20.女の敵は女
初めて目にしたミアは、思った以上にはかなげで、守ってやりたくなるような愛らしさに満ちていた。なるほどこれなら、多くの男を手玉に取ってきたのもうなずける。
彼女が弱々しくしなを作って、潤んだ目で見上げたなら大概の男はころっといってしまうに違いない。甘ったれた坊ちゃん育ちのマーティンなど、ひとたまりもなかっただろう。
そんなことを考えながらも、私は可能な限り厳かに、そして静かに話しかけた。
「ようこそ、私たちの修道院へ。ここは世俗を離れた女たちが、神に祈りを捧げる場所」
「ようこそ、私たちはあなたを歓迎します」
私の言葉に続き、みなが声をそろえてミアに呼びかける。そのあいさつは、いつもの歌うような陽気なものとはかけ離れていた。
「本日よりお世話になるミアです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「私はミランダ、ここの院長です。こちらこそよろしく」
ミアがしおらしく礼をするのを見ながら、私は口がこそばゆくなるのを感じていた。名目上ここの院長は私だが、今までそう名乗ったことはなかった。
私は院長だなんて柄ではないし、そもそも私はみなをきっちりと管理するつもりは毛頭なかったのだ。だからいつも、私は取りまとめ役と自称していたのだ。自由に明るく騒ぐみなが暴走しないように、ゆるく大雑把に取りまとめている人間。私は自分のことを、そう認識していた。
そんな葛藤は露ほども見せず、私はミアを従えて礼拝堂に向かった。いつも新入りはまず食堂に連れていくのがここのしきたりだが、今回ばかりはそうもいかない。
いつも大股に歩く廊下を、じれったくなるほどゆっくりと、しずしずと歩く。こんなしとやかな歩き方をしたのはいつぶりだろうか。確かまだ私が夫のところにいた時だから……ああ、六年前か。あの頃まだ二十歳だった私は、足音を立てて歩くのははしたないと思い込んでいたのだった。
そうしてたどり着いた礼拝堂では、残りの全員が列をなして立ち並び、静かに私たちを出迎えていた。
みな一分の隙もなくきっちりと修道服をまとい、口をつぐんだまま慎ましく目を伏せている。いつものみなからは考えられないほど、厳粛で清廉なたたずまいだった。思わず笑いそうになるのを必死にこらえる。ここで笑ってしまっては台無しだ。
これこそが、私たちが立てた作戦だった。ミアはああ見えて奔放なたちだと聞いているし、私たちの本当の姿を知ったらここを気に入ってしまうかもしれない。そんなのは絶対にごめんだ。
だから逆に、私たちは厳格な修道女のふりをすることにしたのだ。ここは規則にうるさい修道院で、私たちは日々禁欲的に暮らしている修道女の鑑。そう彼女に思い込ませることができれば、彼女はここを出ていきたいと心から思ってくれるだろう。
あとはどうにかして彼女の事情を聞き出して、彼女がここから出ていけるようこっそりと手助けすればいい。
一応は筋の通った作戦のように思えたが、こうして実際に手を付けてみると、想像していたよりもずっと面倒くさかった。そう考えているのは私だけではないらしく、みなはうんざりしたような目を見かわしていた。もちろん、ミアに見つからないよう十分に気をつけながら。
ああ、早く彼女を追い返して、もとの自由な暮らしに戻りたい。無言のままのみなの目は、一様にそんなことを語っているように見えた。
それからは毎日、模範的な修道女として暮らし続けた。朝早く起きて修道院を掃除し、礼拝の後はみなで集まって神の教えについて学ぶ。無駄話などもってのほかだ。
「もう駄目、こんな生活無理……」
「しっかりしなさい、といいたいところだけど……私も同感よ……ああもう、最悪だわ」
あっという間に、院長室は厳しい暮らしに音を上げた女たちの隠れ場所になってしまった。ここなら、いきなりミアが現れることもない。彼女もまたここの生活にうんざりしているようだったし、特に厳しく振る舞っている私のことを明らかに避けていたからだ。
「嘆いている暇があったら、彼女を追い出すための情報を集めましょう。こんな不自由な生活を終わらせるには、それしかないのだから」
私が励ましても、院長室に集まったみなの顔色は優れないままだった。そろそろ何か進展が欲しいところだ。そう思っていた時、アイリーンがいつも通りに元気よく駆け込んできた。
「ミランダさん、報告です!」
「アイリーン、今はまだ作戦の途中なのだし、廊下を走っては駄目よ。それにあなた、いずれはどこぞの令息と燃えるような恋がしたいって言ってたでしょう。そのためには、立ち居振る舞いにも気をつけた方がいいわ」
「ああ、そうでした」
やんわりとたしなめると、彼女は勢いよく背筋を伸ばして敬礼をしそうになり、あわててスカートをつまんで礼をした。どうやら、淑女らしい立ち居振る舞いよりも先に、マリアの騎士のような振る舞いがうつってしまったようだった。
「ミアがここに来た理由、分かりましたよ」
声をひそめるアイリーンに、全員が身を乗り出した。さっきまで死にそうな顔をしていたとはとても思えない、機敏な動きだった。
「といっても、情報をつかんだのは私じゃないんですけどね。たまたま手が空いてたんで、報告を任されたんですよ」
「前置きはいいから、とっとと話しなさいよ。私たち、その情報をずっと待ってたんだからね」
「はーい。……結論から言うと、みんなの推測でだいたい合ってました」
アイリーンがちらりと入り口の扉に目をやる。そこが確かに閉まっていることを確認すると、さらに小さな声で話し始めた。
「ミアはこないだ、婚約者のいる男性に手を出したんです。いつものように奪い取ろうとしたみたいなんですが、珍しくも今回は失敗しました」
「いい気味よ」
誰からともなくそんな声が上がり、みなが一斉にうなずく。
「それで、彼女の悪い噂が社交界に一気に広まっちゃったみたいなんです。ここでようやく、彼女の両親が動き出しました」
「……逆に、今まで彼女を放置していたっていうのが恐ろしいわね」
「両親は『こんな噂が広がってしまっては、お前の結婚相手を見つけることすら難しくなってしまった。どうにかして結婚相手を探すから、それまで身を隠していろ』と言ったそうです。『最悪の場合は平民との婚姻もあり得るから、覚悟しておけ』とも言われたみたいですね」
アイリーンの報告に、私たちは揃って顔をしかめた。そういうことであれば、ミアはしばらくここに居座らざるを得ないだろう。
「だからって、よりにもよってここに放り込まなくたっていいじゃないの……」
「彼女がここに来ることになったのは、ただの偶然みたいですね」
「最悪の偶然だわ、まったく」
輪になってアイリーンを取り囲みながらがっくりとうなだれているみなの姿に、苦笑しながら立ち上がる。
「こうしていてもらちが明かないし、少しミアと話してみるわ」
うめき声のような返事を背に受けながら、私はしずしずと部屋を出た。




