第9話「グリーンダンジョン探検隊」
マリージョアフォレスト。
港都市マリージョアからグリーンダンジョンの間に広がる地帯。
森林地帯と言ってもあたりに生えている木々は一本一本が非常に背の高い大木であり、生えている一本一本の間隔も十分なのもであり、一般的な森林ほどに鬱蒼とはしていない。むしろ草原地帯と表現したほうが正しいだろう。
太陽の光が存分に草木を照らしているにもかかわらず、大地から生えているそれらは犬や猫よりも背が低く見通しが非常に良い。生態系も草食系の魔物や動物が主であり、危険度が低く気温や気候も緩やか。快適でもあるとして有名な森林でもある。
その森林地帯を馬にのってゆっくりと進む5人の冒険者の姿があった。正確には1人が先を進み、4人が少し離れて後ろから進んでいる。大して舗装もされていない道だからか、進む4人の速度が遅い。とはいえ足取り自体は非常に軽く、談笑に花を咲かせながら進んでいるため4人の表情は一様に明るい。それとは対照的にただ1人で進んでいる冒険者はそれに少し焦れているのか、進んでは時折後ろを見ては距離が開いているため馬の足を止める、といった動きを繰り返している。
それを知ってか知らずか、腰にまで届く金の髪を風になびかせていた女性冒険者がどこか神秘めいた美しさを醸し出しながらの柔和な表情で呟いた。
「たまにはこういう気楽な仕事もいいわね」
「うんうん、最近忙しかったから! ここは滅多に通らないけどやっぱり気持ちいいね、マリー!」
「ふふ、そうね。でもあんまりはしゃぐと危ないわよ? スザンナ」
「大丈夫だよーだ」
首元までの赤い髪を揺らせるスザンナが元気な笑顔のままでマリーの周りを行ったり来たりしながら、元々大きな目を開いて周囲を見回している。馬に乗りながら見事な手綱さばきともいえるのだがこれが日常である彼らにとってはそこは特筆すべきところではない。それよりも見ているだけで微笑ましくなる女性陣二人の様子に、それを見ていた茶色い短髪の男性冒険者が声を上げた。
「一応はダンジョンに異変があるかの調査なんだからもう少し気を張ったほうがいいんじゃないか?」
「ちゃんとダンジョンに着いたら警戒するからいいの! ほんっとヴァレンスは固いんだから。そう思うでしょ、イブラ?」
「そうだねー。どっちでもいいかなー」
緑がかったくせっ毛を自分の指でいじりながら答えたのは少し身長が低めの男性冒険者イブラ。どこか中性的で体の線も細いため、見ようよっては女性にすら見える彼もまたいつも通り。普段通りのその姿にヴァレンスが困ったように頬を掻く。
「今日も今日とて皆マイペースなのはいいんだけど、今回は先に行っているザッカスさんもいるんだから見失わないように歩こうな」
リーダーであるヴァレンスの言葉もいつも通りといえばいつも通りなのだが、その言葉にスザンナとイブラが明らかな渋面になった。
「……そもそもザッカスいらないわよね」
「うん、僕もそう思うんだよねー」
「そ、そういわずに」
ヴァレンスが珍しく言いよどんだ原因は彼もまた本音を言ってしまえば二人の意見に対して全く同じ気持ちだからだ。
初心者向けと言われる『グリーンダンジョン』で銅級冒険者のザッカスが死んで帰ってきたという噂は既にほぼすべての冒険者には伝わっている。それが発端となって現在彼らはここにいるのだが、ザッカスに関しては勝手についてきているといっても過言ではない。
ザッカスから話を聞いたギルドマスターが異変を探るため、期待の若手と名高いヴァレンスパーティへと依頼したのだが、その時にそれを聞きつけて強引に案内役を買った人物がザッカスだ。
案内役とはいってもグリーンダンジョンは元々わかりやすい位置にあり、行くまでの道のりも冒険者でなくとも通れるように治安も良いため不要な存在でしかない。
さらにダンジョンに入る時は1度につき4人までしか入ることが出来ない以上、ヴァレンス達からみてザッカスはただ不要でしかない。何度断っても「依頼料はいらない。案内役をさせてくれ」と譲らなかったことと「俺を殺した魔族がいるかもしれねぇ」と言ってきかず「邪魔をする気はない」ということだったのでヴァレンス達も同行を渋々許可したのだ。
「ダンジョン内でどうやって合流するんだろうな」
「別にどうだっていいじゃない……向こうが勝手に合流しに来るんでしょ?」
「そう言ってたねー」
ダンジョンに入った時、冒険者が1層のどの地点から始まるかはある程度ランダムとなっている。というのも、入口が別の空間につながっているのだ。これは神が定めたダンジョンシステムとして既に冒険者にとっては常識の話だ。
相変わらずザッカスに対して、まるで吐き捨てるように言うスザンナとイブラに対して困ったような笑顔を浮かべながら、ヴァレンスが小さなため息を吐き出す。それから空を見上げてパーティの仲間たちと先に進むザッカスの遠い背中を見つめる。
――何事もなければいいけど。
それが彼の本心であり、心配事でもあった。
剣士のヴァレンス。
神術師のマリー。
探索師のスザンナ。
魔術師のイブラ。
銀級冒険者であるヴァレンスとマリー。鋼級冒険者であるイブラとスザンナ。
銀級冒険者は超一流。鋼級冒険者で一流と称されていることからも察することが出来る通り、彼らは超がつくほどに優秀な冒険者だ。
4人で構成されているヴァレンスパーティは港都市マリージョアに拠点を置く冒険者の中でも実力者かつまだ若いためこれからも伸びると評判のパーティでもある。そんな期待の星ともいえる実力者パーティが初心者向けと言われるダンジョンへの探索に向かっているのは単純な理由だ。
ギルドマスターに直接依頼されたから。
本来ならば一蹴してしまうようなクエスト内容だが、それが先見の明をもつと噂のギルドマスターからの直接の依頼となれば話は別。
何かある可能性が高いというのがヴァレンスの本心であり、要するにヴァレンスは警戒心を持ってこのクエストに臨んでいた。
「ま、ダンジョンに着くまではのんびりと行こうか。何かあると決まったわけでもない」
誰にでもない独り言だったのだが、いつの間にか彼の横にいたマリーが反応する。
「急ぎ過ぎて変化が些細すぎて気づかない、なんてことがあったら困るから私もそれでいいと思うわよ?」
「……そういえばそんなことも過去にあったらしいな」
「ええ、その時の変化に気付かなかったせいでダンジョン魔物の氾濫が発生して近くにあった都市や村で大きな被害が出たことがあったわ。もっとも、ここ数十年近くは全くないみたいだけど。だから100年も異変がなかったグリーンダンジョンに変化の兆しがあるということにギルドマスターも危機感をもっているのかもしれないわね」
「『100年間異変がなかったからこそ、些細な変化も見逃すな』と言っていたが、どうだろうな。それでも正直なところうちのギルドマスター以外からの依頼なら断ってる」
「ええ、私も同感よ」
「まあ、一旦引き受けたからには隅から隅まで探るまでだ」
真面目な表情になった2人だが、それはここまでだった。
「とは言ってもグリーンダンジョンに着くまではまだ結構かかる。それまではこれぐらい気軽に行こうか」
「それがいいわね。マリージョアを出て数日だけどまだ半分も届いてないもの。最近いろんなダンジョンに潜りっぱなしだったし、ゆっくりと行きましょう?」
「そうだな」
彼らはゆっくりと足を進める。
冒険者たちがダンジョンの変化に気付き始めるまではもう少し、時間がかかる。




