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12.令嬢改造計画

 グレースの望みを聞き出せた次の日、私たちはいつものように食堂に集まっていた。しっかりと背筋を伸ばして神妙な面持ちで座るグレースに、現状とこれからの方針を告げていく。


「まずはケネスの好みだけど、これははっきりしていたわ。彼はか弱い女性、思わず守ってやりたくなるような女性が好みのようなの」


 先だってここに滞在していたドロシーなど、まさにケネスの好みのど真ん中だっただろう。そうすると、ドロシーとはまるで違っているグレースは、少々、いやかなり厳しい。


 彼女もそれは自覚しているようで、上品に取りつくろった表情がわずかに崩れていた。ほんの少し悲しそうな目をして、わずかに唇をかむ。


「それで、考えたのだけど……今からグレースがそういう弱々しい女の子になるのはかなり難しいし、絶対にどこかでぼろが出るわ」


 グレースが膝の上に置いた手を強く握りしめ、うつむいた。みなの心配そうな目が彼女に注がれる。それと同時に、非難するような目がこちらを見た。誰かが告げなくてはならない真実を嫌々口にしただけでにらまれるだなんて、取りまとめ役も楽ではない。


「でも、グレースだってちゃんと可愛らしいところはあるのだし、それをきちんとケネスの前で見せられるようになればいいんじゃないかと、私はそう思うの」


「あの、具体的にはどういったものでしょうか……?」


 グレースが上目遣いにこちらを見ながら、おずおずと口を開く。途方に暮れているような声音だ。私はあえて自信たっぷりに答えることにした。


「あなた、私と話している時はとても可愛らしいのよね。よく笑うし、すぐに赤くなるし……あの純粋な感じを前面に押し出せれば、それで問題ないと思うのだけど」


 この言葉に対する周囲の反応は「賛成」「同感」「ミランダさんだけグレースの可愛いところを見られていいなあ」というものだった。どうやらグレースが心を開いているのは、今のところ私だけらしい。


「……もしかしてこれって、私がつきっきりで指導しなくちゃいけないのかしら?」


 そんな可能性に行き当たり、首をかしげる。グレース以外の全員が大きくうなずき、一斉に相談を始めてしまう。


「じゃあ、グレースはミランダに任せて、私たちはケネスの方を何とかしましょう」


「さっきの噂を流す以外にも、できることがありそうですしね」


「彼の男友達にかけあって、彼をたしなめてもらうのはどうかしら」


「やってみる価値はありそうね」


 そんなことを楽しげに話し合いながら、あっという間にみな食堂を出ていってしまった。後には私とグレースだけが残されている。


「……ひとまず、場所を変えましょうか」


「そうですね」


 この問題の中心人物である筈のグレースは、一番事態についていけていない顔で立ち上がった。






 二人一緒に私の部屋に戻り、向かい合って腰かける。そのまま前のめりになりグレースの顔をまじまじと見つめると、彼女は居心地悪そうに目をそらし、ほんのりと赤くなった。その様子を見て、確信する。


「ええ、やはりこの感じでいくのが正解ね。……ねえグレース、一度私をケネスだと思って振る舞ってみてくれないかしら」


「ミランダさんが、ケネス様、ですか……」


 それはちょっとした思い付きでしかなかったが、試してみる価値はあるように思えた。彼女がケネスの前でどのように振る舞っているのか、興味があったのだ。


「そう。前にあなた、私がケネスと似ているっていったでしょう? その感じを思い出してみて」


 私が見つめていると、グレースはしばらく考えた後、小さく息を吐いた。背筋を伸ばし、目を伏せる。模範的な淑女がそこには座っていた。


「グレース、それが普段ケネスと会っているときの姿なのかな?」


 とっさに口調と声音を男らしく変え、もう一度彼女の顔をのぞきこむ。彼女は澄ました顔のまま、ゆっくりとうなずいた。


「どうか、君の素敵な笑顔を見せてくれないか。私は君の笑顔が好きなんだよ」


 本気で口説くつもりで、ひときわ甘くささやいてみた。しかしグレースは慎重に、ゆっくりと笑顔を作ってみせる。それは今までに見た可愛らしい笑顔とは全く違う、しとやかなものだった。


 よく見ると彼女の頬はわずかに赤く染まっているので、照れているのは間違いない。しかし、ぱっと見ではそんなことは全く分からない。彼女の自然な笑顔を見慣れた私だからどうにか分かる、その程度の変化でしかなかった。


 これは結構手こずるかもしれない。一つ咳ばらいをして、いつもの口調に戻す。


「……もういいわ、グレース。あなたは本当に、淑女の鑑なのね」


 そう言われたグレースがほんの少し口をとがらせた。さっきの完璧に制御された表情とは大違いだ。どうも彼女は、私の前だと年相応なところを見せているような気がする。


「褒められている気がしません。ミランダさん、私が淑女であることはいけないことなのでしょうか」


「そう……かもね。ねえ、あなたが厳しくしつけられてきたのは分かるのよ。いい親御さんを持ったのね。でも、その淑女の仮面をちょっとだけ、外すことはできないのかしら?」


 さっきのやり取りで何となく分かった。グレースは己を律することに長けている。いや、長けていすぎるのだ。そのせいで意中の殿方の前でも必要以上に淑女らしく振る舞ってしまい、結果としてケネスを捕まえられないでいる。


「外し方、ですか……分かりません」


「でもあなた、私の前ではとても魅力的に振る舞えているのよ? 普段理性的な淑女が、ふとした時に見せる自然な笑顔、恥じらいの表情……そういうのが好みの殿方って、多いのよ。ケネスもおそらくはそうね」


「は、恥ずかしいことをさらっと言わないでください、ミランダさん!」


 そう言いながらも彼女はまた赤くなっている。さっきの淑女っぷりを見た後だと、余計に可愛らしく思える。そうよ、これ、これなのよ。ケネスの前でこの表情ができれば、きっと状況は一気に良くなるのに。歯がゆさを覚えながら、私はさらに考え込んだ。


 そもそもなぜ彼女は、私にだけこんな可愛い姿を見せてくれるのだろう。修道院のみなも、彼女の素の表情を見ることはほとんどないらしい。たまたま私と彼女が話しているところを見た者は、みな「グレースってあんな表情もできたのね……」と驚いていた。


 彼女がここにいられるのはひと月足らず。その間に修道院の女性たち相手に素を見せる練習をして、ここを出てからは他の令嬢相手に練習を……彼女の事情を知っていて、かつ私たちとも親しいヘレナなら彼女の練習に付き合ってくれるだろうが、それだけではとても足りない。


 それにあんまり時間をかけていては、その間にケネスがよその令嬢になびいていってしまわないとも限らない。ケネスは女に甘いだけの軟弱者のようだが、それだけに海千山千の令嬢に狙われてしまってはひとたまりもないだろう。可能な限り速やかに、ケネスをグレースのとりこにしなくては。


「あ、そうだわ」


 うんうんとうなっているうちに、ちょっとした方法をひらめいた。かなり下らないし突拍子もないが、うまくいけばすぐにグレースの振る舞いを変えられるかもしれない。


 期待に満ちた目でこちらを見ていたグレースの耳にその思い付きをささやくと、彼女はその切れ長の目を思いっきり真ん丸にしていた。

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