肝心のクィーンも敗北し、新たな卵を生み出す力も残っていない。既に大量にあった卵もそのほとんどが生まれる前に、クィーンから与えられるはずだった魔力が不足したことでそのまま孵化することなく生を終えてしまっている。


 ――私の子らが、この世界を見る前に終わってしまう。


 クィーンが嘆くその間にも、彼女の背後にあった卵から命の気配が一つ消失する。残る命の卵はもう一つだけ。

 自分が死ぬだけなら問題ない。兵士たちが死ぬことも仕方がない。外敵がこのコロニーの戦力を上回っていただけの話だ。弱肉強食はこの世界の掟。


 けれど、これから生まれる命はまだ何も知らない。

 魔力がふんだんに含まれた鉱石の美味。

 外敵を打ち破った時の本能の充足。

 新たな命が生まれ、家族が増えた時の興奮と高揚。

 その全ての幸せを、この子らはまだ知らない。


 ――ああ、もう最後の子しか残っていない。


 注ぐ魔力が足りない。

 己が体を食いちぎり魔力の糧としながらも、己が子へと魔力を注ぐ。


 ――足りない。


 羽がない。

 空を雄大に飛ぶことはなどもうできない。


 ――足りない。


 足がない。

 一歩も踏み出すことすらも出来ない。


 ――タリナイ。


 それでも彼女は諦めない。

 失われそうにある卵に己が命を注ぎ込む。

 一瞬でも魔力を注ぐことをやめれば卵は命を失ってしまう。


 ――マダ、タリナイ。


 魔力がない。

 もう、足りない。

 もう魔力の糧とできる部位は残っていない。

 彼女の目から水が落ちる。

 自身でも経験したこともない現象だが、彼女はそんなことを気にも留めない。


 ――マダ、アッタ。


 意識は朧気。それでも我が子への本能は止まらない。

 止まるはずがない。

 止まっていいはずがない。

 半ばその鼓動を終えようとしてた魔力の核を体内の腹から食い破ってまだ見ぬ命の傍へとそっと置く。


 魔力の核はそれ自身から魔力を発生させるものではあるが、アントの卵が外気から魔力を吸収できる量は微々たるものだ。その行為そのものではその卵から命が生まれるはずがない。

 それが単なる延命行為でしかないことなど彼女とて理解している。

 それでも何かをせずにはいられない。


「……」

 ――イトシキ……コ。


 最後に身じろぎを一つ。


 ――ドウカ。


 徐々に彼女の目から力が失われていく。 

 奇跡を信じ、藁にも縋り、捧げるものをすべて捧げて。それでも生まれなかった命へと顔だけを向けて――


「――貴様の想い、我が引き継ごう」


 魔族の男の小さな声。それと同時に魔力の奔流が世界を包む。


「触角を喰い、足を喰い、羽を喰い、最後には魔力の核をも餌とした貴様の延命処置は決して間違いではなかった」

 ――……ダ……れ。


 魔力の奔流に晒されて、終わりかけていた生命が罅が入った。

 その奇跡に彼女の目にほんの少しの光が入る。声の主が誰かなどという思考はその瞬間に何の価値もない思考へとなり下がる。


 彼女の命は本来ならば既に尽きている。体を失い、魔力を失い、核をも失い、それで生きていられるはずがない。それでも、彼女は生きている。

 己が子の命を見届けるまでは種の王として、母として、まだ彼女は死ねない。


「この世は不条理が当たり前だ。死が近づけば親が子を喰い、子が親を捨て。それを我は責めはしない。それが世だからだ。が――」


 彼女には魔族の男が何を言っているかは理解できない。

 それでも、何が起こっているかは理解していた。


「――それでも貴様は親を貫いた……見事だ!」


 罅が完全に一筋に入り、割れる。


 ――アア……アァァァァァ! 


 卵の殻を破って生まれた小さなアント。魔族の男の膝あたりの高さ。その背中には小さな羽が生えており、女王になるべくして生まれたアント――シアアント――だということが彼女のぼやけた思考ですら理解できた。


 いや、だが。


 そんなことはどうでもいいことだ。

 生まれた命の種が何であったかなどほんの些細なことでしかない。


 ――ワガコがウマレタ……我が子が動いている! 


 死ぬはずだった子が生きている。愛しき我が子がこの世に生をなしている。己を包んでいた殻を元気に食べている。

 それが今の彼女にとっての全てだ。  


 ――ありがとう! 見知らぬ魔族! ありがとう!


「あとは任せるが良い」


 ――どうか我が子よ、この世界を享受して満足の生を。


 腹が膨れて満足したのか、シアアントが小さな頭を彼女へと摺り寄せる。


 ――私は……あなたを……愛して……い、る……わ。 

「だから安心して逝くが良い。貴様こそ本物の母だった」


 そうして彼女は動かなくなった。

 シアアントが動かない母にさらに身体を摺り寄せる。

 残された魔族の男はただひたすらにそれを見つめていた。



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