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41.(とある法官の独白)

 ミランダ様が王宮を去られた次の朝早く、彼女はまた王宮を訪ねてこられました。


 いつものように早朝に出仕していた私は、王宮の廊下で彼女とばったり顔を合わせることになりました。思いがけない幸運に笑みが浮かびそうになりましたが、今が職務中だということを思い出して平静を保ちます。


「おはようございます、ミランダ様。どういった御用でしょうか」


 表情は制御できましたが、私の声には期待がにじみ出てしまっていました。もしかしたら、ミランダ様は私に会いにこられたのかもしれない。今が早朝であることを考えればおかしな話ですが、そう思わずにはいられなかったのです。


 そんな響きを感じ取ったのか、ミランダ様は少し申し訳なさそうに笑いました。私は思わず見とれてしまいます。


「ウォレス、今日は法官としてのあなたに用事があるのよ。昨日、私が身を寄せた屋敷に不審者が忍び込んだの」


 それを聞いて、思わず背筋に震えが走りました。目の前のミランダ様をじっと見つめます。彼女の無事を確認しようとするあまり、食い入るような目つきになっていたのでしょう。ミランダ様の笑みが優しくなりました。まるで、私を安心させようとしているかのように。


「大丈夫よ、屋敷の者は私を含めて全員無事だから。それでね、捕らえた不審者たちが気になることを言っているの。一度、そちらで調べてもらえないかしら」


 わずかに上目遣いになりながらこちらを見ているミランダ様に、私は静かにうなずきました。けれど内心では、男として、法官として、私の力を見せることができる喜びに浮き立っていました。






 そうして連行されてきた不審者たちは、拍子抜けするほどあっさりと供述を始めました。なんでも、侵入した屋敷の女性たちにこんこんと諭されたのだそうです。彼らは悔恨の涙を流しながら、これからはまっとうに生きる、そのためにも知っていることを全部話して、生まれ変わりたいと口々に言っていました。


 何をどう諭せば、ここまで見事に改心させることができるのでしょうか。一度その手腕を拝見してみたいものです。


 彼らの証言をもとに、私たちはレイ男爵を取り調べました。実のところ、前の事件の時も彼の名前は挙がっていました。どうにも疑わしい行動が目立つのに、彼を取り調べるだけの証拠がどこにもない。私たち法官は、歯噛みして悔しがったものです。


 それがやっと、彼を取り調べる口実を得ることができたのです。皆の張り切りようと言ったらありませんでした。レイ男爵はもちろん抵抗していましたが、私たちの尋問にとうとう屈しました。……拷問のたぐいは用いておりませんので、念のため。


 レイ男爵の証言から芋づる式に、フェルム公爵もまた取り調べられることになりました。しかし彼は貝のように口を閉ざしたまま、取り調べはまったく進みませんでした。




 私たちが行き詰まっていた頃、ふらりとミランダ様が私を訪ねてこられました。


「オーガストは口を割ったかしら? 彼はあれで意志が強いから、あなたたちも手を焼いているんじゃないかと思ったの」


 その問いに、私は難しい顔をしたまま首を横に振りました。フェルム公爵が取り調べを受けていることを彼女に話した覚えはないのですが、それを気にしているだけの余裕はありませんでした。


 それほどに、私たちは困り果てていたのです。レイ男爵の証言をもとにフェルム公爵を拘束したのはいいものの、このまま彼から何の証言も引き出すことができなければ、私たちは何らかの責任を問われることにもなりかねません。


 私が罰を受けることは恐ろしくありませんでした。けれど罪人が野放しになるかもしれないという事実は、私にとって耐えがたいことだったのです。


 押し黙っている私に、ミランダ様は優しく声をかけてきました。


「確認しておくけれど、レイ男爵は私を殺そうとしたことを白状したのよね?」


 私が小さくうなずくと、ミランダ様はそっと手招きし、私の耳元に口を寄せました。さわやかな花の香りがかすかに鼻をくすぐって、こんな時だというのに胸が高鳴るのを感じました。


