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42.一応の結末

 沈痛な面持ちで別邸を訪ねてきたウォレスは、一度も目を合わせることなく真実を語り切った。私は彼の向かいに座ったまま、ただ静かに彼の言葉に耳を傾けていた。


 彼が告げた事実は、おおよそ私たちが予想していたものと合致していた。ただ、それが確定してしまったのは、少しだけ悲しかった。そこまでするほど、夫は私を疎んじていたということを突きつけられてしまったから。


「ミランダ様、どうか気を落とされないでください。……私でよければ、傍におりますから」


 ウォレスは初春の空のような青い瞳に力をこめて、こちらをまっすぐに見つめてくる。その気持ちが嬉しくて、私は静かに微笑み返した。


 私は彼を気に入っている。こうして全てのしがらみから解放されて、改めてそのことを実感した。彼の存在は、私の心を穏やかにしてくれる。


 そうして微笑む私の視界の隅に、とても愉快そうな笑顔がいくつも紛れ込んでいる。みなは私たちの話を邪魔しないように少し離れたところに座っているが、実際のところみなは、彼と私とを観察して面白がっているのだ。


 そんなこんなで、困ったことに彼の話にうまく集中できない。彼の背後、彼からは見えないところでみながせわしなく動き回っているからだ。みなは無言のまま、身振り手振りで色々なことを伝えようとしている。


 話が重くなったところで、「ここで泣き崩れろ」と指示してきたり、「彼の手を取れ」などと主張してみたり。どうにかして私と彼をくっつけたいらしい。他人事だと思って好き放題だ。私は頬が熱くなるのを感じながらも、どうにかこうにか動揺を隠し通していた。


「ありがとう、ウォレス。あなたの気遣い、とても嬉しいわ。真実を伝えにきてくれたのがあなたで良かった」


 そう言って微笑みかけると、ウォレスはちょっと目を見張って頬を赤らめた。照れているのがはっきりと分かる声で、嬉しそうに返事をする。


「そう言っていただけると、光栄です」


 そして彼の後ろでは、みなが頬に手を当てて、きゃあきゃあと言っているような顔をしながら無言のまま器用にはしゃいでいる。


 その中に、ヘレナたち三人娘も混ざっているのはどうかと思う。少しばかり修道院に染まってしまうのには目をつぶるとしても、恥じらいだけは捨てないで欲しいと思うのは無理な願いなのだろうか。


 ウォレスは背後のあわただしい気配に気づいているだろうに、礼儀正しく私の方だけを見続けていた。




 そうして周囲の雑音を無視しながらウォレスと和やかに語り合っていた時、今度は王宮からの使者がやってきた。今日はずいぶんとせわしない日だ。


「陛下がミランダ様との面会を望まれている、ということですか。ならば私はおいとましましょう」


 使者の用件を聞いたウォレスが、礼儀正しく帰ろうとしている。私はそれをすぐに引き留めた。このまま別れてしまうのが、惜しかったのだ。


「いいえ、どうせだからあなたもいらっしゃいな。この場の全員で行っても、伯父様は気にされないわ。むしろ、喜んでいただけるわよ。ミランダの友達なら歓迎じゃ、ってね」


 私の言葉に、ヘレナたちがいっせいに沸き立つ。噂話ではさんざん聞いた王に、直接会える機会を逃してなるものか、といった顔だ。


 まだ戸惑ったままのウォレスを巻き込んで、私たちはそのまま王宮に向かうことにした。






「おお、ミランダ。やっとあの事件の真相が解明されたと聞いたぞ。……ひどい話もあったもんじゃ」


 みなで王の私室に押しかけると、そこにはふかふかの椅子にすっぽりと埋まるように腰かけたまま憤慨している王の姿があった。


 ヘレナたちが恐縮しながらあいさつすると、王はとたんににこやかに笑い崩れた。みながほっとしたのもつかの間、また元通りのふくれっ面になってしまう。


「それにしてもオーガストめ、わしの可愛いミランダをないがしろにするだけでは飽き足らず、罪人に仕立て上げようとは……許さんぞ」


 いつもひょうひょうとしている王からは、どす黒い怒りがにじみ出ていた。王がここまで怒っているのは初めて見た。


「覚悟しておれ、オーガスト……わしの持ちうる全ての権限を持って、必ず死罪にしてくれる」


 その言葉に、ウォレスが小さく息を呑んだのが感じられた。今回オーガストが犯した罪は、法に照らせば死罪に問われることはないものだ。もっとも、暗く冷たい牢獄に何年もつながれることになるだろうし、公爵家の当主の座もはく奪される。


 だからオーガストを死罪にするのであれば、何かしら法をねじ曲げなければならない。王の権力をもってすれば可能ではあるが、法にのっとり動く法官のウォレスとしては、そんな事態は見過ごせないのだろう。


 恐ろしくまっすぐな彼が無謀にも王に対して抗議してしまうことのないように、私は先回りして口を開いた。


「伯父様、それだと法官のみなさまが困ってしまわれるわよ。オーガストには吐き気しかしないけれど、それでも法をねじ曲げるのは感心できませんわ」


 ウォレスが目を見開いてこちらを見る。その目に浮かんでいるのは感謝の色だった。


「それに、オーガストには息子のジョンもいるでしょう。あんな小さな子が、父親を失うのはかわいそうだと思いません?」


 むっつりと黙り込んでしまった王に、さらに言葉をかける。ヘレナたちは黙ったまま、私の様子をうかがっていた。


「だから、私が正式にオーガストと離婚して、あの男をエヴァと再婚させてあげればいいと思いますの。そうすれば私はオーガストから解放されますし、エヴァとジョンもおそらく路頭に迷うようなことはないでしょう」


 罪人の妻子としての人生は困難なものになるだろうが、父親が死罪になるよりはましだろう。けれどそんな私の言葉も、王の気持ちを変えるには足りないようだった。


「ううむ……お前の言うことも、もっともじゃが……でもやはり、わしはオーガストを許すことはできん! 何が何でも、奴は死罪じゃ!」


 王はすっかり頭に血が上ってしまっているようだった。これを説得するには骨が折れるだろう。


 考え込む私に、みなは期待と戸惑いの混ざった視線を送ってよこしてきた。この場で王を説得できる者がいるとしたら、それは間違いなく私だ。


 頬に指をあてて、目線を宙にさまよわせながら記憶をたどる。説得に使えそうな話のとっかかりが、どこかにないかと思いながら。


 やがて、ある話を思い出した。私はゆっくりと王に歩み寄り、すぐ近くでにっこりと微笑んでみせる。


「伯父様、隣国の最高級ニンジンの件ですが……心当たり、ありますわよね?」


 今までの話の流れを全く無視した一言に、王は一瞬だけ目を見開き、すぐに気まずそうに目線をそらしてしまった。

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