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6.(幸せをつかむために)

 バーナードのてん末が語られてから半月後、私、アイリーンはドロシーと一緒に彼女の屋敷に向かっていました。


 久しぶりに着る令嬢のドレスはあきれるほど堅苦しくて、ちょっとうんざりしています。別に太ったとかそういうことはないので、おそらく慣れの問題なのでしょう。馬車の中で窮屈そうに身じろぎする私に、向かいに座ったドロシーは困ったような目を向けてきています。


「アイリーン、大丈夫……? ごめんね、私がついてきてって言ったから」


「いいの、気にしないで。私だって、ちゃんと最後まで見届けたかったし。それに、私がついていった方が作戦上都合がいいだろうって、みんなそう言ってたでしょ」




 バーナードが跡継ぎの座を下ろされてすぐ、ドロシーの両親は彼女を呼び戻しました。彼との婚約はこちらから破棄した、新しい婚約者を見つけてやるからすぐに帰ってこい、と言って。


 その偉そうな物言いに私たちはみな苛立ちましたが、ドロシーは苦しそうに唇をかみしめていました。このまま家に戻れば、彼女はきっと別の男のもとに嫁がされてしまいます。愛するアレックスと結ばれることはできないでしょう。


 私たちは顔を寄せ合い、ドロシーを中心にして話し合いました。この状況をどう覆すのかを。


 そんな私たちを見渡すと、ミランダさんが不敵な笑みを浮かべ腕を組みました。女の私でも憧れずにはいられない形の良い胸が軽く突き出されています。


「こうなることを予想して、一つ手を打っておいたわ。あとはあなた次第よ、ドロシー」


「私、ですか……?」


「そう、あなた。ここまでは私たちがどうにかしてあげられたけれど、最後の一手はあなたが打つしかない。幸せは、自分の手でつかみ取るもの。そうでしょう?」


 ミランダさんの言葉に、おろおろしていたドロシーがはっと顔を上げました。口を固く結んだまま、小さくうなずいています。


「ふふ、恋は人を強くするのね。それじゃあ、私の考えを教えてあげる」


 はっとするほど可愛らしく笑いながらミランダさんが語った内容に、私たちは聞き入っていました。






 そうして今、ドロシーは親の言いつけ通り家に向かっています。私は彼女に頼まれたということもあって、彼女と一緒に行くことになりました。名目上私は、彼女の友人である令嬢ということになっています。


 いえ、私と彼女とは友人ですし、私が令嬢であることも間違ってはいません。実は私、これでもれっきとした子爵家の令嬢なのです。


 子供の頃からおてんばが過ぎた私は、毎日毎日叱られ続けていました。それでも治らない私の振る舞いに業を煮やした両親は、それは厳しい家庭教師をつけました。そのことに腹を立てた私は、屋敷全体に大掛かりないたずらをしかけ、うっぷんを晴らしてしまったのです。


 両親は激怒し、私をこの修道院に放り込みました。ここで頭を冷やして行いを改めるならばよし、そうでないならもう戻ってくるなということなのでしょう。


 あの頃は私も反抗期でしたし、大人げない行いをしたものだとは思っています。でもいたずら程度で修道院送りというのもひどいと思います。


 馬車の旅の暇つぶしになればとそんな過去を語っていると、ドロシーがわずかに身を乗り出してきました。


「いたずらって、いったい何をしたの?」


 そう言いながら首をかしげるドロシーはとても可愛らしいもののように思えました。ミランダさんが誇り高く咲き誇る薔薇の花なら、彼女は野に咲く可憐なヒナギクでしょう。


 そんな脱線したことを考えながら、私は彼女の問いに答えました。


「屋敷中のクローゼットにカエルを放り込んだのよ。両親の部屋から物置まで、まんべんなく」


「カエル……」


「近所の川にたくさんいたのよ。すぐにバケツ一杯集まるくらい。可愛いよ?」


「かわいい……のかな……?」


 ドロシーは微妙な表情になって黙ってしまいました。やはり彼女も、この気持ちを共有してはくれないようです。可愛いのに。


 困ったように眉間にしわを寄せていたドロシーは、すぐにいつも通りのふんわりとした笑顔を浮かべました。自分に言い聞かせているように、小さくつぶやいています。


「うん、カエルが好きでも……いたずら好きでも、あなたは私の大切な友達ね。それは間違いないわ」


「ありがとう、ドロシー」


 何とも言えない微妙な空気を追いやるように、私たちは手を取り合いました。窓の外には、遠く彼女の屋敷が小さく見え始めていました。






 彼女の屋敷につくと、気難しそうな父親と気弱そうな母親が私たちを出迎えました。ドロシーは母親似のようです。


 私が自己紹介を終えるやいなや、ドロシーの父親が口をへの字の形にして言い放ちました。


「ドロシー、早速だがお前には別の相手と婚約してもらう。これからお前を連れて、相手のところに打診に向かうぞ」


 そうして彼が告げた名前は、アレックス様のものではありませんでした。ドロシーが青ざめ、一歩後ろに下がります。そっと彼女を見やると、震えながらも力強くうなずき返してきました。


「いいえ、お父様。私はその方のもとには参りません」


「何を言うの、ドロシー。相手の方はとっても立派なお家の方ですし、そこでならあなたも幸せになれるのですよ」


 こちらも小さく震えながら、ドロシーの母親が彼女をたしなめました。この母親もまた、父親と同じような価値観の持ち主なのでしょう。ドロシーと似ているのは見た目だけのようです。


「お母様、私の幸せを願ってくれているのは分かります。けれど私は……アレックス様以外の方に嫁ぎたくはないのです」


「はっ、アレックスか!」


 父親が吐き捨てました。かつてアレックス様の求婚を手ひどくはねつけたというだけあって、彼のことをよく思っていないのが丸分かりです。


「あんな継ぐ家すらない男に、価値などない」


 そんなことを平然と言ってのける父親の方がよほどろくでなしだと思います。私はうっかり彼に食って掛からないように、必死で無表情を保ちました。


 もう一度ドロシーがこちらを見ます。頑張って、と声には出さずにうなずきました。その思いは彼女に伝わったようで、彼女は父親に向き直りました。それはもう、懸命に。


「それでも、私の幸せは彼とともにあることです。他の方に嫁ぐくらいなら、命を絶った方がましです」


 今までずっと、ドロシーは親に逆らうことはなかったのでしょう。そんな彼女の初めての反抗に、父親は衝撃を受けたようでしたが、すぐにものすごいしかめ面を作って言い放ちました。


「ドロシー、親に逆らうなどと、私はお前をそんな親不孝者に育てた覚えはない! 私のすることに文句があるのなら、今すぐにここを出ていけ!」


 きっとこう言えばドロシーが折れると、父親はそう思っているようでした。今までの彼女ならそうでしょう。けれど今のドロシーは一人ではありません。私たち、あの修道院のみんながついているのです。


 次の一言を口にすることは、彼女にとってはとても恐ろしいことだったでしょう。けれど彼女は震えながらもまっすぐに両親を見据え、落ち着いた声で答えました。


「はい。お父様、お母様、今までありがとうございました。もう会うこともないでしょうが、どうかお元気で」


 淑女のお手本のように優雅に礼をしてきびすを返す彼女に、私も無言で続きました。そっと彼女の両親の様子をうかがうと、二人ともぽかんと口を開け、呆然と立ち尽くしていました。

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