「だったら、オーガストにこう言ってやって。レイ男爵はあなたを共犯だと言っているわ、私を殺そうとしたのもあなたの差し金だって主張しているわよ、って」


「それは、真実ではありませんが……」


「固いこと言わないの。どうせいずれは、やぶれかぶれになったレイ男爵がそれくらいのことを言い出すわよ、きっと。ちょっと物事の順番が前後するくらい、いいんじゃない?」


 堅苦しい考え方しかできない法官の同僚たちからはまず出てこないその発想に、私は悩みました。


 レイ男爵の供述によれば、フェルム公爵はレイ男爵と組んでミランダ様を陥れました。その罪よりも、大量殺人を企てた罪の方が遥かに重くなります。黙秘を続けて死罪となるくらいなら、口を開くことを選ぶでしょう。ことによっては、フェルム公爵がレイ男爵へ怒りをぶつけ、その勢いで口を滑らせるかもしれません。


 ミランダ様の助言は、とても役に立ちそうに思えます。しかし、だからといってそんなことをしていいのでしょうか。


 しばしの葛藤の後、私は深く頭を下げました。こうなったら彼女を信じてみよう、そう思ったのです。






 ミランダ様の助言は、思っていた以上に効果がありました。ずっと押し黙っていたフェルム公爵は、実にあっけなく全てを白状したのです。


 しかしそうして得られた真実は、私にとっては吐き気を催すほどおぞましいものでした。


 ミランダ様は王家の血を引いておられます。それゆえに、彼女はフェルム公爵のもとに嫁ぐ時、王家が所属する豊かな領地の一部を持参金代わりに受け継いでいたのです。


 けれど公爵はミランダ様を追い出して、レイ男爵の娘御を愛人として囲っていました。その愛人との間にできた息子が五歳になったのを機に、愛人と結婚しようとたくらんだのでした。そうすれば、息子を正妻の子として社交界に紹介することができますから。


 けれどミランダ様とそのまま離婚してしまえば、公爵はミランダ様が受け継いだ領地から得られる税収を失うことになります。


 その領地と金を手にしたまま、ミランダ様と別れる。そのために、フェルム公爵はレイ男爵と示し合わせて、一芝居打ったのでした。


 宴の夜、フェルム公爵は毒を盛られた演技をし、駆け寄ったレイ男爵がグラスにキチトの毒を入れた。これが、あの事件の真相です。強い臭いという分かりやすい特徴を持ち、人を殺せるだけの強さを有する毒。それが、キチトの毒が用いられた理由でした。その毒は、レイ男爵が仕事場からくすねたものでした。


 そうして二人はミランダ様が毒を盛ったと主張し、ミランダ様を罪人として処刑させようともくろんだのでした。そうすれば、彼女の領地を慰謝料としてそのまま手元に置くことができる。


 こんな手の込んだことをするよりも、ミランダ様を殺してしまうのが一番手っ取り早いのでしょう。しかし万が一そのことがばれてしまえば、今度は自分たちが死罪になってしまいます。


 そう判断した彼らは、このように面倒かつ狡猾な罠を仕掛けたのでした。レイ男爵が男たちに命じてミランダ様を消そうとしたのは、彼女が軟禁を解かれた上、自分に疑いがかかり始めているのを悟った故の焦りからくるものでした。


 いずれ、この真実はミランダ様の耳に入ることになります。ですが彼女はきっと、取り乱すことはないでしょう。彼女はただ悲しげな目をして、優しく無言で微笑むことでしょう。彼女と過ごした時間はそう長くはありませんが、私は確信めいたものを感じていました。


「……ミランダ様のところに、行ってきます」


 そう同僚たちに告げて、私は王宮を後にしました。誰かが彼女に告げなくてはいけないのなら、私がその任を果たそう。せめて、静かに悲しむ彼女の傍にいよう。そう決意して。

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