27.忌まわしい再会
フェルム公爵家の紋章をつけた豪華な馬車に揺られ、私は屋敷に戻ってきた。実に六年ぶりのその屋敷は、どことなく薄っぺらくちゃちなもののように見えた。でも変わったのは屋敷ではなく、私の方だ。
修道服ではなく貴婦人のドレスをまとった私が屋敷の中に足を踏み入れると、薄気味の悪い笑顔を張り付けた若い女性が無愛想な子供を伴って現れた。
「お久しぶりです、ミランダ様」
「ええ、久しぶりねエヴァ」
見かけだけは親しげな、その実全く温かみのないあいさつが交わされる。周囲の使用人たちは私たちの間に流れるものを感じ取ったのかこっそりと身震いしていたが、エヴァが連れていた子供は興味なさげに明後日の方向を見ていた。
私より二つ年上のこの女こそ、私から夫をかすめとった張本人だ。慣れた様子で使用人たちに指示を出しているさまからは、当主の愛人でしかない彼女が、事実上の女主人として君臨していることが容易にうかがい知れた。
けれどかつては豊満だった彼女の肢体も、男好きのする好色そうなその美貌も、ここ数年の間にはっきりとたるんでしまっていた。おそらく、彼女はここでぜいたくな、怠惰な生活を続けていたのだろう。
こうなると、私は修道院に送られてよかったのかもしれない。あそこでは家事やらなんやらで体を動かすことが多いし、度を越したぜいたくとは無縁だ。そのおかげか、私の体は六年前と変わらない曲線を保っている。
こっそりとそんなことを考えていると、エヴァはかがみこみ、子供の背に手を当てた。
「ミランダ様、私の息子を紹介いたします。ほらジョン、ごあいさつなさい」
エヴァのスカートの端を握りしめた子供が、こちらと目を合わせないまま無言で頭を下げる。おそらく四、五歳くらいのその子供は、寒気がするくらい夫によく似ていた。しつけがなっていないところまでそっくりだ。姿を見た時からそうだろうと思っていたが、この子は間違いなく夫とエヴァの子供だ。
なるほど、これではエヴァが増長するのも無理はない。当主の正妻が修道院に押し込められている間に、後継ぎとなり得る男の子をこさえてしまったのだから。
「はじめまして、ジョン。私はミランダよ」
そう声をかけると、彼は妙に冷めた目でこちらをちらりと見、すぐにうつむいてしまった。人見知りをしているのではなく、単に私に興味がないらしい。なんとも可愛げのない子供だ。夫に似ているせいで、余計にそう思えてしまう。
「おお、よく戻ったなミランダ」
その時、まるで見計らったかのように背後から夫の声がした。エヴァが満面の笑みを浮かべてそちらを見つめる。
「お帰りなさいませ、オーガスト様」
嫌悪感に背筋が冷たくなるのを感じながら、覚悟を決めて振り返り、因縁の夫オーガストを見る。
けれどその再会は、思っていたのとはかなり違うものになってしまった。六年ぶりに見た夫の姿は、記憶とはまるで異なっていたのだ。
かつての夫は、黒い髪に黒い瞳、浅黒くて彫りの深い面差しをした、まるで狼のように精悍な顔をした美男子だったのだ。そのせいでやたらと女にもてて、しまいにはエヴァにたらしこまれてしまった。彼が不細工であったなら、私の運命も変わっていたかもしれない。
ところが今目の前にいるのは、かつての面影がまるで見当たらないほど太った男性だった。おまけに髪の方も少々寂しくなり始めている。まだ三十歳になったばかりだというのに、かわいそうに。
これではまるで黒豚だ。少しばかり肥えたらしいとは聞いていたが、これは少しばかりという範囲を超えている。噂話も当てにならないものだ。
必死に笑いをこらえている私に、オーガストはにこやかに話しかけてきた。その彼の笑顔は、エヴァが浮かべていた不自然で薄気味悪い笑顔によく似ていた。
「このたび、陛下の誕生日を祝うための大きな宴が開かれることになったのでな。ぜひお前にも、出席して欲しかったのだ」
夫は一度だって、こんな笑顔を見せたことはなかった。双方の親が勝手に決めた妻でしかない私のことが、彼は気に入らなかったのだ。
私は表立って虐げられることこそなかったが、彼は私にはいつも過度に礼儀正しく、恐ろしく冷淡な顔しか見せてこなかったのだ。私にこんな親しげな言葉を、こんなにこやかな顔でかけてくることなんて、絶対にありえない。
そして彼は、突然改心するようなしおらしい男性ではない。なんなら修道院に隠してあるとっておきのワインを賭けてもいい。
やはり私がわざわざ呼び出されたのには、間違いなく裏がある。それが何かは分からないが、間違いなく彼は何かを企んでいる。私はそう確信していた。
といっても、証拠などどこにもない。今は様子を見るしかないだろう。そう腹をくくった私は、何事もなかったかのようにオーガストとエヴァの二人と談笑し続けることにした。
けれどこの二人とにこやかに話していると、あまりの気味の悪さにうっかり舌を噛みそうになってしまう。二人に怪しまれないように表情をとりつくろいながら、さらに舌を噛まないように気をつけながら話すのは骨が折れた。
全身に鳥肌が立ちそうなほど気持ちの悪い時間をどうにか乗り越え、私は屋敷の一室でほっと息をついていた。
ここはかつて私がこの屋敷にいた頃に、自室として使っていた部屋だ。といっても、ここに嫁いできてから修道院送りにされるまでせいぜい二年程度しかなかったし、この部屋にはさほど愛着は湧いていなかった。豪華だけれど寒々しい部屋で、また一人ため息をつく。
修道院に戻りたい。みんなと一緒に、くだらないお喋りに花を咲かせたい。
落ち込みを隠せないまま、私はゆっくりと立ち上がった。持ってきた荷物を探り、紙とペンを取り出す。この招待に裏があると確信できた今、少しでも情報を集めておかなくてはならない。そして万が一に備えて、その情報を誰かにたくせるようにしておくべきだろう。
私は周囲の気配に気を配りながら、ペンを走らせ始めた。エヴァ、ジョン、オーガスト、そして使用人たち。彼らについて知っていること、感じたこと、その全てを細かい字で書き連ねていった。
すぐに、一枚の紙がびっしりと文字で埋まる。インクが乾くのを待ってそれを小さく折りたたみ、カバンの隠しポケットにしまい込んだ。
そして次の紙、また次の紙と、私は一心不乱に文字を書き続けていた。これが役に立つようなことが起きなければいいのにと、そんなことを思いながら。




