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5.暗躍する女たち

 ドロシーが部屋を出ていくのを見届けると、私はすぐに行動を開始した。机に向かい、一通の手紙をしたためる。


 慎重に封をしたそれを手に、修道院の塔に向かっていった。長い階段を上り続けると、やがて一つの部屋にたどり着く。


「どなたですか? ……ああ、ミランダさん、今日はどんな御用でしょう?」


 ノックをしたとたん扉が開き、まだ幼さを残した少女が顔を出す。彼女がまとっているのは修道服ではなく、ごく普通の平民のような服だった。


「この手紙を出して欲しいの。ユスト伯爵家まで」


「はい、承りました。ばあちゃん、仕事だよ。ユスト伯爵家までだって」


 うやうやしく話していた少女はくるりと振り返ると、部屋の奥からしわがれた声が返ってきた。部屋の奥、窓辺の椅子に腰かけた老婆が、窓枠に止まった鳥たちに餌をやりながらこちらに会釈する。


「おや、ミランダ様。このところせわしないようですねえ。何か、面白いことでもたくらんでいるんですか?」


 少女と同じような服装をした老婆は、修道女たちと同じような楽しげな目をして笑った。




 この老婆と少女は、厳密には私たちとは違う。様々な理由から修道院に送られた私たちとは違い、彼女たちは仕事としてここにいる。


 彼女たちは鳥を調教し、手紙を運ばせることをなりわいとしている伝書士だ。普通なら大きな貴族の屋敷ぐらいでしか見かけないこの伝書士がこんなところに住んでいるのにも、色々と訳があった。


 私たちはほとんど修道院の外には出ないので、手紙は重要な情報源だ。食料などを運んでくる商人に手紙をたくすこともあるが、急ぎの時など、どうしてもそれだけでは不自由することも多かったのだ。


 だから私たちは持てる限りのつてをたどって、伝書士を自前で雇うことにしたのだ。修道院の予算は潤沢にあったし、それくらいの余裕は十分にあった。


 伝書士を雇う時につけた条件は二つ、女性であること、噂話が好きであること。ここは人里から離れているし、ろくな娯楽がない。噂話が好きな女性であれば、ここでも私たちと一緒に楽しめるのではないかと、そう考えたのだ。


 そうしてやってきたのがこの二人だ。伝書士の老婆と、見習いの孫娘。二人は思った以上に、修道女たちとなじんでしまっていた。




 足の悪い老婆の代わりに、少女が私の差し出した手紙を受け取る。祖母のもとに手紙を運ぶ少女の背中を見ながら、私は老婆に答えた。


「ええ、新入りの困りごとを解決しようとしてるところなの」


「新入りって、ドロシーさんですね? 意に染まぬ婚約に苦しめられているっていう」


 顔だけをこちらに向けた少女が目を輝かせている。老婆はそんな孫娘をたしなめつつも、その目は同じように輝いていた。よく似た顔をこちらに向けて笑っている二人に、力強くうなずき返す。


「そうよ。そしてその問題を解決するには、あなたたちの力が必要なの。よろしく頼むわね」


「はい、任されました! ……私も一人前の伝書士だったら、もっとお手伝いできたのになあ」


「あんたにはまだ早いよ。しっかり私の仕事を見て覚えるんだね」


「ばあちゃん、厳しいんだよね」


「厳しくしなけりゃ一人前にはなれないだろうが。ほら、手が止まってるよ」


 二人はそんな風に仲良く言い合いながらも、てきぱきと手紙を出す準備を整えている。息の合ったその様子を見ながら、私は少しうらやましく思っていた。


 私は夫に捨てられてここに来た。私には子供はいない。私があんな風に、孫と親しく語り合う未来はやってこない。


 珍しくも目頭が熱くなるような感触を覚えながら、二人に手紙をたくして私はまた塔を降りていった。






 これで今のところ、私にできることはない。次に動くのは、ユスト伯爵家からの返事が来てからだ。


 そう思いながらいつも通りに過ごしていたところ、二日ほどして数名の修道女たちが私の部屋を訪ねてきた。バーナードの方を任せていた面々だ。全員、満足げに笑顔を見合わせている。


