45.(番外編)みんな興味津々
今日も私はいつものように、書類を手にして陛下の執務室に向かっていました。
陛下のもとに書類を運び、執務にまつわる必要な会話を交わし、用件が済んだら速やかに退室する。それが私の、文官としての日々の仕事の一つです。
……なのですが、今日は違っていました。陛下は書類を受け取ると、ふと顔を上げてこちらに問いかけてきたのです。
「のうウォレス、お前に聞きたいことがあるのじゃが」
「はい、何なりと」
「ミランダとは、今どんな感じなのじゃろうか?」
予想外の問いに、とっさに言葉を返せませんでした。すると陛下はすっくと立ち上がり、執務机をぐるりと回り込んで私の目の前までやってこられました。
「何なりと、などと言っておきながら、口を閉ざすでないぞ。ほら、早く話すのじゃ」
しかも陛下は、まるで子供のように頬を膨らませて主張されています。懸命に考えをまとめて、どうにかこうにか無難な答えを導き出しました。
「ミランダ様とは、あれ以来こまめに手紙をやり取りしています」
「ほうほう」
「互いの日常をつづった手紙は、私にとって目新しく、楽しいものです」
そうして口を閉ざすと、陛下がぐっと眉間にしわを寄せてしまわれました。
「……もしや、それだけか?」
「……はい」
本当は、それだけではありません。ですが私は、とっさに嘘をついてしまいました。陛下相手に隠し事などとんでもないと分かってはいたのですが、どうにも気恥ずかしくて仕方がなかったのです。
あの方が王都を去ったあの日、私は彼女に思いを告げました。もしかなうのなら、貴女と同じ未来を歩んでいきたいと。
そのことを知っているのは、私と彼女だけです。あとは、事件を解決する際に私と彼女が一緒にいるところを見ていた陛下も、うすうす気づいておられるようですが。
それだけならまだしも、最近では同僚たちにも感づかれつつありました。自覚はないのですが、最近私の態度が柔らかくなっているのだそうです。
同僚たちはことあるごとに「頑張れよ」「うまくいくといいな」などといった声をかけてくるようになりました。おかげで少々、仕事がやり辛いのです。ただの声援だと分かっているのですが……今まで感じたことのない、くすぐったさを覚えてしまって。
この上、陛下にまで冷やかされるようなことになったら……いよいよ本当に、仕事に支障が出てしまうかもしれません。
「お前は見た目通りの、いやそれ以上の堅物じゃろうなとは思っていたが……予想以上じゃの」
そんなことをつぶやきながら、陛下がさらにじりじりと近づいてきます。私の胸に触れんばかりの距離から、じっとこちらを見上げてきました。おそれ多さに立ち尽くす私に、陛下はぽんぽんと言葉を投げかけてきました。
「まるで季節の礼状みたいな文をやり取りして、お前はともかくミランダは楽しいのかのう? あれは一人前に落ち着いた大人のふりをしておるが、案外乙女のようなところがある娘じゃぞ」
それはよく存じています。あの方から届く手紙からは、どことなくはしゃいでいるような息遣いが感じられましたから。
手紙をやり取りしていくうちに、いただく手紙はどんどん楽しげになり、時々照れているような文章も交ざり始めました。つられてこちらの返信も、ついつい親しげなものになってしまい……。
「おっ、赤くなりよった!」
陛下の声に、我に返りました。しまった、手紙について考えているうちに、私は赤面していたようです。普段表情が変わらないほうだと思っていたのですが、まさかこんなにあっさりと、照れたところを見せてしまうとは。
「ふふん、もしやお前、何か隠しておるな?」
そして陛下は、この上なく楽しそうに笑っておられました。
「ほれ、とっとと白状するとよい。わしの大切なミランダのため、これは必要な情報収集なのじゃからな!」
どうやら、観念するほかなさそうです。顔が熱くなっているのを自覚しながら、小声で答えました。
「……先日、私はあの方のことを『ミランダ』と呼ぶことにしました。もっと、歩み寄るために。ミランダも、喜んでくれました」
「祝杯じゃ!」
陛下がすかさず叫び、ぱんと手を叩きました。そうしてうきうきと、執務机の後ろにある棚に歩み寄り、奥のほうから何かを取り出しています。
「堅物のお前が、ミランダと一歩近づいた。これは飲まずにはおられんのう!」
陛下の手には、小さなグラスが二つと小ぶりの酒瓶が一つ。どうしてこんなものが執務室に隠してあるのだろうと思いつつ、そっと尋ねました。
「……まだ、仕事中なのですが」
「一杯くらい問題なかろう。ほれ、付き合え」
そう言って、陛下は酒を注いだグラスをぐいと差し出してきます。仕方なく受け取ると、陛下はにっと大きく笑いました。
「では、乾杯!」
陛下の執務室で、陛下と共に昼間から乾杯している。そんなおかしな状況に笑いをこらえながら、心はミランダのところに飛んでいました。
このことを手紙に書いたら、貴女はどんな顔をするでしょうか。きっと驚いて、苦笑して、それから柔らかな笑みを浮かべるのでしょう。
その様を直接見られないことを残念に思いながら、笑顔の陛下と目を見交わしました。
◇
「あっ、ミランダさん、やっと見つけた!」
「どうしたの、アイリーン。いつものことながら元気ね」
特にあてもなく修道院の中をぶらぶらと歩いていたら、アイリーンに呼び止められた。というか、全力で走ってくる彼女にぶつかられそうになった、というのが正しいけれど。
「ひとまずこっちに来てください、急ぎなんです!」
「え、ちょっ、待って」
