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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
第二章【街で暴れるドワーフ娘との対決】
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四話【ペトラのトラウマ】

挿絵(By みてみん)

「お……お父ちゃん……お母ちゃん……」


 今は僕の腹の下でうずくまっているペトラが幼児のようにすすり泣いていた。

 ハーフとは言え、彼女はドワーフ。これまでの短いやり取りの中でも、ドワーフ特有の自信家気質は伝わってきた。他人に見下されたり、侮られたりすることを極端に嫌う種族だ。人前で泣くなんてあり得ないことのはず。

 それなのに彼女は、競争相手であり、そりが合わないはずのハーフエルフの僕の前で泣いている。


「ペ、ペトラ……」意を決して話しかける。「落ち着くんだ。魔物は岩の外で待ち構えているけれど、逆に言えば今のままなら向こうから襲ってくる確率は低い」


 ロックサーペントは最初の奇襲に失敗した場合、今回のように獲物を落盤に巻き込んで、慌てて飛び出してきたところを丸呑みにする傾向がある。

 文字通り八方ふさがりになり、完全に相手のペースに陥っているが、この状況を切り抜けるための策を考える時間が出来た。


 しかし、どんな策を考えるにしてもペトラの力が必要だ。僕の持てる知識を披露して彼女を安心させようとするが……。


「暗いよぉ……怖いよぉ……」


 僕の言葉を聞かず、震えながら同じ言葉を繰り返している。

 それにしても、まさか彼女は()()なのだろうか? ドワーフの血が流れていて、そんなことがあり得るのか?

 しかし、今は一刻を争う。岩の下で体力が失われる前に、僕は彼女に確認しなければならなかった。


「ペトラ。まさか君は()()()()()なのか?」


 暗くて見えないが、彼女の体から伝わってくる動きで、首を縦に振ったように感じた。


「ち……ちっちゃい頃、落盤事故に巻き込まれて……閉じ込められて、暗くて……全然助けが来なくて……怖くて……怖くて……」


 そう言うことだったのか。

 僕の血液恐怖症もそうだが、恐怖症は過去のトラウマが原因になっていることがある。彼女も小さい頃、生き埋めと言う恐ろしい恐怖を体験したんだ。そうでもなければ、地下に王国を築くドワーフの一族が閉所恐怖症になるなんておかしい。


 ふと、競争を始める際の彼女の姿を思い出した。指輪が洞窟の奥にあると聞いて、彼女は動揺していなかったか。あれは閉所恐怖症ゆえの動揺だったんだ。

 僕は気付かなかった――いや、気付こうとしなかった。彼女の動揺を見て「この勝負は僕に有利そうだ」と思い、深く考えようとしなかった。そしてこのありさまだ。

 僕が騎士ギルドにこだわったのは、魔物の恐怖から人々を守るため。それなのに、彼女のトラウマを呼び起こす場所に誘導してしまうなんて――自己嫌悪に体が一層重く感じる。


「ごめん、ペトラ。辛いことを思い出させちゃったね」


 頭の一つも撫でて落ち着かせてやりたいが、四つん這いに近い今の体勢では無理そうだ。

 今の僕がやるべきは頭を撫でることではなく、彼女のため、贖罪のため、待ち構える魔物を倒すこと!


 頭をフル回転させる。僕の武器はイガグリの針だが、ロックサーペントの岩のように硬い鱗には刺さらない。ペトラが持っていたランタンは落石で潰された。

 残された道具は、僕が指輪探しのために置いたランタンと、彼女のハンマーだ。どちらもロックサーペントの背後にあり、拾うためには大きな隙を作る必要がある。

 戦わずに逃げる選択肢も考えた。しかし森に続く道も背後にある。この状態のペトラを連れて、たった一個のランタンで逃げ切るのは難しいだろう。


 やはり戦うしかないのか……覚悟を決めて改めて岩の隙間から目を凝らすと、僕のランタンの近くに緑色に光るものがあった。

 まさか、こんな洞窟の奥に()()が? もしも僕の考え通りなら、この状況を打破することが出来るかもしれない。


「ペトラ、よく聞いてくれ」

「うぅ……なあに……?」

「僕らがこの場所から出るためには、どうしても目の前の魔物を倒さないといけないらしい。そのためにはペトラ、君の力が必要なんだ。僕だけじゃ、落石から脱出した直後に丸呑みにされておしまいだ」

「ここから……出られるの?」

「ああ、そうだ。だから、少しでいいから僕に力を貸して欲しい。約束するよ。今から僕が言うことを聞いてくれれば、十秒でこの狭苦しい空間を明るく照らして見せる」


 僕は彼女の返答を待った。落石の重みで体中が痛くて仕方ないが、これ以上彼女を不安になどさせられない。


「……一つだけ」鼻をすすりながらペトラが声を絞り出した。「一つだけ条件があるわ」

「条件?」

「……わだすが泣いてたこと、誰にも言わないで」


 まさか、こんな状況でもプライドを優先してくるとは思わなかった。しかしこれは、彼女が戦う意思を見せてくれたと言うことだ。

 僕は苦笑するのをこらえながら、優しく答えた。


「ああ、もちろんだよ」


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