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7.(噂の彼とご対面)

 つい先ほどまで乗っていた馬車にもう一度急いで乗り込むと、私たちはまだ状況が飲み込めていない御者に行き先を告げました。ドロシーの両親が呆けているうちに、一刻も早くここを離れなければならないのです。


「アイリーン……私、ついに言っちゃった……家を出ちゃった……」


 さっきまで見違えるほど毅然としていたドロシーは、またいつものようにおどおどとしながら赤く上気した頬を押さえています。


「うん、よく頑張ったね。あとは私たちが目的地にたどり着ければ、全部計画通りよ」


「そうね。……お父様たちが、追ってこなければいいのだけど……」


「そうなった時に備えて、ちゃんと予備の作戦も立ててあるから大丈夫。私たちを信じてよ、ドロシー」


 私が自分の胸をぱんと叩いてみせると、ドロシーは弱々しく微笑みました。こんなたおやかな彼女があれだけ強気に両親と渡り合っただなんて、確かにこの目で見たというのにまだ信じられません。


 恋は人を強くするとミランダさんは言っていたけれど、確かにその通りだ。今はもうすっかりいつも通りのドロシーを見ながら、私は一人納得していました。






 幸いにも彼女の両親が追いかけてくることもなく、私たちは目的の屋敷にたどり着くことができました。もう辺りはすっかり暗く、屋敷の明かりだけが闇夜をぼんやりと照らしていました。


「ドロシー、本当に君なのか……」


「アレックス様! ああ、お会いしたかった!」


 屋敷の玄関が開き、若い男性が勢いよく飛び出してきました。ドロシーが顔を輝かせ、その男性に駆け寄ります。


 なるほど、これが例のアレックス様か。親しげに抱き合う二人に気づかれないように、こっそりと彼を観察することにしました。彼がどんな人物か、修道院のみんなは猛烈に知りたがっていました。ここでしっかり見ておかないと、絶対に後でみんなにどやされてしまいます。


 柔らかな麦わら色の髪をした、大きな犬のような男性。それが、私が彼に抱いた第一印象でした。体格はそこまで大きくないのですが、おっとりとして優しげなたれ目と、柔らかな笑みを浮かべた口元が、どうにも大きな犬を思わせるのです。


 アレックス様はしっかりとドロシーを抱きしめたまま、私の方に笑いかけました。礼儀正しくさわやかな、好感の持てる笑みでした。なるほど、これはドロシーがべた惚れするだけのことがある。


「君が彼女の友人のアイリーンさんですね。初めまして、私がアレックスです。今日はもう遅いですし、どうか君もここに泊っていってください」


「はい、喜んでお招きにあずかります」


 久しぶりに令嬢らしく喋ろうとしたせいでうっかり舌を噛みそうになったけれど、どうにか怪しまれずに済みました。彼はドロシーの肩を抱いたまま、私を先導するように屋敷の中に入っていきます。




 これこそが、ミランダさんが打っておいた手でした。ミランダさんはこっそりアレックス様に手紙を書き、ドロシーが置かれた状況について打ち明けていたのだそうです。


 その上で、『あなたがまだ彼女を思っていてくれるのであれば、彼女を妻としたいと望むのなら、どうか彼女を受け入れてはもらえませんか』と頼んだのだと、ミランダさんは言っていました。


 アレックス様からの返事は『もちろんです。何よりも大切なドロシーを守り、愛することが許されるのなら私はどんなことでもいたします』でした。大変潔く男らしい返事です。


 だから私たちはドロシーの両親とわざと口げんかになり、「ここから出ていけ」という一言を引き出そうとしたのです。ドロシーが親をうまく誘導できないようなら、私が口を出すつもりでした。


 そうやって堂々と家を出て、アレックス様のところに転がり込む。これが私たちの作戦の第一歩でした。ここまでは上々と、私ははしたなくもほくそ笑んでいました。




 アレックス様に案内されて通された客室で私は一人、寝台に長々と寝転がりました。ずっと馬車に乗っていたせいで、体がすっかりこわばっていたのです。


 そうしている間もずっと、さっきの二人の姿が頭に浮かんでいました。修道院にいた頃、しょっちゅうドロシーはのろけていたものです。アレックス様はとても素敵なの、アレックス様はとても優しいの、アレックス様は本当に私のことを思ってくれているの、等々。


 正直耳にたこができそうだったけど、そうやってアレックス様のことを話しているときのドロシーは、それはもう幸せそうだったのです。見ているこっちまで、思わず笑顔になってしまうほどに。


 それだけ思う相手を見つけられた彼女をうらやましく思っていたし、実際に会った彼女の想い人は、話で聞いていたものよりずっと魅力的に見えました。


 ちょっとだけ、家に戻りたくなりました。おてんばを改めて淑女としての振る舞いを身につければ、きっと両親も私のことを許してくれると思うんです。そうして社交界にデビューして、素敵な殿方と……。


 他愛のない想像が妄想に変わり始めたその時、部屋の扉がこつこつと控えめに叩かれ、ドロシーが顔を見せました。


「アイリーン、今いいかな?」


「うん。入って」


 ぴょこんと身を起こすと、まだ幸福そうに笑ったままのドロシーが近づいてきました。寝台の端に腰かけ、こちらを見てきます。


「アレックス様に今までのことをお話ししてきたの。私は家を出てしまったし、もう貴族の令嬢ではないけれど、彼は私を妻としてくださるって」


「彼がちゃんと約束を守ってくれる殿方で良かった。だったら、あとは……」


 私は斜め上に目線を走らせ、作戦の残りの工程を思い出していました。これで愛する二人は結ばれます。でもあと一つだけ、片づけておいた方がいいものがありました。


 私たちがでしゃばらなくてもいずれアレックス様が何とかしてくれるかもしれませんが、ちゃんと結末を見届けずに修道院に帰ってしまえば、きっと後悔します。色々な意味で。


「ドロシー、私も数日ここに滞在したいから、アレックス様にお願いしてもらえないかな」


「あ、そのことなんだけど」


 ドロシーが身を乗り出し、こちらに顔を近づけてきました。


「アレックス様が、好きなだけここにいて良いっておっしゃってたの。あなたは私の大切な友達なのだから、って」


「私の身の上とかを聞こうともせず、ここにおいてくれるなんて……アレックス様って、太っ腹なのね」


「ええ、そうなの。アレックス様は素敵な方よ」


 頬を赤らめるドロシーに、またうらやましいという気持ちが湧き上がってきました。どうして私には彼のような素敵な幼馴染がいなかったんだろう。ドロシー、いいなあ。

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