3.修道女たちの作戦会議
「それで、まずは作戦を立てたいのだけれど」
ドロシーを取り囲んでの大騒ぎが一段落ついたところで、私はみなをぐるりと見渡して口を開いた。全員真剣な顔でこちらを見ている。
「その前に、あなたの意思を確認しておきたいの。ドロシー、あなたが何を望んでいるのか教えてもらえないかしら」
いきなり話を振られたドロシーが目を見開き、きょろきょろと辺りを見渡す。どうにも小動物を思わせる仕草だ。
「私の望み……ですか?」
「そう。あなたはバーナードとの婚約を破棄できれば、それでいいの? それとも、さらに何かを望むの?」
「何かって、ええっと……」
「例えば、今まであなたに辛く当たっていたバーナードをぎゃふんと言わせてやりたいとか、そういうのよ」
口ごもるドロシーに、周囲からそんな声がかかる。それを皮切りに、外野のお喋りが始まってしまった。
「バーナードって、話に聞いただけでも最低の男じゃない。そんな男が何のおとがめもなく野放しになるだなんて、腹立たしくてしょうがないわ」
「ドロシーがうまく逃げ切っても、別の令嬢が新たな被害者になるだけでしょうしね」
「それに婚約破棄に成功したところで、ドロシーがまたとんでもない男と婚約させられちゃう可能性もあるわよね。ドロシーの親にも、ちょっとばかり問題があるみたいだし」
「言えてるわ。だったら親の方もなんとかするべきかもね」
「ドロシーを不幸にせずに親の方だけとっちめるって、どうすればいいのかしら?」
「あと、ドロシーがどうやったら幸せになれるかも考えなきゃ。ずっとここで暮らしてもいいんだけど」
「どうせなら、やっぱり新しい愛を見つけて欲しいところよね。ヘレナの時みたいに」
「ねえドロシー、他に好きな人とかいないの?」
「あ、あの、えっと」
「はい、そこまで」
大きく手をぱんと打ち合わせて、止まらなくなっていたお喋りを強制的に打ち切る。
「ひとまず今日はここでお開きにしましょう。アイリーン、ドロシーを部屋に案内してあげて」
「分かりました。ドロシー、今日からあなたと相部屋になるアイリーンよ。これからよろしくね」
ここの修道女の中ではかなり若い方で、かつ抜きんでて人懐っこいアイリーンがドロシーに笑いかける。ドロシーは気が弱く寂しがりやだという情報を事前につかんでいたので、アイリーンであれば彼女のいい友達になってくれるのではないかとみんなで考えたのだ。
問題を解決するために、今後ドロシーから色々なことを聞き出す必要が出てくるだろう。そんな時に彼女に友達がいれば、より聞き出すのが容易になるに違いない。そんな計算も働いていた。
ただそれ以上に、私たちはドロシーに楽しく過ごして欲しかったのだ。
ここは追放された女たちの楽園だ。彼女は追放された訳ではないが、それでも虐げられた女であることに違いはない。だったら彼女にも、ここで幸せに過ごす資格がある。引っ込み思案な彼女とアイリーンを引き合わせてやればその助けになるかもしれないと、そう思っているのだ。
元気よく食堂を出ていくアイリーンの後ろを、ドロシーがおずおずとついていく。最初の時の暗さはやや薄れ、ほんの少し足取りも軽くなっているように見えた。
ドロシーたちが出ていくのを見届けた後も、私たちはしばらく黙ったままでいた。
「そろそろ二人とも、部屋に戻った頃かしらね」
私が静かに口を開くと、その場の全員が一斉にこちらを見た。興味津々といった様子で、次の言葉を待っている。
全員に言い聞かせるように、私は状況をまとめ始めた。
「まず私たちがすべきことは、ドロシーとバーナードとの婚約を破棄に導くこと。バーナードについての弱みは握ってあるわね?」
「もちろんよ、ミランダ」
「証拠もしっかり見つけてあるわよ」
ドロシーが来る前に情報をまとめていた二人が、声をそろえて楽しげに答えた。しかし次の瞬間二人は眉をひそめると、てんでに言い立て始めた。
「でも、ただ別れさせるだけじゃ面白くないわ。バーナードには、きっちりと報いを受けて欲しいところよね」
「それに、理由もなく婚約を破棄されたなんてことになったらドロシーに傷がついちゃうでしょう?」
勢いよく喋る二人に引き込まれるように、みなが無言で身を乗りだす。
「だから、私たち二人でいい方法を考えたの。こないだのユスト伯爵家の報告を聞いて思いついたんだけどね。みんな、聞いてくれる?」
二人がにやりと笑い、声をひそめた。たちまちその場の全員が二人を取り囲み、秘密の話し合いが始まる。私も首を突っこんで、話の成り行きを見守った。二人の立てた案に、他の誰かが意見を述べ、少しずつ内容が修正されていく。
私が口を挟むまでもなく、あっという間に愉快な計画ができあがってしまった。一つの悪だくみ、もとい計画を完成させたことで満足げなみなを見渡す。
「……バーナードの方はそれでいいわね。あとは、婚約破棄した後のドロシーの身の振り方だけど」
そう言ったとたん、全員がぴたりと口をつぐんだ。どうやらこちらについては、誰も良い案を持っていないらしい。まあ、それも仕方がないだろう。
「結局、彼女がどうしたいのか聞けなかったわね」
「さすがに焦りすぎたかしら。ヘレナの時はすぐに事情を話してくれたから、つい同じように接してしまったのよね。失敗したわ」
そんなささやきが流れる中、私は話を締めくくることにした。彼女たちの言う通り、ドロシーの意思がはっきりしないことにはこれ以上動けない。
「そこはアイリーンに任せましょう。どのみち、バーナードの方の計画を実行するのに時間がかかるから、そちらの準備をしながらゆっくり聞き出せばいいわ」
全員が私をまっすぐに見て、一斉にうなずいた。普段はてんで気ままに過ごしているみなだが、いざという時の団結力はすさまじい。今、その実力が発揮されようとしていた。
「まずは手はず通り、バーナードの方の準備を進めましょう。少なくともそれだけは、成し遂げなければならないのだから」
「そうね、ドロシーのために!」
「ドロシーのために!」
暴走しないか少々心配になるほど、みなは張り切っていた。しかしそんな彼女たちを私は笑えなかった。私も久々の大仕事に、少しばかり心が躍っていたのだから。




