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31.(私たちの恩返し)

 その日、私はドロシーとグレースの二人を呼んで、お茶会を開いていた。女性たちに囲まれることになってしまったロディが、居心地悪そうに身をすくめている。


「ロディ、もっと堂々としていていいのよ。あなたはもう使用人ではないのだから」


 彼は今でこそ私の婚約者だが、元は私の家に仕える執事の一人だった。伯爵令嬢と執事という、普通ではまず婚約することなどありえなかった私たちを結びつけてくれたのは、誰あろうあの修道院の女性たちだったのだ。


「分かってはいるのですが、どうにも慣れないんです。……いえ、俺がこんなことではいけませんね。いずれあなたを支える者として、しっかりしなければ」


「今度は気合が入りすぎてるわ。いつも通りのあなたでいいのに。でもそんなあなたの真面目なところに、私は惹かれたのかもしれないわ」


「ヘレナ、あの、人前でそういうことを口にされると恥ずかしくて……」


 私たちのそんなやり取りを見て、ドロシーが楽しそうに笑った。彼女からはかつての暗い雰囲気は消え失せて、今はとても幸せそうだ。


「ヘレナとロディ、とても仲がいいのね。素敵だわ」


「あら、それを言うならあなたとアレックス様もそうでしょう?」


 最近とても雰囲気が柔らかくなったグレースが、おっとりと落ち着いた様子でドロシーに話しかける。


「グレースとケネス様もね。あの修道院のみなさまには、どれだけ感謝してもし足りないわ」


 私の言葉に、全員が一斉にうなずいた。ここにはあの修道院の真の姿を知っている者だけが集まっている。私たちは時折こうやって集まり、あそこでの思い出話に花を咲かせているのだ。


「アイリーン、元気かな……」


「ミランダさんにもまたお会いしたいわ。私、まだまだ学び足りませんもの」


 ドロシーとグレースが、遠くに思いをはせるようにつぶやいている。この二人は口を開けばいつもこうだ。よそであの修道院のことを声高に話せないぶん、ここで思う存分発散しているようにも見える。


 私たちが思いつくまま修道院の話を続けていると、老年の執事がちらりと姿を見せた。その腕には大きな鳥を止まらせている。伝書士が手紙を運ぶのに使う鳥だ。


 私が無言でうなずくと、彼は鳥を連れたままこちらに近づいてきた。流れるような動きで一通の手紙を差し出してくる。ドロシーたちは、黙って鳥と手紙とを交互に見ていた。


 そうして開いた手紙には、予想もしていない内容がつづられていた。あまりのことに血の気が引いていく音が聞こえたような気すらしていた。


「ミランダさんが、夫を毒殺しようとした容疑でとらわれている、って……」


 席についていた三人が驚きのあまりこちらに身を乗り出してくる。私は手紙をテーブルの上に広げ、全員に見えるようにした。


 その手紙は修道院のマリアからのものだった。肩書は院長代理となっている。


『ミランダはフェルム公爵夫人として、陛下の誕生日を祝う宴に出席していました。その宴の最中に、ミランダは夫を毒殺しようとしたと、そんな疑いがかけられているのです。もちろん根も葉もないでっちあげだと、彼女は断言しています』


 ドロシーとグレースが同時に息を呑むのが聞こえた。二人とも、何か思うところがあるのだろう。


『とはいっても、彼女はいまだ投獄されてはいないようです。彼女が犯人だと断定できるだけの証拠が見つかっていないのか、彼女の身分ゆえに異例の厚遇がなされているのか。おそらくはその両方でしょう』


「良かった……ミランダさんが牢獄にいるなんて、想像しただけで恐ろしいもの」


「安心するのはまだ早いわ、ドロシー。濡れ衣が晴れなければ、いつ何がどうなってしまうか分からないのよ」


 ほっとするドロシーを、グレースが静かにたしなめている。ロディはずっと難しい顔をしたまま黙っていた。


『私たちは一刻も早く、彼女を救いたいのです。ですが私たちのほとんどは追放された身、大手を振って出歩くことは難しいのです。どうか、あなたの力を貸してください。次期伯爵であるあなたの立場であれば、できることも多いでしょう。お願いします、ヘレナ』


 陛下の誕生日を祝う宴で毒殺未遂が起こったことは、その宴に出席していた父から聞いていた。けれどまさか、ミランダさんがその容疑者になっているなんて。


 突然降ってわいた非常事態に、私は思わず身震いしていた。かつての恩を返す機会が思いもかけず訪れたのだ。ここでやらねば、いつやるというのだろうか。


 ところが私が何か言うよりも先に、ドロシーとグレースが立ち上がっていた。そして同時に私の方を見て、声を揃えてきっぱりと言い放つ。


「私たちも、力を貸すわ!」


 そのあまりの勢いにぽかんとしていると、着席したままのロディと目が合った。彼の目にも、いつになく強い光がともっている。彼は頼もしく微笑むと、ゆっくりとうなずいてきた。


 それでようやく我に返った私は、三人の顔を順に見渡すと力強く宣言した。


「ええ、みんなで協力して、ミランダさんの濡れ衣を晴らしましょう!」






 私たちはお茶会を中断して、大急ぎで準備を始めた。これからみなで王宮に乗り込み、ミランダさんを救い出すのだ。


 ドロシーとグレースはいったん帰宅し、親の了解を取ってから支度を整えることになった。彼女たちとは、王都にある私の家の別邸で合流する予定だ。


 私は両親のもとに向かい、しばらく王都の別邸に滞在する旨を告げる。両親は突然のことに驚いていたが、特に理由を聞くこともなくすぐに了承してくれた。


 かつて力業で私とロディの仲を認めさせて以来、両親はどうも私に対して弱腰になっている。彼と一緒になれないなら平民になってやる、という脅しは相当こたえたらしい。少々申し訳ないとは思うけれど、今は悠長に状況を説明している余裕はない。全部片付いたら、その時改めてゆっくりと話そう。


 ついでに宴でのことを尋ねてみたのだが、父は現場には居合わせなかったらしく、詳しいことは何も知らないようだった。


 無事に両親の許しを得た私は、修道院にあてて大急ぎで手紙を書いた。これから私たちが王都に向かうこと、もしそちらも動くのであれば、私の別邸を拠点として提供できること、そんなことを手短につづり、鳥に持たせる。鳥はすぐに、修道院目指して飛んでいった。




 私がそうやってばたばたしている間に、ロディが旅の支度をぬかりなく整えてくれていた。元執事だけあって、手慣れたものだった。彼がいてくれて良かった、という安心感に、非常時にもかかわらずほっと気持ちが緩む。


「行きましょう、ヘレナ。俺たちの恩人を救いに」


 王都まではここから馬車で丸一日の距離だ。既に馬車に荷物を積み終えたロディが、私に手を差し伸べる。彼の手を取ると、見つめ合いうなずきあった。


 いつも私たちの間に流れている甘さは今はなく、ただ同じ目的のために力を合わせるという決意だけが、そこにはあった。

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