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1.仲間からの手紙

 修道院の朝は早い。今日も朝の礼拝に向かうために、私は自室を出て礼拝堂に向かっていた。その途中、ひどく眠そうな様子の修道女とすれ違う。ぼさぼさの頭をした彼女は大あくびをしながら、気だるげに声をかけてきた。


「ふああああ……おはよう、ミランダ」


「あら、また夜更かししたの? もうすぐ朝の礼拝よ。何ならさぼって二度寝する?」


「まさか。何がなんでも出席するに決まってるでしょ。私だけ出遅れるなんて冗談じゃないわ。きっと今日も、飛び切りの噂話が出てくるでしょうし」


「そう言うと思ったわ。……実は、今日はいい情報があるのよ。楽しみにしていて」


 片目をつぶりながら答えると、今までとろんとした目をしていた彼女が顔を輝かせた。


「まあ最高。だったら急いで礼拝堂に行かなくちゃ」


「でもその前に、髪くらいとかしておきなさいな」


 彼女ははいはい、と答えると、鼻歌でも歌いそうな足取りで自室の方に消えていった。きっとこれから大慌てで身なりを整え、礼拝堂に駆け付けるのだろう。


 私はくすりと笑うと、また礼拝堂に向かってゆっくりと歩き出した。






 この修道院は荒野の中にぽつんと立っている。歴史を感じさせる古い石造りの、大きくて立派な建物だ。


 ここにいるのは貴族の家の女性がほとんどだ。ここは不義を疑われたり、婚約を破棄されたりして行き場を無くした女性が、神に祈りを捧げながら静かに暮らす場所。


 ……と、一般的にはそう思われている。しかしここは普通の修道院とはまるで違っていた。




 そもそもの始まりは、ちょっとした慰めあいだった。ここに集められた私たちは自然と過去の傷を語り合い、色々な出来事とその記憶を互いに分かち合うようになっていた。


 そんな身の上話に加えて、私たちはちょっとした噂話に花を咲かせることも多かった。多くの女子の例にもれず、私たちも噂話は好きだった。


 人里から離れていてろくな娯楽のないここでは、外からの手紙や新入りがもたらす新しい噂話が何よりの楽しみだったのだ。誰かが耳にした新しい情報は、すぐに全員で共有されるようになっていた。


 そうしているうちに、私たちの手元にはびっくりするほど多くの、そして多岐にわたる情報が集まってしまった。こうなると情報を集めること自体が面白くなってしまって、私たちは調子に乗ってさらに情報を集め続けた。


 私たちが外出することはそう多くはないが、やりようなどいくらでもある。実家の者や友人たちとの手紙のやり取りが主だったが、様々な物資を届けに来る商人たちも格好の情報源になっていた。そうやって情報を集めながら、私たちは人脈を少しずつ広げていった。


 しまいには、定期的に実家とここを行き来する者まで現れ始めた。そうやって外でたんまりと情報を集め、みなの歓声を浴びながらそれを披露する、そのことが癖になってしまったらしい。


 ある時など、ここを出て行った一人が「私は夫がありながら、通りすがりの男性に心惹かれてしまいました。しばらく修道院にこもり、心を清めてまいります」などという言い訳をしてここに堂々と出戻ってきたのだ。戻ってきた彼女から事情を聞いた私たちは、さすがに腹を抱えてみなで笑い転げた。


 そんなことをしてでも戻ってきたくなるくらい、いつしかここは素敵な場所になっていたのだ。


 ここの決まりは三つ。修道服を着用すること、朝の礼拝には出席すること、男子禁制。あとは全てが自由だ。


 自由といっても決して無秩序ではなく、それぞれの良心に基づいた規律が保たれている。……実のところ、くだんの三つの決まりですら臨機応変に適用されていて、守るも守らないも個人の自由だったりする。


 ここには口うるさい姑も、頼りない夫もいないし、自分勝手な婚約者もいない。傷を負って追放された私たちを、さらに傷つける者はいないのだ。


 時折、そういった連中が余計なちょっかいをかけてくることもあったが、そのたびに私たちはその干渉をはねつけてきた。みなで手当たり次第に集め続けた情報は、今では立派な武器になっていたのだ。


 相手のちょっとした醜聞を知っていると匂わせるだけで、ほとんどの相手はすぐに私たちから手を引いていった。何よりも体面を重んずる貴族にとって、醜聞を広められるということはそれほどに恐ろしかったのだろう。


