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18.私たちのやり方

 賊らしき男性を捕らえた次の朝、私は朝の礼拝の後にこう言い放った。


「昨日捕まえた男性なのだけど、どうも何か事情がある気がするの。それを聞き出すまではここに置いておこうと思っているのよ。反対意見があるのなら、今ここで聞くわ」


 次の瞬間、礼拝堂の中は恐ろしいほど静まり返った。けれどみなの顔には不服の色は全くなく、隠しきれない興味が全員の目を輝かせていた。これっぽっちも反対する気はございません、みなの顔にはそう書いてあった。


「分かったわ。彼をここに置いておく間の監視については、マリア、あなたに任せるから」


「はい。特に武勇に優れた者たちで、しっかりと彼を見張ります。決して逃がしはしませんのでご安心を」


 私よりも少し年上のマリアが、騎士のように折り目正しい敬礼をする。彼女もここに来て長いのに、堅苦しい振る舞いは最初の頃から全く変わっていない。


「後で、一度彼と話をしてみようと思うの。あなたが付き添ってくれれば助かるわ」


「承りました」


 あくまでも真面目な表情を崩さないマリアに対して、周囲のみなは笑みを浮かべて前のめりになっていた。


「ミランダ、尋問……じゃない、聞き込み頑張ってね」


「何か聞き出せたら、後で教えてちょうだい」


「ああ、私も彼と話したいわあ」


「はいはい、また後でね」


 苦笑しながらみなに手を振り、私はマリアと共に彼が収容されている地下牢へと向かっていった。






 修道院に地下牢。こう言ってしまうと仰々しいが、要は元々あった地下室を改造し、外側に錠前をくっつけただけのものだ。かつてたまたまここを襲おうとした賊を一時的に収容するために、当時の修道女たちが自力でこしらえたものらしい。


 マリアが用心しながら扉の中ほどにある小窓を開ける。部屋の中をのぞくと、すっかりふて腐れた様子の彼が背中を丸めて椅子に座っているのが見えた。いらだたしげに、傍らの机をこつこつと叩いている。


「落ち着いたかしら、そこのあなた?」


 できる限り優しく話しかけたが、返事はない。机を叩く手が止まった。


「私はミランダよ。ねえ、あなたの名前を教えてもらえないかしら」


 それでも彼は返事をしなかった。さてどうしたものかと考え込んでいると、彼はこちらを見ないまま低くつぶやく。


「お前たちに話すことなど何もない」


 明らかに、彼は私たちに敵意を抱いている。そういえば昨夜も、彼はずっと私たちをにらみつけていた。やっぱり彼には何か事情があるようだ。思わず彼をまじまじと見たが、彼は相変わらず顔を背けたままだった。彼は座ったまま肩をすくめ、さらに続ける。


「僕に口を割らせたいのなら、尋問でも拷問でも好きにすればいいだろう」


 その声は隠し切れない動揺を表しているかのように揺らいでいる。間違いなく、彼は強がっていた。隣のマリアもそれが分かったらしく、彼女はできの悪い弟でも見るかのような生温かい目で彼を見ていた。きっと私も、同じような目になっているのだろう。


 思わず笑い声が漏れそうになるのを必死に抑えながら、私はさっきまでと同じ、柔らかく軽い調子で話を締めくくった。彼がそういう心づもりでいるのなら、こちらにも考えがある。


「あらあら、勇ましいこと。ひとまず今は引かせてもらうわね。また来るわ」


 そのまま小窓を閉めると、おかしそうな目をしたマリアと二人、声を出さずに笑いあった。




「ところで、これからどうするのでしょうか」


 地上へ戻る階段の途中で、マリアが口を開く。私があっさり引いたことを疑問に思っているらしい。


「そうね。……尋問だ拷問だって、男って本当に血なまぐさいのが好きよね」


 彼の言葉を思い出して笑う私に、マリアは小さくうなずいた。そんな彼女に流し目をよこし、力強く宣言する。


「私たちはそんな無粋な手を使いはしない。私たちには私たちのやり方があるんだって、彼に思い知らせてあげましょう」


「ああ、なるほど。そういうことですか」


 彼女も、私が何をしようとしているのか理解したらしい。いつも真顔の彼女にしては珍しく、いたずらっぽい笑みを見せていた。


「どうやら、みなさんも退屈せずに済みそうですね。いいことです」


 これから彼の身に起こるであろうことを想像して、私たちはくすくすと小さな声を立てて笑いあった。






 すぐに私はみなを集め、彼の世話係を数名選び出した。彼に興味を持っていて、人の話を聞き出すことがうまい者を選りすぐったのだ。マリアが予想した通り、選ばれた者たちはみな大喜びしていた。これで退屈がまぎれるわ、と口々に言いながら。


 彼女たちは代わる代わる彼のもとを訪ね、何くれと世話を焼くようになった。ちょっとしたものを差し入れたり、ねぎらいの言葉をかけたり。彼は相変わらず仏頂面を続けていたが、ものの二日ほどで彼女たちをにらむのをやめ、わずかながらも笑顔のようなものをを見せるようになっていた。


「彼、思った通り笑うと可愛いわねえ」


「ちょっと、情が湧いたとか言わないでしょうね」


「大丈夫よ、火遊びみたいなものだから」


「それ、大丈夫って言えるのかしら……それにしても、彼って結構ちょろいわね」


「そうね。ちょっと優しくしただけで、あっさりなびくなんてね。もうちょっと歯ごたえがあった方が面白かったんだけど」


 世話係たちはそんなことを話しながら、彼の口を割らせようと競争していた。彼から重要な情報を聞き出せた者が勝ちという、単純明快な競争だ。


 彼が貴族の令息であることはすぐに分かった。彼がこの修道院に対して何らかの恨みを抱いていることも分かった。けれど彼の正体は、依然として分からないままだった。


 この修道院には恐ろしいほどたくさんの情報が集まっている。彼についての情報も、その中にある筈だった。しかし彼が何者か分からないままでは、その情報も生かしようがない。


 私たちが持っている情報は噂話や手紙などに基づくものがほとんどだ。そのせいで、見た目についての情報は大幅に不足している。大まかな年齢と髪と目の色だけでは、とうてい彼の正体を特定することはできなかった。


 私たちがやきもきしながら世話係たちの動向を見守っている中、ある日世話係の一人が息を弾ませながら地下からの階段を駆け上がってきた。


「とうとうつかんだわよ! 彼、元侯爵家のマーティンだったわ!」


「マーティンですって? まあ、それはまた面白いことになったものね」


 彼女の報告を受けた私たちは、何とも言えない表情で互いに顔を見合わせていた。

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