返事をするよりも先に、彼女は私の手をしっかりとつかんで走り出してしまう。転びそうになりながら、何も言えずにただ引っ張られていった。
「ああよかった、まだ残ってた……」
修道院の庭の片隅、そこの草地の上に何かが落ちている。アイリーンはそれを見て、ほっとため息をついていた。どうやら彼女は、あれを私に見せたかったらしい。でもそれなら、拾って持ってくればいいのに。
「あれって、鳥の羽根? 綺麗な青ね……」
丈の低い雑草に半ば埋もれるようにして、綺麗な青い羽根が落ちている。ちょうど私の小指の長さくらいの、小さな羽根だ。
「時々修道院に遊びにくる、全身真っ青の可愛い鳥が落としていったんです」
普段から色々な生き物に親しんでいるアイリーンは、こういったちょっとしたものを見つけるのがうまい。
感心していたら、彼女がこちらを向いてにっこりと笑った。
「という訳でミランダさん、それ拾っちゃってください」
「え?」
どういう訳でそんなことになるのか分からずにぽかんとしていたら、アイリーンが得意げに語った。
「綺麗な羽根をミランダさんが拾って、ウォレスさんに贈る。ほら、いい感じじゃないですか?」
「……もしかして、あなたがこれを拾わなかったのって……」
「そのほうが、よりそれっぽくて甘い雰囲気が出るかなって思いました! 何となくですけど!」
「雰囲気、って……」
呆れてつぶやいたその時、遠くのほうからくすくすという笑い声が聞こえてきた。はっとそちらを振り向くと、いつの間にかみんなが集まっていて、遠巻きにこちらを眺めているのが見えた。
「ミランダ、いい贈り物が見つかったじゃない」
「ささやかだけれどロマンティック、素敵だわあ」
そうして私と目が合うと、口々にそんなことをささやき始める。みんな、とっても楽しそうだ。
ウォレスと手紙をやり取りするようになってから、みんなはことあるごとに冷やかしてくるようになった。
みんなは普段から他人の恋話をこれでもかというくらいにかき集めているとはいえ、まさに今目の前で進行しているささやかな恋物語が、とにもかくにも気になって仕方がないらしい。
「ほんと、ミランダは可愛くなったわよね。恋って人を変えるのねえ」
「ヘレナたちにあれこれ言ってた割に、自分のこととなるとうぶなんだから」
そうこうしている間にも、みんなの冷やかしがどんどん度を越していく。アイリーンに礼を言い、ほうほうの体でみんなの前から逃げ出した。もちろん、青い羽根はハンカチに包んで、しっかりとポケットにしまい込んで。
何とか塔の前まで逃げてきたところで、今度は意外な顔と出くわした。入り口の扉が開いて、眠そうな顔のジルが出てきたのだ。
「ジル、あなたがこんな時間に塔から出てくるのって珍しいわね。からくりの予算について、何か要望でもあるの?」
「違う。これ、カード。あげる」
そう言って、彼女は神妙な顔で小さなカードを差し出してくる。片方の手のひらにすっぽり収まるくらいに小さなそれは、真っ白な厚紙に透かし模様を刻んで、二つ折りにしてあるようだった。
「そこ、軽く押すと開く。開けてみて」
カードの一か所に、小さな金色のボタンのようなものがある。カードを左手に載せ、そっと押してみた。
二つ折りになっていたカードが、ゆっくりと開いていく。それに合わせて、カードの折り目の中から何かが飛び出してきた。
それは、小さな金の星だった。どうやら、カードの間にしまい込まれている星が、開くと飛び出してくるという仕掛けになっているらしい。
そしてカードの内側全体に、米粒ほどのきらきら光る星がたくさん貼り付けられていた。金属の箔を切って貼ったのだろうけれど……目を見張らずにはいられないほど細工が細かい。
「これ、どうしたの? とても見事ね……」
「私が作った。研究の合間に」
うっすら予想していた通りの言葉を返して、ジルはにっと不敵な笑いを浮かべる。
「からくりは、見た目よりずっと繊細。手先が器用でないと、とても研究なんてできない。このカードくらいなら、簡単に作れる。いい息抜きになった」
「あなたって……前から思っていたのだけれど、本当にすごいわね……」
称賛のまなざしでカードとジルを交互に見ている私を、ジルは満足げに眺めている。
「あ、そうだ。どうして、このカードを私に?」
「ウォレスにあげて。話のとっかかりくらいにはなる」
「あ、あなたもなの……」
ジルは、他人に興味がない。興味があるのはからくりのことだけだ。だから彼女だけは、何があろうと私の恋話に首を突っ込んでこないだろうと思っていたのだけど。
「私は、恋の話に興味はない。少しも」
ばっさりと切り捨ててから、ジルはかすかに笑みを浮かべる。
「でも、あなたのことは応援したい。それはみんな同じ。だからそれぞれのやり方で、応援しているんだと思う。たぶん」
そう言って、ジルは顔を上げた。その視線の先をたどると、シャーリーとスーザンが手を振っているのが見えた。二人そろって、塔の窓から身を乗り出して。
改めて辺りを見渡すと、さりげない顔でこちらの様子をうかがっているみんなの姿も見えた。こっそり追いかけてきたらしいアイリーンたちも、遠巻きに私とジルの会話に聞き耳を立てていた。あのカードなら、絶対にウォレスも喜ぶわよね、などと言いながら。
ものすごく照れ臭い。そわそわする。けれど、……嬉しい。
「ありがとう、ジル。……みんな、ありがとう」
次の手紙は、いつもよりずっと分厚くなってしまいそう。そんな予感に微笑みながら、足取りも軽く自室に戻っていった。
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