二話【ファーレン対ペトラ】
「ハ、ハーフドワーフ……」
「ハ、ハーフエルフ……」
希少な種族の邂逅に、互いに驚愕する。周囲で見守る市民たちもにわかに騒ぎ始めている。
エルフは辺境の島に、ドワーフは山岳地帯の地下にそれぞれ王国を築き、この世界の大半を占めるヒューマンの国との国交は乏しい。なぜなら、自然を愛するエルフは土地の開拓を進めるヒューマンとそりが合わず、ドワーフは得てして自信過剰な面がありコミュニケーションがとりづらいからだ。
だから、街中でエルフやドワーフを見ることはめったに無い。当然、ヒューマンとの混血であるハーフエルフ・ハーフドワーフはそれ以上に希少だ。おそらく、世界中を探しても数百人程度だろう。
しかし、この際種族の違いは関係ない。エルフだろうがドワーフだろうが、人間である以上は街のルールに従わなければならない。
「まず、君の名前を教えてくれないか?」
「わだすはペトラ!」
「よし、ペトラ。他の街でも注意されたと思うけど、その街で商売をするには必ず申請して許可を得なければならない。ヒューゲルに来たばかりの君に許可は下りていないはずだ。仮に許可を得たとしても、市民を怯えさせるような商売は止めてもらいたい」
「そんな話知らないわよ! それに、大きな声を出さないと誰も集まってこないじゃない!」
まさか、許可が必要なことを知らない上に、誰も注意しなかったのか……。巨大なハンマーを振り回す相手に怯える気持ちは分かるが、これは市民側にも問題があるな。
ペトラと名乗った鎧の少女は僕を見上げながらずっと睨んでいる。ドワーフ譲りの頑固な性格を受け継いでいるとなると、この子を納得させるのは難しい。ドワーフは自信過剰な上に、自分より下だと見なした相手は露骨に見下し、言うことを聞かない。まるで犬だ。
「ちょ、ちょっといいかな?」
無言の睨み合いを続けていると、取り巻きの市民の中から一人の男性がおずおずと歩み出た。その顔を見れば、先日のゴブリン退治を依頼した男性だと気付いた。
「どうされましたか?」
「俺が聞いた話なんだが、最近どこの騎士ギルドにも所属していない謎のハンマー使いが魔物を退治しているらしいんだ。それって、ひょっとしてお嬢ちゃんのことじゃないのか?」
僕と男性がペトラを見ると、彼女は小さな体で胸を張った。
「そうよ! だって、わだすの目標は最強のウォリアー兼鍛冶職人になることなんだから! こうやって武具を売っているのも、腕を磨くのと資金稼ぎを両立してるってわけ!」
なるほど、良い考えだ。ドワーフの怪力と鍛冶技術があれば、ヒューマンのウォリアーを遥かに超える成果を出すことも可能だろう。
しかし、一つ気になる点がある。
「どこにも所属していないって、騎士ギルドに登録していないのか?」
「登録? 何それ?」
「騎士ギルドに登録せず、個人的に魔物を狩っても報酬は出ないよ。それは戦士と言うより狩人だ。その様子だと……知らなかったみたいだな」
「う……うぐぐ……!」
騎士ギルドのシステムを作ったのはヒューマンだ。交流の少ないドワーフでは知らないのも無理は無い。
さて、世間知らずの自信家ハーフドワーフを大人しくさせるにはどうするべきか。一つの案を思いついたが、どうやってそこまで話を持っていくべきか……。
「この際、正規のウォリアーでも野良ウォリアーでもいいんだけどよ」思考する横で男性が話を続ける。「頼みたいことがあるんだ。たぶん、ウォリアーじゃないと危険だからさ」
「危険?」
ひょっとしたら、この話は渡りに船かもしれない。僕は話を促した。
「この前、あんたのギルドにゴブリン退治を依頼しただろ? あれ以降ゴブリンの姿を見なくなったんだが、話を聞けば、連中は街中からこっそり金品を盗んでいたそうじゃないか」
「はい。それについては、任務に就いたウォリアーが巣から回収して被害者に返却したはずですが」
「その通りだが、近所の奥さんが『自分の結婚指輪が無い』って言っているんだ。なるべく早く回収して欲しいって、俺にも苦情が来ているんだよ」
「それは、不備があり申し訳ございませんでした」
ウォリアーの責任はギルドの責任。代表してこの場は僕が頭を下げる。
この手のトラブルは、ゴブリンのような収集癖のある魔物退治には付き物だ。多くの場合、回収が不十分だったか、ウォリアーが懐に入れたかの二択だが、後者はウォリアー自身の信用を失う行為なので欲深い新人ぐらいしかやらない。ちなみに、今回ゴブリン退治に行った人たちは信頼のおける中堅ウォリアーだ。
となると前者の回収不足だが、この場合はもう一度巣に潜ることになる。ゴブリン退治の任に就いたウォリアーに再度依頼するのが通例だが、僕はこのトラブルを利用することに決めた。
「ペトラ。勝負しないか?」
「うん? 勝負って?」
「聞いていたと思うけど、ゴブリンの巣に盗まれた指輪が取り残されているらしい。先にその指輪を回収してきた方の勝ちって言うのはどうだ? 勝った方は負けた方の言うことを一つ聞く条件で」
「じゃあ、わだすが勝ったらここで思いっきり商売してもいい?」
「ああ、もちろん。この街の領主様に掛け合って必ず実現させよう。何なら宣伝を手伝ってあげてもいい」
「よっし! その勝負、乗った!」
こうして、おそらく世界初となるハーフエルフ対ハーフドワーフの勝負が幕を開けた。噂を聞き付けたのか耳ざとい市民たちが集まり、一部では賭けまで始まっている。
スピード勝負と言うこともあり、ペトラは全身を覆っていた鎧のほとんどを外している。もっとも、一番の重荷に違いないハンマーは手にしたままだが。
ドワーフ特有の低身長に、落ち着いた色合いの赤髪。ドワーフは男性なら髭を、女性なら髪を三つ編みにすることが多いと聞くが、ペトラの場合は前髪を三つ編みにして卵のような額を露わにしている。
「ペトラ、簡単に説明するぞ。この道をまっすぐ行くと森に入り、沢の上流に行けばゴブリンの巣になっていた洞窟がある。彼らの習性からして、一番奥に指輪が落ちている可能性が高い」
「洞窟の奥……?」
「そうだ。ドワーフなら入り慣れてるだろ?」
「も、もちろん! 武具を作るには鉱石が必要だからね!」
何か様子がおかしく感じるが、勝負を前にして興奮しているんだろうか?
公平を期すため、ペトラにはゴブリンの巣までの道と巣の構造を伝えておいた。
それでも、この勝負は僕の方が有利だ。慣れ親しんだ土地の上に、荷物はほとんど無い。力ではドワーフに敵わないが、身軽さなら遥かに上だ。
「お二人さん、準備はいいかい?」
出しゃばりな市民の一人がスタートを仕切ってくれる。僕は胸ポケットにイガグリを入れ、ペトラはハンマーの柄を両手で握る。
「それじゃ行くぜ! よーい……ドン!」