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25.(グレースからの浮かれた手紙)

「グレース、ちょっといいかな。……おや、手紙を書いていたのか」


「はい、ケネス様。かつてお世話になった修道院のみなさまに、近況報告を兼ねて」


 私の返事を聞いたケネス様は、気取った笑みを浮かべてこちらを見つめました。そんなところも、相変わらず素敵です。思わずうっとりと見とれている私に、ケネス様は片目をつぶってみせました。


「近況報告ということは、きっと私のことも書くのだろうね? 少し気恥ずかしいな。ありのままを書いてもらいたくもあるが、どうせなら少しばかり誇張してもらってもいいかもしれない」


「まあ、何をどう誇張しろとおっしゃいますの? ケネス様は今でもとても素敵な方ですのに。誇張なんてしたら、最高級の誉め言葉しか並ばない文章になってしまいますわ」


「はは、それはそれで見てみたいな。さて、君が手紙を書いているというのなら、私は出直すとしよう」


「あの、どういったご用事でしたの?」


 そう尋ねると、ケネス様は麗しい顔いっぱいに笑みを浮かべて、まっすぐに私を見ました。あまりのまばゆさに動悸がします。


「なに、君と少し話したいと思っただけだ。私は庭で、君が手紙を書き終えるのを待っているよ」


「ありがとうございます。急いでそちらに向かいますので」


「焦らなくていいさ。私たちには時間はたっぷりあるのだからね」


 洗練された動きで部屋を出ていくケネス様の後ろ姿を恍惚のため息をつきながら見送ると、私は書きかけの手紙に目を落としました。






 ごきげんよう、みなさま。みなさまにおかれましてはご健勝にあらせられるでしょうか。……少々、堅苦しいあいさつになってしまったかもしれませんね。どうも、幼い頃から身に着けた淑女の仮面は中々外しきれないもののようです。


 ミランダさんが後押ししてくださってから、ケネス様は大きく変わられました。私を『ミラ様』に取られまいとしているのか、ことあるごとに私を抱き寄せて、すぐ近くで見つめてくださるようになったのです。


 私はその近さに慣れることができず、いつもしどろもどろになりながら目を伏せることしかできませんでした。ひどく顔が熱かったので、きっと私は真っ赤になっていたのでしょう。


 そんなことを繰り返しているうちに、ケネス様の視線はどんどん熱を帯びていきました。どうやら彼は、私がそうやって恥じらっている様を好いてくれているようでした。「笑顔も可愛いけれど、そうやって照れている様はもっと可愛いな」などと言われてしまった日には、口から心臓が飛び出るかと思いました。


 あれだけ浮名を流していた彼は、今ではすっかり私以外の女性に見向きもしなくなっていました。それでもたまに彼にちょっかいをかけようとする女性も現れてはいますが、見つけ次第追い払っています。


 彼は大変魅力的なので、こういう不届き者が現れるのは仕方のないことでしょう。でも、私はもうくじけません。ケネス様が目移りするといって嘆くより、ケネス様が目移りできないように努力する、その方がよほど前向きで建設的です。


 こんな考え方は、修道院のみなさまと暮らしみなさまを見ているうちに学び取ることができました。そしてみなさまが教えてくださった様々な事柄は、ケネス様に色目を使う泥棒猫を追い払うのにとても役に立っています。ありがとうございました。本当に、みなさまにはどれだけ感謝しても足りません。


 最近では、彼の両親や彼の屋敷の使用人たちも私の味方をして、彼につく悪い虫を追い払うのを手伝ってくれるようになっています。どうやら彼らも、ケネス様の女癖については思うところがあったようです。


 そうして私が立派に他の女を追い払う様を見て、彼らは私のことを信頼してくれたようでした。「こんなしっかりしたお嬢さんが支えてくれるのなら、ケネスも安心ね」とはケネス様のお母様の言葉です。


 こんなことを言ってもらえるようになるなんて、少し前までは思いもしませんでした。私、嬉しくて舞い上がってしまいそうです。どうせ嫁ぐのなら、お義父様やお義母様にも気に入っていただきたいですから。




 私たちは毎日のように互いの屋敷を行き来し、親しく語り合っています。もちろん、淑女の仮面は外して、ですよ。


 ミランダさんに指摘されるまで、私は自分が表情を殺しすぎていることに気づいていませんでした。そのせいでお高くとまっているように見えることも、自分の魅力を半減させてしまっていたことも。


 けれどこうして感情をそのまま顔に出していると、心まで素直になれるような気がしています。


 私はケネス様を愛しています。彼が他の女を見るなんて絶対に嫌です。浮気なんてもってのほか。彼を独占してしまいたい。そんな気持ちが、次々にあふれてきます。私、いつの間にこんなに強欲になってしまったのでしょうね。


 かつて私は、ミランダさんに自分の望みを打ち明けました。彼の一番になりたい、と。そして今では間違いなく、私は彼の一番です。彼がちょっとくらい目移りしても、どっしりと構えていられるくらいには、自分に自信が持てました。あの時の望みを、ミランダさんが、修道院のみなさまがかなえてくれたんです。


 私、修道院に行って良かったと思います。……うっかりお酒を過ごして余計なことを口走ったりもしましたけれど。あそこでの日々は、私の心に温かく、揺るぎないものを与えてくれました。


 このご恩をどうやって返せばいいのでしょうか。最近では、私はいつもそんなことを考えています。みなさまはどうすれば喜んでくれるのでしょうか。難しい課題です。


 今のところ、外の情報をみなさまに差し上げるくらいしか思いつきませんので、これからはこまめに手紙を差し上げたいと思っています。ケネス様は顔が広いですし、彼と共にいれば有益な情報も手に入りやすいでしょう。




 ……ミランダさん、ここからの話はみなさまには内緒にしてください。私は、一目あなたを見た時から、あなたにあこがれていました。あなたのように誇り高く、格好のいい女性になりたいと、そう思っていたんです。


 ですから、あなたの打ち明け話を聞いた時にはとても驚きました。あなたのような素敵な方に、あんな悲しい過去があっただなんて。


 そして今、私はあなたのおかげで幸せになれました。……今度は、あなたが幸せになってもいいと思うのです。きっとあなたには、優雅に優しく笑っているのが一番似合いますから。そのためにできることがあれば何でもしますから、遠慮なく言ってくださいね。




 それでは、そろそろ失礼いたします。また手紙を書きますね。どうかみなさまもお変わりなく、お元気で。

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https://www.ichijinsha.co.jp/iris/title/youkososyuudouin/
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