16.真夜中の大騒ぎ
グレースに別れを告げて修道院に戻ってきた私は、待ちきれないといった様子のみなに出迎えられた。彼女たちはあっという間に私を取り囲み、いっせいに話しかけてくる。
「ミランダ、どうだった!?」
「うまくいった!?」
「ええ、ばっちりよ。ケネスはしっかりと、グレースを愛していると宣言したわ。他の修道院への視察だなんて嘘をついてまで、ここを抜け出した甲斐があったというものね」
私が笑ってみせると、みなは手を取り合ってはしゃぎだした。まるで子供のように騒ぎながら、楽しげに話し合っている。
「やっぱり、ミランダを向かわせて正解だったわね。そんじょそこらの男よりずっと素敵だもの」
「きっとケネスは盛大にやきもちを焼いたでしょうね。ああ、その場にいたかったわ」
「グレース、やっぱり驚いてた? って、聞くまでもないわね」
「それにしても、やっぱり男って単純よね。自分のものを他人が欲しがったとたん、がっちりとつかんで離さなくなるなんて、ほんっと単純」
「やっと、グレースも幸せになるのね……良かったわ」
「ええ、まったくよ。でも、ケネスは今後も警戒しておいた方がいいわね。またいずれ、悪い虫が動き出すかもしれないもの」
「そうね、大ごとになってグレースが悲しむ前に、いつでも手を打てるようにしておきましょう」
ようやくかたがついたとばかりに大騒ぎするみなを尻目に、私は荷物を手に自分の部屋に戻っていった。もうグレースがここに戻ってくることがないようにと、願いながら。
そうしてまた、修道院にいつもの日常が戻ってきた。グレースからは礼の言葉をつづった手紙と共に、今貴族たちの間で流行っている焼き菓子が山のように届けられた。
話には聞いていたが実物を見るのは初めてだった私たちは、盛大なお茶会を開いてみんなで焼き菓子を味わった。もっとも、喜びすぎて羽目を外した面々により、お茶会は途中から酒盛りのようになっていたが。
そしてグレースを巻き込んだいつぞやの酒盛りの思い出話が始まり、またみなが盛大に騒ぎ始める。私は苦笑しながらも、そんなみなを温かく見守っていた。
今はまだグレースの騒動の熱が残っているが、きっとすぐにまたのどかな日々の繰り返しに戻ることになるだろう。そんな私の予想を裏切る事件が、ある日勝手に舞い込んできた。
深夜、大体の修道女が寝静まった頃。男の叫び声が突然夜闇をつんざいた。
既に眠りについていた私は飛び起きて、伝書士が住む塔の方に向かっていった。その途中の階にある、広い部屋へ駆け込む。
その部屋には私と同じように今目覚めたばかりといった様子の修道女が、目をこすりながら壁際にある何かに向き合っていた。
「ジル、今のは侵入者かしら?」
「たぶんそう」
大きな木箱から不格好な棒や紐が飛び出たようなその何かをいじっていたジルは、手を止めるとこちらに向き直りうなずいた。そばかすの散った色白の顔は、不愉快そうにしかめられている。
「北東の角の罠が一部壊れた。また修理しなくちゃ。ミランダ、こっちにももっと予算を回して。頑丈で強力な罠を作り直したいから」
「考えておくわ。でもほどほどにね。うっかり賊を殺してしまうと後が面倒だから」
「うん。毎日研究を重ねてるから、そこは大丈夫」
ジルは貴族の令嬢でありながら、からくりとかいう仕掛けに魅了され、どうしても研究がしたいといって親と大喧嘩をしたあげくにここにやってきた。彼女はこの部屋に住み着くと、修道院を守る仕掛けを一人で作り上げてしまったのだ。
この修道院はへき地にあるが、それでもごくまれに盗賊などがやってくることもある。ジルが来る前は数人一組で毎晩見張りをしていたのだが、今では警備の全ては彼女の担当になっていた。
そうして私たちが話している間にも、ぞくぞくとみながジルの部屋にやってきた。眠そうにしている者、目を輝かせている者など様々だ。
「ああ、眠い……こんな時間に侵入者なんて、やめて欲しいわ」
「でもちょっとわくわくしない? 最近、暴れたりなかったからちょうどいいわ」
「元気ねえ、あなた。賊が来るとその後が面倒なのよねえ……役人に引き渡すまで、適当に面倒を見なくちゃいけないし」
「ねえジル、状況はどうなの?」
ジルはあくびをかみ殺しながら、壁に張ってある見取り図を指し示した。
「外塀の北東の角、二番区画。そこの罠に反応があった。何かが引っかかったまま。多分さっきの叫び声の主」
「さっきの叫び声って、若い男だったと思うのよね。美形かしら」
「ちょっと、見境なく男に手を出すんじゃないわよ」
「見境ならあるわよ。他人のものには手を出さないことにしてるもの」
「はい、お喋りしない。罠が本格的に壊される前に、東西から分かれて二番区画に向かって。途中の罠に引っかからないように気をつけて。玄関の守りも忘れないで、あそこだけは罠がないから」
ジルはまた謎の木箱をいじりながら、てきぱきとみなに指示を与えていた。こと警備に関しては、彼女の指示が最優先だ。
「ええ、分かったわ。みんな、行くわよ」
彼女そう答えると、私たちは寝間着姿のまま全員で玄関に向かい、そこの戸棚に隠してある武器を手にした。武器といっても持ちやすく加工しただけのただの木の棒だ。ここにいるのはほとんどが貴族の女性で、まともな武器を扱える者はそう多くない。
けれど私たちはそれなりに鍛えているし、普通の賊相手であれば数に任せて叩きのめすくらいは朝飯前だ。ジルによれば賊は一人だけのようだし、私たちの顔に緊張はなかった。
「賊の仲間が近くにひそんでいるかもしれないから、一応警戒は怠らないようにね」
そう声をかけて、一部を玄関の守りに残し修道院の外に出る。この修道院の周囲は一面の草原で、人が隠れられる場所はない。それでも、手にした燭台の頼りない光を包み込むような暗闇は、少しだけ恐ろしかった。
外に出た私たちは二手に分かれ、指示された場所に向かう。修道院をぐるりと囲む外塀に近づかないよう、大回りの経路をとった。外塀に近いところはジルの罠が仕掛けられているので、うかつに足を踏み入れると大変なことになるのだ。
ゆっくりと歩きながら耳を澄ませて、周囲の様子をうかがう。さすがのみんなも、この時ばかりは無言だった。
やがて行く手に、何かうごめくものがうっすらと見え始めた。鼓動が激しくなっていく。燭台を前に突き出し、それが何かを見定めた。
目的の場所にたどり着いた私たちの目の前にいたのは、罠に引っかかって逆さづりになっている若い男性だった。
太い縄にぐるぐる巻きにされた彼は、私たちに気づくと首をぎこちなく動かし、こちらを見つめた。燭台の光を反射したその目には、はっきりとした憎しみの色が浮かび上がっていた。




