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36.(目撃者を探しましょう)

「アイリーン、どうしよう。緊張してきちゃった」


「大丈夫よ、ドロシー。私がついてるから、気楽にいきましょう」


「気楽にって、ミランダさんの未来がかかってるのに」


「そういう時ほど肩の力を抜いたほうがいいの。ほら、ちょっとお喋りしにいくだけなんだし」


 ヘレナの別邸にみんなで集まった後、私たちは手分けして情報を集めることになりました。そして今、私はアイリーンと組んで王宮に出向いているのです。


 アイリーンは昨日の質素な服装ではなく、令嬢らしくちゃんとしたドレスをまとっていました。私と並ぶと、ごく普通の友人同士にしか見えません。


 王宮には、令嬢たちや貴婦人たちが多く出入りしていると聞きました。なんでも、にぎやかなのが大好きな陛下の意向で、王宮は広く開放されているのだそうです。と言っても、さすがに自由な出入りを許されているのは貴族だけですが。


 そうして王宮に集まった貴族たちは、あちこちで交流を深めるようになっていました。私たちが今向かっているのはその一つ、若い令嬢たちがよく集っている中庭の一角です。


 私は王宮に出向くのは初めてでとても緊張しているのですが、アイリーンはいつも通りの元気な笑みを浮かべていました。


 彼女だけではありません。貴婦人たちのサロンに顔を出すことになった修道女のみなさまも、舌なめずりせんばかりの顔で出かけていきました。緊張するどころか、いつも以上に楽しそうにしています。


 そもそも、王宮についてのこれらの情報を持ってきたのも、修道女のみなさまでした。私を助けてくださった時もそうでしたが、どうしてみなさまはこれほど色々なことを知っているのでしょうか。まるで魔法のようだと、私はいつも感心してしまいます。


 私は前を行くアイリーンの背中を追いかけながら、そっと息を吐きました。大仕事を前に、少しでも緊張をほぐそうとして。残念ながら、あまり効果はありませんでしたが。






 中庭にたどり着いたアイリーンが足を止めました。彼女の目線の先には、立ったまま談笑している令嬢たちの姿があります。アイリーンは小さく笑うと、普段の姿からは想像もつかないほどしとやかに彼女たちに近づきました。


「初めまして、ごきげんよう」


 そう言った彼女の口調もいつものそれとはまるで違っていて、私は驚きが顔に出ないよう必死でこらえる羽目になりました。


「あら、初めての方たちね」


「ええ、私はアイリーン、こちらはドロシーよ。どうぞよろしく」


 私たちがスカートをつまんでお辞儀をすると、令嬢たちも同じようにお辞儀を返してきました。アイリーンが顔を上げて、苦笑しながらおっとりと口を開きます。


「この間の宴で、毒が盛られたっていうでしょう? そのせいで、親が中々ここに来る許しを出してくれなかったの。まだ危険があるかもしれないからって言って」


 アイリーンがそう説明すると、令嬢たちの目が一斉にこちらに向けられました。


「私も同じ理由で、ずっと家に押し込められていたんです。アイリーンと一緒なら、とやっと許しをもらえました」


 打ち合わせ通りに口裏を合わせます。少々ぎこちなくなってしまいましたが、令嬢たちは私たちの言い訳を特に怪しむことなく受け入れたようでした。中の一人が、どこか得意げにうなずいてきます。


「ええ、あんな恐ろしい事件が起こってしまっては、それも仕方のないことですわね」


 そう言いながらも、彼女はうずうずしているように見えました。どうやら彼女は何かを知っているようです。思わずアイリーンの方を見ると、そっと目で合図を送ってきました。


「あら、あの事件についてご存じなの?」


「ええ、私はあの宴に出ていましたから。事件の時、大広間にいたんですの」


 アイリーンの問いかけに、令嬢はさらに誇らしげに胸を張りながら答えました。彼女に続き数名の令嬢が、自分も宴に出ていたと名乗りを上げてきます。そして口々に、知っていることを話し始めました。


「毒を盛られたのって、確かフェルム公爵だったかしら」


「そうそう、あの方。ワインにうるさいとかで、給仕からグラスを受け取るなりワインを口にして、あれこれと品定めをされていましたわ」


 私はフェルム公爵と面識はありませんが、聞く限りでは結構面倒な方のようでした。


「それは私も見ていました。そして公爵はそのままグラスを手に二階に上がられて、すぐにあの騒動が起こりましたのよ」


 さっそく、ちょっとした情報が得られたようです。彼女たちの話が正しければ、フェルム公爵のグラスに毒を入れられる者はかなり限られます。ミランダさんが除外されないのは困ったことですが。


 けれど神の助けか、また別の一人がこんなことを口にしたのです。


「あの時私はバルコニーにいたのですが、公爵と公爵夫人の間にはずいぶんと距離がありましたわ」


「それは確かなのですか? 公爵夫人って、確か毒を盛ったって言われている方ですよね?」


 驚きのあまり間髪入れずに繰り出してしまった私の質問に、その令嬢は大きくうなずきました。アイリーンと違って、私は演技には慣れていません。きっと必死になっているのが顔に出てしまっていたでしょう。けれど令嬢は自分の話をするのに夢中だったらしく、特に気に掛けることもなく話を続けてくれました。


「ええ、確かですわ。夫婦にしてはずいぶんとよそよそしいなと思いましたもの。公爵が倒れられた後も、公爵夫人は立ち尽くしたまま、駆け寄ることもありませんでした」


 私は飛び上がって喜びたいのを懸命にこらえました。ミランダさんはフェルム公爵に近づきすらしなかった、そのことを証言できる二人目の人物が見つかったのです。ウォレスさん一人の証言では足りなくても、二人なら何か変わるかもしれません。


 けれど、ここでいきなり「ミランダさんの無実を立証するために証言して」などとお願いする訳にはいきません。そんなことをすれば最悪、真犯人が彼女の口を封じてしまうかもしれません。


 だから、証人が誰なのか、何について知っているのかについては、できる限り表ざたにしないでおこう。それがみんなで話し合った結論でした。


 そういうことですので、今私たちがすべきことは、情報を持っている者、いずれ証人となってもらいたい者の名前を割り出し、しっかりと覚えておくことなのです。


 私は浮かれる内心を隠しながら、表面上はしとやかに令嬢たちと談笑し続けました。きっとアイリーンも、私と同じ思いだったと思います。しとやかな演技が、ところどころほころんでいましたから。






「うまくいったね。あまりにうまくいきすぎて、少し怖いくらい」


 ヘレナの別邸に戻りながら、私はアイリーンにそう言いました。


「うん、まさかここまであっさり証人候補が見つかるなんて、私も思ってなかった。たぶん、日頃の行いがいいからだね」


 アイリーンはもうすっかりいつもの口調で、楽しそうに話しています。


「これで、きっと……ミランダさんを助けられるよね」


「うん。私たちはできることをした。あとは、他のみんなの報告を待とうよ」


 とても良い成果を得たにもかかわらず、私たちはどこか神妙な面持ちで来た道を戻っていきました。

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