 そうやってささやかな勝利を収めるたびに、私たちの結束はさらに強くなっていった。私たちは仲間であり、家族のようなものになっていた。


 こうして今日も、私たちはこの楽園で自由を満喫し、毎日をおもしろおかしく過ごしている。






「これをもって、今朝の礼拝を終わります。みな、今日も神に仕えるものとして、恥じることのない行いを心がけましょう」


 朝の礼拝を締めくくる、お決まりの文言を厳かに口にする。礼拝堂に集ったみなも、静かに頭を垂れていた。どこの修道院でも普通に見られる光景だろう。


 私はこの修道院では若い方なのだが、色々あって取りまとめ役なんてものをやらされている。朝の礼拝を執り行うのも私の仕事だ。


 しばしの沈黙の後、みなが示し合わせたように顔を上げる。さっきまでどこか眠たそうにしていたのが嘘のように、みなきらきらと目を輝かせていた。


 私も大きな笑みを浮かべると、腰に手を当てて口を開いた。これからが、本当のお楽しみだ。


「さあ、それじゃ今日の報告を始めるわよ。新しい情報を手に入れた人は挙手してちょうだい」


 朝の礼拝の後は、みなが心待ちにしている報告会だ。ここで、互いが手にしている情報が披露され、共有される。いつの間にか自然に発生していたこの集まりは、今ではもうすっかり恒例の行事と化していた。


 たちまち、あちこちで勢いよく手が挙がる。誰も彼も、話したくてたまらないといった顔をしている。その中の一人と目が合った。


「それじゃあ、まずはあなたから話して」


「はいっ! ええと、ずっと跡取りが決まらなくてもめていたユスト伯爵家の騒動なんですけど、どうやらそろそろ決着がつくみたいです」


 彼女の言葉に、周囲からすぐに反応が返ってくる。その騒動を気にしている者は他にもいるようだった。


「あら、あそこの問題だったらあと数年は決着しないかと思ってたわ」


「それが、意外な人物が跡取りになるみたいなんですよ。なんでも、最後の決め手はその人の人望だったとかで。民からも慕われている、素敵な方みたいなんですよ」


「最近の社交界では、当主たるもの人望を備えているべし、と考えられるようになってるみたいね。きっと、そのせいでしょう」


「で、結局誰に決まったの? もったいぶってないで教えてよ」


「はい、実は……」


 そうやって彼女たちの口から語られるのは、よその家の様々なゴシップだ。一見するとどうでも良さそうなこんな話でも、回りまわって意外なところで役に立つことも多いので覚えておいて損はない。それに、自分の身に関係のない噂話は気楽に楽しめる。


 みなはそのままわいわいと話し続けていたが、やがて話題が尽きたらしく静かになっていった。頃合いを見計らい、また口を開く。


「これでみんな話し終わったわね。じゃあ、私の情報を話すわ」


 言いながら手にした手紙を掲げてみせると、みなが一斉にこちらを見た。私はみなの期待をあおるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ヘレナから手紙が届いたのよ。元気にやってるって」


 その瞬間、一斉に歓声が湧きおこった。今朝一番の大騒ぎだ。さっきまでの騒ぎの熱と相まって、礼拝堂の中が一気に暑苦しくなったような気がする。


 ヘレナというのは、かつて婚約を一方的に破棄されたことをきっかけとして、ここに送り込まれた若き伯爵令嬢だ。


 最初はごく普通のつつましやかな令嬢だった彼女は、私たちと共に暮らす中で様々な知識を身に着け、それはたくましく成長していったのだ。そうしているうちに彼女は新たな愛を見つけ、私たちの教えを胸に実家に戻っていった。


『修道院のみなさま、お元気ですか。私はロディと正式に婚約が決まりました。これも全部、私に様々なことを教えてくれたみなさまのおかげです』


 私が読み上げる彼女の手紙に、みな満面の笑みで聞き入っていた。生真面目で素直な彼女がここにいた時間はそう長くはなかったが、みんな彼女のことをとても気に入っていたのだ。もちろん、私も。何ならここでずっと私たちと一緒に暮らせばいい。そんなことを本気で思っていたくらいだ。


 笑みが浮かぶのを感じながら、私は手紙を読み上げていった。最初はごく普通の手紙の用に、日常の細々したことが語られていた。しかし途中から、少しずつ様子が変わっていった。


 彼女は、交流のある貴族たちの動向について、気がついたことや知り得たことをこっそりと書き記してくれていたのだ。『この情報が、みなさまのお役に立つことを祈っています』という言葉を添えて。


「ヘレナったら、気が利くわねえ」


「あの子はもうここを出ていってしまったけれど、それでも心は私たちの仲間なのね」


 そんなささやき声が、みなの間から漏れる。まるで我が子の成長を誇らしく思う母のような気持ちになりながら、私は手紙の最後の文章を名残惜しく読み上げた。


 けれど最後の一文は、誰も予測していなかったであろうこんな言葉で締めくくられていた。


『みなさまに、折り入ってお願いがあります。私の友人を、どうか助けてください』

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書籍情報はこちらから!
(公式サイトに飛びます)
https://www.ichijinsha.co.jp/iris/title/youkososyuudouin/
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[一言] 連載開始おめでとう、私! 作者様ありがとうございます。 楽しみでわくわくわくわくしています。
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