33.(意外な協力者)
無事にミランダさんに会うことができた私は、彼女が軟禁されていた部屋を出るとすぐに振り返り、一緒に部屋から出てきた法官の男性に頭を下げた。
「ミランダさんに会わせてくださって、ありがとうございました」
ウォレスと名乗った法官はわずかに眉をひそめて、同じように頭を下げてくる。彼はいまいち表情に乏しいが、何故か無愛想には見えない。なんとも不思議な魅力のある、誠実そうな男性だった。
「いえ、それよりも今貴女をここに通したことは、どうか内密にお願いします」
「はい、もちろんです」
私は一足先に王都に着くと、ロディに別邸の留守を頼み、単身王宮に乗り込んだのだ。そうして通りすがりの文官を片っ端から捕まえて、どうにかしてフェルム公爵夫人ことミランダさんに面会できないかと尋ねて歩いていたのだ。私に捕まった文官たちは、私の剣幕に押されたのかみな戸惑っていた。
いくら断られてもめげることなく、次の犠牲者を探して王宮内をさまよっていたところ、ウォレスがこっそりと声をかけてきたのだ。彼は声をひそめながら、少しの間であればミランダさんに会わせてやれる、と耳打ちしてきたのだった。
もしかしたら何かの罠かもしれないと思わないでもなかったが、そうなったらその時と開き直った私は、そのまま彼の話に乗ることにしたのだ。
久しぶりに会ったミランダさんは少々浮かない顔をしていたが、変わらず元気そうだった。そのことに安堵していると、ウォレスさんがどことなく辛そうに目を伏せ、小声で話し始めた。
「ヘレナ様、折り入って頼みがあります」
「はい、何でしょうか」
さっき初めて会ったばかりの彼からいきなり頼み事をされたことに驚きながらも、平静を装いつつ返事をする。彼はこちらを見ないまま、沈痛な声で話し始めた。
「どうか、ミランダ様の無実を証明していただけませんか。……私はあの方が毒を盛っていないと知っているのです。ですが、私一人の証言ではどうにもならず」
「あの、それはどういうことなのでしょうか」
思わず大きな声が出そうになるのをどうにか抑え、彼をじっと見つめる。
「……あの事件が起こる直前、私は遠くからあの方を見ていたのです。オーガスト様は手にしたグラスのワインを飲まれた後に倒れられましたが、ミランダ様は一度たりともグラスに手を触れていませんでした」
そう説明するウォレスさんの声は、少しずつ熱を帯び始めていた。
「それどころか、ミランダ様はずっとオーガスト様と距離をとっておられました。あの方があのグラスに毒を入れる機会は、一度もなかったのです」
「分かりました。貴重な証言をありがとうございます。必ず、ミランダさんの無実を証明してみせますから。あの方は、私にとって恩人なのです」
そう答えると、彼はようやく肩の力を抜いた。彼がミランダさんのことを心配しているのは分かるのだが、それにしては妙に熱心なように思える。
「礼を言うのはこちらの方です。もし、あの方の無実を証明できるだけの証拠が集まりましたら……その時は、私に報告していただけませんか。あの事件を担当している者に取り次ぎますので」
妙に張り切った彼の目を見て、ぴんときた。なるほど、そういうことか。昔の鈍くてうぶな私だったら気づかなかったかもしれないが、彼がミランダさんを心配しているのには、ちゃんとした理由があったのだ。それも、とても素敵な理由が。
これはなおさら、頑張らなくては。ミランダさんが自由になれるか、幸せになれるかは私たちの働きにかかっているのだ。
張り切りながら別邸に戻る。王宮にほど近い、貴族の邸宅が立ち並ぶ一角、そこに我が家の別邸はあった。
大急ぎで駆け付けたので、今ここには最低限の使用人しかいない。私たちが不在の間、この別邸の管理を行っている使用人たちが数名いるだけだ。その彼らもドロシー達の来訪に備えて食料の仕入れなどに出かけてしまっているため、大きな屋敷はがらんとしてとても静かだ。
王宮から戻り馬車から降りたとたん、玄関の扉がひとりでに開いた。心配そうな様子のロディが顔をのぞかせる。彼はずっと、そこで私の帰りを待っていたらしい。
「ヘレナ、どうでしたか? ミランダさんには会えましたか?」
「ええ、出たとこ勝負だった割にはうまくいったわ。手がかりもちゃんともらえたし」
一緒に居間に向かいながら満面の笑みでそう答えると、彼もようやくほっとしたような顔になった。そんな彼に向き直り、前のめりで口を開く。
「さっそくだけど、考えをまとめたいの。ロディ、話につきあってもらえるかしら」
「もちろんですよ。ですが、ドロシー様とグレース様を待たれなくてもいいのですか?」
「二人が来るのは早くても明日になるし、それまで待っているなんてとてもできないの」
一刻も早く証拠を集めにかかるべきだが、だからといってうかつに動く訳にはいかない。真犯人にこちらの動きを悟られて、証拠を消されでもしたら終わりだ。迅速に、けれど慎重に。失敗は許されない。
私が気負ってしまっているのを見抜いたのか、ロディがいつも以上に柔らかく微笑みかけてきた。焦る私をゆったりとなだめてくれているような、そんな表情だった。
昔、まだ私たちが婚約する前はどこか頼りない印象のあった彼だったが、最近はこんな風に包容力にあふれた一面を見せるようになっていた。
「そうですね。では俺も一緒に考えますから、あなたのつかんだ話を聞かせてください」
頼もしい笑みを浮かべた彼が私の手を引き、居間の長椅子に座らせる。隣に座った彼に、私は王宮であったことを話していった。ロディは時折驚きに目を見張りながら、じっと耳を傾けていた。
話の途中で、ミランダさんに渡された紙を胸元から取り出して広げる。ロディは赤面していたが、見なかったことにした。細かいことを気にしている余裕はないのだ。
その紙には、ミランダさんの夫であるオーガスト・フェルム公爵と、彼の愛人エヴァ、二人の子供ジョンについて詳細に書かれていた。ミランダさんの筆跡に懐かしさを覚えつつも、そこに書かれた内容にいらだちを覚える。
「……ひどい話ですね」
私と一緒になって紙をのぞき込んでいたロディが、うめくようにつぶやいた。私たちはしばし無言で、淡々とつづられたミランダさんの文字に見入っていた。
そうして大体のことを話し終えた私が息を吐いて長椅子にもたれかかる。その隣で、ロディは難しい顔をして考え込んでしまった。
「ヘレナと俺、それにドロシー様とグレース様……四人だけで調べて回るのは、少々骨が折れそうですね。現場にいた者について調べるだけでも、かなりの手間になりそうです」
「あなたもそう思う? いっそ今から修道院に連絡を取って、人手を貸してもらおうかしら」
「それもいいかもしれません。ただあの修道院はここから離れていますから、合流するまで時間がかかってしまいますね」
ロディが神妙にうなずきながら唇をかみしめる。ちょうどその時、玄関の方が騒がしくなった。私たちは同時に立ち上がり、玄関に向かう。
玄関の扉の外から、とてもにぎやかな女性の声が聞こえてきていた。それも一人や二人ではない。その陽気な声に、私はあの修道院を思い出していた。
「何か御用でしょうか……って、どうしてみなさまが!?」
礼儀正しく玄関の扉を開けたロディが、すっとんきょうな声を上げた。
扉の向こうでにぎやかに笑いあっていたのは、ちょうど今しがた思い出していた、修道院で見知った顔たちだったのだ。




