表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/53

24.(ドロシーからの可愛らしい便り)

 こんにちは、ミランダさん、修道院のみなさま。そちらはお変わりありませんか。その節は大変お世話になりました。


 今、私はとても幸せです。ついこの間まで、あのバーナード様のことで思い悩んでいたのが嘘のように、何もかもが良い方に変わりました。


 無事に婚約が破棄されてから、バーナード様はそれはもうみっちりとお祖父様にしごかれているようです。お祖父様の屋敷に軟禁されて、毎日毎日貴族の心得とかいうものを教え込まれているのだそうです。


 そのせいで、バーナード様は私にちょっかいをかけてくる暇すらないようでした。バーナード様に真実がばれて逆恨みされたらどうしようと、そんなことを少し心配していたのですが、どうやら問題ないようです。


 バーナード様に代わり後継ぎとなられたセシル様と、その妹のエリー様はわざわざ私のところまで謝りに来られました。不出来な兄が済みませんと言って、二人揃って頭を下げていました。あまりに恐縮しているせいでこちらの方が申し訳なくなってしまって、気づいたら私も頭を下げていました。


 そうやって三人でぺこぺこと謝りあっているうちに何だかおかしくなってしまって、最後にはみんなで笑いあっていました。今では、二人は私の大切なお友達です。バーナード様の近況について教えてくれたのも二人なんです。




 私は今、アレックス様の屋敷にいます。一応は家出してきた身なので、形の上ではアレックス様の客人として、ここに置いてもらっているのです。いろいろなことが落ち着いてきたら、正式に婚約する予定です。でも屋敷の人たちはもう私を彼の婚約者として扱っていて、少し照れ臭いです。


 アレックス様にはとても良くしてもらっています。アレックス様は伯爵家を継ぐための準備で毎日忙しいというのに、その合間を縫って私との時間を作ってくれています。とても嬉しいのですが、アレックス様が疲れてしまわないか心配です。


 一度勇気を出してそう言ってみたところ、「君といられるこの時間が、頑張るための力を私に与えてくれるのだよ」と笑って返されてしまいました。気休めでもなんでもなく、心からそう思っているように見えました。


 これではらちが明かないので、今度何か元気の出るものを差し入れたいと思っています。なので修道院のみなさまが作っていた、とても元気が出る薬草酒の作り方を教えてもらえないでしょうか。


 きっと、アレックス様も喜んでくださると思うんです。それに私も一度、飲んでみたかったので。よろしくお願いしますね。




 両親との関係は宙ぶらりんのままになっています。アイリーンから聞いているとは思いますが、両親はアレックス様がユスト伯爵家の跡取りとなられるということを知ったとたん手のひらを返しました。私はそのことがいまだに許せません。


 二人はずっとアレックス様のことを取るに足らない存在として見下していたのに、今でははっきりと彼のことをちやほやして、どうにかしてご機嫌を取ろうと必死になっています。実の親がそんなちっぽけな人間だと知るのは、気持ちの良くないものですね。


 今でも数日に一度、両親は私たちのところを訪ねてきます。どうにかして私と和解して、ユスト伯爵家との関係を持ちたいということみたいです。私はアレックス様と想い合って一緒になることを決めたのに、今さら家同士をつなぐ道具扱いされるなんてごめんです。


 そういってふくれっつらをしている私に、アレックス様はいつもこう言います。「ドロシー、君が私のことを大切に思ってくれる気持ちは嬉しいよ。けれどどうか、そのことで両親と仲たがいしないで欲しい」と。


 アレックス様は悔しくないんですか、と尋ねると、彼はためらいなくこう答えました。「あなどられたことを悔しくないと言ったら、嘘になってしまう。でもそんなことは、君が幸せになることの前ではとてもちっぽけなものだ」


 その言葉に胸が高鳴るのを感じながら、私はさらに尋ねました。私の幸せと、両親と和解することとの間に何の関係があるんですか、と。ちょっぴり意地悪な言い方になってしまったかもしれません。


 けれど彼はそれは優しく笑うと、またためらいなく答えたのです。「私と君とが結婚式を挙げる時、その場には君の両親もいて欲しいと私は思うのだ。それとも、君は両親のことを心底嫌っているのだろうか?」


 どこかいたずらっぽく尋ねてくる彼に、私は全面降伏せざるを得ませんでした。はい、確かに私は両親のことを嫌い切れていません。そのことを、彼は的確に見抜いているようでした。


 だから、もう少しだけ両親を振り回しておいて、そのうち少しずつ和解しようと思っています。時にはじらすのも大切よ、というみなさまの教え、忘れていません。それに和解の仲介をアレックス様に頼めば、彼が両親に恩を売ることもできるし一石二鳥ですよね。


 こんな計算高いことを考えているなんて知れたらアレックス様に幻滅されてしまうかもしれないので、このことは私とみなさまとの間の秘密にしてくださいね。




 こちらは元気にやっています。きっとみなさまも、変わらず元気にやっているのでしょう。あの修道院でみなさまと過ごした日々は、私にとって宝物になっています。できることならまたあそこに行きたいと、そんなことを思ってしまうくらいに。


 一度、そちらに遊びに行ってもいいでしょうか。色々落ち着いたら、アレックス様にそう申し出てみようかなと本気で考えています。それくらい、みなさまに会いたいんです。


 あ、逆にこちらに遊びに来てもらうのもいいかもしれません。今はまだ難しいですが、いずれ私が伯爵夫人になったら、みなさまのことをぜひともご招待したいです。


 それでは、また会う日までどうかお元気で。


 追伸。アイリーンが気にしていた流行の本、今度そちらに送りますのでそう伝えてください。






 手紙を書き上げた私は、アレックス様のところに向かいました。そろそろ今日の執務も一段落ついている頃です。最近では、頃合いを見計らってお茶を持っていくのがすっかり習慣になっていました。せめて彼の疲れを、少しでも癒せるように。


「アレックス様、今いいですか」


「もちろんだよ。君ならいつでも大歓迎だ。それにちょうど執務が終わって、君と話したいと思っていたところだったんだ」


 アレックス様が優しく笑います。子供の頃から変わらないこの笑顔が、私は大好きです。


 二人分のお茶をカップに注いで、二人っきりのお茶会が始まりました。私が悩みをヘレナに相談しなかったら、あの修道院に行くことを決意しなかったら、みなさまに助けを求めなかったら。どれか一つでも欠ければ、今のこの幸せはありませんでした。


 湯気越しに見えるアレックス様の笑顔を見つめながら、私はしみじみと幸せをかみしめていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍情報はこちらから!
(公式サイトに飛びます)
https://www.ichijinsha.co.jp/iris/title/youkososyuudouin/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