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17.不自然な侵入者

 罠に引っかかって逆さづりになっているその男性は、賊というにはあまりにも違和感があった。


 着ているものはごく普通の旅装で、見たところ腰に下げた短剣以外に武器らしきものを持っていない。そしてその表情や物腰は、彼が間違いなく貴族階級に属する者であることをありありと物語っていた。


 年の頃はまだ二十歳そこそこだろう。若く上品なその顔に、私の背後に控えているみなが小さく歓声を上げた。ちょうどその時、建物の反対側から回り込んできた修道女たちが追い付いてきた。彼は完全に包囲されたということを悟ったのか、逆さづりになったまま舌打ちをした。


「こんな夜中に忍び込もうだなんて、いい度胸ね? 何をしに来たの? 仲間はいるの?」


 彼の動きに目を光らせながらそう尋ねたが、返事はなかった。彼は相変わらず憎々しげな目で、ひたすらにこちらをにらみつけている。その必死さが逆に微笑ましいと思えるような、そんなところが彼にはあった。要するに、見た目の年の割に妙に幼く見えるのだ。


「そう、答える気はないということね。ひとまず、あなたの身柄を確保させてもらうわ」


 私のその言葉を合図に、みなが手際よく動き出す。彼をつるしている太い縄を切り、彼をぐるぐる巻きのまま地面に下ろす。さらにしっかりと縄で縛り上げた後荷車に乗せ、荷物のようにして修道院の中に運び入れた。


 彼がうかつな動きをしないように、木の棒で動きを封じながらの作業だった。どうやら彼はさほど強くないらしく、あっさりと抑え込めていた。


 修道院の玄関に戻ると、騒ぎを聞きつけたのかみなが顔をそろえていた。まだ眠そうだったが、私たちが運び込んだものを見て目を輝かせる。


「あっ、また賊ね」


「それにしてはかなり若くない? おまけに結構美形だし……気のせいか、貴族のように見えるんだけど」


「私も同感ね。間違いなく、彼はいいところの坊やよ。それがなんでまた、こんなところにいるのかしら。それも、忍び込むだなんて」


「もしかしてここに、誰か知り合いでもいるとか? もしかして、夜這いにきたとか?」


「その割には色気のない表情をしているけれどねえ」


 きゃあきゃあと騒いでいるみなの言葉を聞いた彼はほんの少し青ざめたが、それでも必死にふてぶてしい表情を作ろうとしていた。それは分かるのだが、どうにも頼りなさげな雰囲気だ。もともと気が弱いほうなのだろうか。


 このまま放っておいたらいつまでも騒ぎ続けそうだったので、私は手を挙げてみなの注目を引いた。そのまま状況を説明する。


「みなが疑問に思うのも分かるけど、彼、何も答えないのよ。ひとまず賊として、役人に引き取ってもらおうと思うのだけど」


 そんな私の言葉に反応したのか、荷車の上の彼がようやく口を開いた。


「僕は賊ではない! ……だがこうやって捕まってしまった以上、言い逃れはできないだろう。煮るなり焼くなり、好きにしろ!」


 彼はきっと精いっぱい虚勢を張ったのだろう。威勢のいい口調とは裏腹に、その額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた。全員の目が一斉に彼に注がれる。みな、明らかに興味津々といった表情をしていた。


「あらやだ、可愛いじゃない」


「いいわよね、若い子が強がってるのって」


「落としてみたいわあ。正体不明の侵入者なんだし、別にいいわよね?」


「だから、あなたはもう少し慎みというものを身につけなさいよ」


 さらに白熱したお喋りをもう一度手で制して、私は荷車を引いている者たちに指示を出した。


「ひとまず、彼を地下牢に放り込んでおいて。危ないから、必ずマリアに立ち会ってもらってね」


「分かったわ、ミランダ」


 マリアというのは騎士の家出身の女性で、男であればさぞかし素晴らしい騎士になっただろうと言われるほどの腕前だ。彼女は浮気をした夫をこっぴどく叩きのめして、ここに送り込まれることになったのだ。


 彼女はここに来てすぐに、私たちに護身術を教えてくれるようになった。今ではジルと並んで、ここの守りの要となっている。


 また黙り込んでしまった彼を乗せた荷車が修道院の奥に消えていくのを見送ると、私はその場の全員に言った。


「ほら、もう遅いんだし、いったん解散しましょう。あの青年については、明日ゆっくり話し合えばいいんだから」


 渋々ながらも、一人また一人と部屋に戻っていく。しばらくすると、玄関に残っているのは私一人になった。


 玄関の戸締りを確認し、もう一度ジルの部屋に向かう。賊について、彼女にも説明しておかなければならない。


 早く報告を済ませて、さっさと寝よう。私は気合を入れると、足早に廊下を歩いていった。






 ジルの部屋は元の静けさを取り戻していて、代わりに伝書士の孫娘、シャーリーが顔を出していた。


「あ、ミランダさん。賊は捕まりましたか? 役人に、賊を引き取りに来るよう連絡されますか?」


 シャーリーがわくわくした様子で尋ねてくる。役人に連絡を取るのであれば、鳥を使って急ぎの手紙を運ぶ彼女たちの出番だ。彼女はそれを楽しみにしているのだろう。


「ええ、賊は捕まえたわ。あれを賊と言っていいのか、悩ましいところだけど」


「侵入者は全部賊。それでいい」


 ジルがばっさりと切って捨てる。どうやら、彼に罠を壊されたのが腹立たしいらしい。


「そうそう、あなたの罠は今回もばっちり仕事をしていたわ。賊は太い縄でぐるぐる巻きにされて、壁際で逆さにぶら下がっていたの。暴れていたけれど、縄が緩むことはなかったわ」


「よかった。確実に侵入者を捕らえられるよう、改造した甲斐があった。あとは強度。これで完璧」


 ようやっと機嫌を直したジルが、わずかに骨ばった顔をほころばせた。シャーリーが割って入る。


「あの、良ければ役人への手紙、こちらで書いてしまいましょうか? 賊を捕まえた、至急引き取られたし、でいいんですよね? ミランダさん、眠そうですし」


「ああ、それなのだけど」


 今にも部屋を飛び出していきそうなシャーリーをなだめると、小首をかしげながらつぶやいた。


「ちょっと彼について知りたいことがあるし、役人に突き出すのはもう少し後にしようと思うのよ」


 貴族らしい彼がこんなところに何をしにきたのか。それを明らかにしておいた方がいいように思えたのだ。彼を役人に引き渡してしまえば、彼はただの賊として裁かれ、それで終わりだ。私たちが彼の真意を知る機会は失われてしまう。


 私がそう説明すると、二人は揃って大きくうなずいた。


「私に異論はない。賊自体に興味はないし、好きにして」


「私はちょっと気になりますね、その人のこと。だったら役人を呼ぶのは後回しですね、了解しました」


 二人に見送られながら自室に向かう。もう眠くて、まともに頭が動いていない。夜更かしが好きな手合いもここには多いが、私はたっぷり寝たい方なのだ。


 思いっきり伸びをしながら、ぺたぺたと足を引きずるようにしてゆっくりと歩く。その拍子に、大きなあくびが一つ漏れた。この修道院では、そんな不作法な振る舞いをとがめる者などいない。そのことが、今はとりわけありがたいことのように思えた。

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