 彼女たちから大まかな話を聞いた私は、すぐさま全員を食堂に集めた。これから臨時の報告会だ。


 大体何が語られるのか見当がついているみなは楽しそうに笑っていたが、ドロシーは訳が分かっていないらしくきょろきょろと辺りを見渡している。その隣でアイリーンが、彼女を落ち着かせようとしているのか小声で何か話しかけていた。


 私は食堂の壁際に立ち、みなを見渡して口を開く。


「バーナードの件だけれど、無事にかたがついたらしいわ」


 そう言ったとたん、食堂に歓声が満ちた。直接今回の件に関わらなかった者たちも、ドロシーとバーナードのことはずっと気にしていたらしい。予想を超える盛り上がりだった。


 大騒ぎが収まるまでしばらく待ち、食堂の入り口に向かって手招きをする。今回の件を担当した数名の修道女が、胸を張って誇らしげに近づいてきた。一列になって歩きながら、得意げに説明を始めている。


「私たち、バーナードが尊大で傲慢な、それはもう嫌な男だって情報をつかんでたんです」


「使用人はひどくこきつかうし、気まぐれに領民をいたぶるし。最低ですよね」


「彼の父にして現当主はバーナードの行いを知っていたのに、息子可愛さで目をつぶっていたのよ。こっちも最低ね」


 彼女たちが口々に状況を説明すると、そうだそうだ、という合いの手が周囲から飛ぶ。


「だから私たち、彼らの一族で一番怖い前当主に、彼がしたことを丸ごと暴露してやったんです」


「ついでに『バーナード様が後継ぎだなんて、恥ずかしくてとても周囲に顔向けができません。弟のセシル様の方がよっぽどふさわしい』って吹き込んでおきました」


「といっても、実際に前当主に会ったのは私たちじゃないんだけどね」


 彼女たちの話をまとめるとこうだ。彼女たちは、バーナードの妹であるエリーの家庭教師と面識があったのだ。というより、彼女たちの一人がその家庭教師と昔から親しくしていたのだ。そのつてを使い、彼女たちはエリーを作戦に巻き込んだ。


 エリーは尊大なバーナードを毛嫌いしており、優しく賢い下の兄セシルを敬愛していた。だから彼女は、バーナードを引きずり下ろすこの作戦に一も二もなく乗ったのだ。


 彼女たちは家庭教師を通じて必要な証拠をエリーに提供し、そしてエリーは前当主にその証拠を提示した。


 当主の座を息子に譲ったとはいえ未だに一族で一番強い権力をもつ前当主は、すぐに跡継ぎをセシルにすることを決めたのだと、そうエリーは手紙で報告していた。慈愛に満ち他者に慕われる人望を備える者こそが優れた人物であるという最近の風潮が、彼の判断をうまい具合に後押ししてくれたようだった。


「エリー様は、私たちに感謝してくれてました。おかげであの嫌な兄を遠ざけることができました、ありがとうございますって」


「バーナード様は跡継ぎの座を追われ、怖くて厳しい祖父の下で性根を叩き直されるみたいね。いい気味」


「お前のような出来損ないの不届き者には結婚などまだまだ早い、相手のお嬢さんのためにも、婚約はいったん白紙に戻すぞって、前当主はおっしゃってたみたいですよ」


「エリー様がばっちり盗み聞きしてくれました」


 その言葉に、みながいっせいにドロシーを見た。彼女はまだ信じられないといった顔でぽかんとしていたが、少しずつその目に強い光がともっていく。


「……みなさま、ありがとうございました。私……これでやっと、バーナード様から解放されるんですね」


 隣のアイリーンに肩を支えられながら、ドロシーは感慨深げに口を閉ざし、そのまま立ちつくしていた。

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