34.(力を合わせて)
「ああヘレナ、ちゃんと会えて良かった。お久しぶり、元気そうね」
「あら、ロディもこっちに来てたの。そうよね、やっと結ばれたのだし、少しでも離れているなんて無理よね。分かるわ、その気持ち」
「何勝手に分かったつもりになってるの、あなたちゃんとした恋人とかいたことないでしょう」
「あらあ、無粋なこと言わないでよ。乙女心ならこれでもかってくらい分かってるわ」
「それよりもヘレナ、いつも手紙をありがとう、楽しみにしてるのよ、あれ」
玄関の前に立っていた修道院のみんなは、私たちの姿を見るなり一斉に喋りだしてしまった。彼女たちはいつもの修道服ではなく、ごく普通の平民が着るような質素な服をまとっていた。
おそらく、悪目立ちしないようにこの服装なのだろう。彼女たちのほとんどは貴族の令嬢や婦人だが、ドレスをまとったにぎやかな女性の団体など、修道女の群れよりもさらに目立ってしまう。
私とロディが面食らっていると、彼女たちのざわめきを切り裂くようにしてひときわ大きく元気な声が響いた。
「はいはい、みなさん静かにしてくださいね。ほら、ヘレナが困ってますよ?」
十人ほどいた彼女たちをかき分けるようにして、その後ろからアイリーンが顔を出した。その横には大きな鳥かごを持ったシャーリーもいる。
「お久しぶり、ヘレナ。ちょうど私たちも王都に来てたのよ。ミランダさんの危機に、何もしないでいるなんて無理だったから。一緒に頑張ろうね」
「私は連絡係です。ばあちゃんから鳥を借りてきました。これであちらとも連絡が取れますよ」
アイリーンは相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべてあいさつをしてきた。対するシャーリーはどこか緊張したような、気合の入った顔をしている。
「……シャーリーね、実はこれが伝書士としての初の大仕事なの。だからちょっと緊張してるんだよ」
「アイリーン、大丈夫ですから、いちいちそんなことをばらさないでください。ばあちゃんのお墨付きだってもらってますし。うん、私はできる、ちゃんとできる……」
シャーリーの言葉は、最後の方は独り言のようになっていた。そんな彼女をほほえましく思いながら、私は全員に向き直った。
「ああ、どうぞみなさま、中に入ってください。今は使用人が少ないので不便をおかけすると思いますが、客間は十分にありますし、手入れはしてありますから」
その言葉に、みんなはまたどっと陽気に笑い出す。このにぎやかな笑い声に、どれほど再会したいと思っていたことか。まさかこんな形で実現するとは思ってもみなかったけれど。
「部屋があるなら十分よ。いつも修道院では、家事は全て自分たちでこなしているんですもの。使用人がいないくらい、どうってことないわ」
「そうそう。むしろその方が好都合よね、これから私たちは大暴れするのだから」
「どこの誰だか知らないけれど、私たちのミランダをはめたこと、後悔させてやるわあ……」
腕まくりをせんばかりに張り切りながら、みんながにやりと笑う。なんとも頼もしい限りだが、少々恐ろしくも感じられるのは気のせいだろうか。
私は全員を中に招き入れ、改めて状況を説明することにした。
ミランダさんに危機が迫ったと知った修道院のみんなは、私に連絡するのと同時に動き出していた。
特に交渉事に長けた精鋭十人と連絡係である伝書士見習いのシャーリー、それに若くて人懐っこいアイリーンを加えた総勢十二名は、馬車を飛ばして一足先に王都に来ていたのだそうだ。
王都にある他の修道院を間借りして、そこを拠点に色々探ろうと考えていたらしい。彼女たちはそんな矢先に私が王都に来ることを知り、それならばとこちらに乗り込んできたのだと教えてくれた。
「今回の精鋭たち、ちょっと年齢層が上になっちゃいましたしね。一人くらい若いのがいた方がいい場面もあるかもしれないな、という訳で特別に私も選ばれたんです」
アイリーンが平然とそんなことをいってのけると、他の女性たちが一斉に抗議の声を上げた。
「ちょっと、年増扱いしないでくれる?」
「こうなったら、年の功ってものを見せつけてあげるわ。覚悟なさい、アイリーン」
「なんで私が覚悟しなくちゃいけないんですか! その意気込みは、ミランダさんを陥れた誰かのために取っておいてくださいよ!」
あっという間に私の別邸になじんでしまい、まるで我が家のようにくつろいでしまっているみんなを見ながら、私はロディとそっと笑いあった。
次の日の朝早く、ドロシーとグレースも大急ぎで別邸にやってきた。そうとう急がせたのか、馬車につながれた馬がすっかり疲れ果てた顔をしている。
「あっ、ドロシーだ! 久しぶり、元気してた?」
「えっ、アイリーン!? それに修道院のみなさままで!」
二人が到着したとたん、アイリーンが嬉しそうな声を上げる。それを聞いたドロシーが顔を輝かせた。彼女の横にいるグレースも、目を真ん丸にしている。ここに修道院のみんながいるとは夢にも思わなかったという顔だ。
「私たち、ミランダさんを助けに来たのよ。ドロシーもそうなのよね? これから一緒に頑張ろうね」
「うん!」
温かく見守る私たちの前で、二人は手を取り合って飛び跳ねんばかりにはしゃいでいる。できることなら心ゆくまで再会の喜びに浸らせてやりたかったが、そうもいかない。
「二人とも、来たばかりのところ悪いのだけれど、中に入ってもらえるかしら。全員そろったことだし、状況を説明したいの」
私の言葉に、その場の全員がこちらを見て同時にうなずいた。ミランダさんから託された情報の重さにこわばっていた心が、ふとほぐれたような気がした。みんながいれば大丈夫だと、そう信じることができたのだ。
そうして私は全員を居間に集めると、ミランダさんから聞いた話を語った。これで二度目ということもあって、要領よく説明できたと思う。昨日ロディが要点をまとめるのを手伝ってくれたことに感謝しながら、私が知る全てを話し終えた。
「やっぱり、事件当時の状況をじっくり調べ直す必要があるでしょうね」
「ミランダは毒を盛っていないのに、グラスには毒が入っていた。だったらいつその毒が入れられたのかしらねえ。その辺りを当たってみるのもいいかも」
「あと、フェルム公爵を助け起こした男も怪しくない? なんで一人だけ冷静なのかとか、どうして毒の種類をあっさり言い当てたのかとか。絶対裏があるわ、私の勘は当たるのよ」
「それを言うならフェルム公爵だって、ずっと様子がおかしかったんでしょう? そっちも気になるわ」
修道院の精鋭十名は、いつもあの修道院でそうしていたようにものすごい勢いで話し合い、すぐになすべきことを洗い出してしまった。
彼女たちの結論は、昨日私がロディと話し合ったものと同じだった。そのことに誇らしさと安心感を覚えながら、彼女たちの勢いに押されて輪に入れずにいるドロシーとグレースの肩を叩く。
「さあ、私たちも話し合いに加わりましょう。手分けして動く必要がありそうだし、誰がどこに当たるのか決めないとね」
そうして私たちは知恵を寄せ合って、これからのことについて具体的な作戦を立てていった。ミランダさんを助け出すために。口にはしなかったが、みな思いは同じだった。




