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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
最終章【忌まわしき竜を葬れ】
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十話【人間たちの爪牙】

挿絵(By みてみん)

「図に乗るなよ人間どもがッ!!」


 正面から放たれる炎のブレス。その威力は戦闘開始時と比べて弱々しいが、深度が浅くなってしまった交流魔術では防ぎきれない。


「その攻撃は見飽きたぞ!」


 しかし炎が放たれる直前、兄さんは何かをシラヌイの口に放り投げた。

 ズドンッ! それは爆発し、シラヌイの顔のシルエットを崩した。

 

「せえいっ!」

「ぬうんっ!」

 

 放たれたブレスの一部をペトラのハンマーとカルボーさんの大剣が掻き消した。熱気だけが僕らをすり抜けていく。


「兄さん、今のは!?」

「うちのギルドに所属している別のドワーフが作った手榴弾という道具だ。試作品だからなるべく使いたくなかったが、どうやら効果はあったようだ。奴のブレスと牙は弱体化したぞ!」

「しゃべってないで追い打ちをかけるわよ!」


 ペトラに怒鳴られ、口を潰されたシラヌイへ一気呵成に攻勢に出る。兄さんの剣、ペトラのハンマー、カルボーさんの大剣が交流魔術によってえぐられた傷口をさらに深くする。

 優秀な三人のウォリアーのおかげで交流魔術の負荷は小さくなった。攻撃を捨てた代わりに、三人への防御支援と指示出しに集中できる。これなら、まだ数分は魔術を行使できるだろう。

 行け! 行けっ! 行けぇっ!!

 現状の戦力と体力はおそらく五分五分。一度劣勢になれば立て直す体力も時間もない。

 もう失敗しない! こいつの息の根を止めるまでは!

 竜血の杖を両手で握り、獣のように吠えた。


* * * シラヌイ * * *


 シラヌイは生まれた直後から二つのことを理解していた。自分が最強の種族の魔物であること。そして、人間が敵であること。それはシラヌイが特別なわけではなく、ドラゴンという種族の本能だった。

 彼の個性は高い知能だった。他のドラゴンが小型のうちから積極的に人間を襲うのに対し、彼は翼が強靭になり、大量の炎を吐けるようになるまで成長を待った。その計画は成功し、シラヌイは人間だけでなく同種族からも恐れられるようになり、いつしか彼のプライドは大きく膨らんでいった。


「それなのに、なぜこのようなことになっている?」


 血を流し、火に焼かれながらも、四人の人間たちが立ち向かってくる。こいつらこそゾンビか何かの魔物ではないかと考えてしまう。

 彼らが人間の中でも強い部類ということはシラヌイも分かっていたし、だからこそ一撃一撃を相手を殺すつもりで放っている。しかし致命傷には至らず、傷を負わせれば自分も傷を負う我慢比べに陥っていた。


「しかし、この不可解な時間ももうすぐ終わりだ」


 戦局は五分五分だが、クロスボウに撃たれて痺れた翼が回復しつつあった。四人との戦いの最中で密かに翼を動かし、実際に飛べそうか試していた。飛べさえすれば上から炎を吐いて終わりだ。

 ――よし、もう飛べる! 私を見上げながら黒焦げになって死ぬがいい!

 周囲に目いっぱいの炎を吐いて四人を遠ざけ、生じた隙に乗じて翼を広げる。シラヌイの意図を察して飛び掛かった二人のエルフが風圧で足止めされる。

 バサッと一度大きく羽ばたくとふわりと体が浮く。羽ばたく度に一メートル、二メートルと高度が上がる。すぐに四人の武器が届かない高さに達した。

 もう充分だ! 逃がさんぞ! 今度こそ焼き殺して――


 ズンッ!


 炎を吐く直前、翼に激痛が走りバランスを崩す。クロスボウに撃たれた時を再現するかのようにシラヌイは落下した。

 何が起きた? 高貴なドラゴンの私が二度も地べたに這いつくばるとは!

 生涯最大の屈辱を味わわされたシラヌイの充血した目が見たのは、翼に刺さった二本の剣と、投擲直後のポーズをとる二人の人間だった。筋肉質の男と、身長の高い男。前に差し出された右手からは血がしたたり落ちていた。


「ゴルドーさん! キームさん!」


 エルフの少年が彼らの名を呼んだ。彼らに駆け寄ろうとするが、すぐに脚を止め、杖をシラヌイに向けた。


「二人が作った千載一遇のチャンスです!」


 その掛け声が合図だった。

 エルフの青年が駆け、狼狽するシラヌイの両目を切り裂いた。痛みと不意に訪れた暗闇から逃げようと、思わず胴体を起こした。

 無防備かつ比較的柔らかいシラヌイの胸に、ドワーフの男が投擲した大剣が突き刺さる。そこは交流魔術で深くえぐられた傷の一つだった。

 あふれ出した返り血を浴びながら跳躍したドワーフの少女が、大剣の柄を振りかぶったハンマーで殴る。かろうじて突き刺さっていた大剣は一気に押し込まれ、刃渡り約一メートルの分厚い刀身が見えなくなるほど深々と突き刺さった。

 シラヌイが血を吐き出す。もはや炎は吐けず、空も飛べない。逃げなければ。その一心で四本の脚を前に動かす。

 前方に目を閉じるエルフの少年が見えた。立ったまま眠っているのか、もしくは死んでいるのかと思えるほど生気が感じられない。

 そうだ。せめて、こいつだけは道連れにしなければ。私の爪で一突きすればすぐに死ぬ。

 震える前脚を持ち上げ、人間が指を差すように爪の一本を突き出す。


「――――」


 少年が何かを呟いた。聞き取れなかったが、代わりにふっと自分に影が落ちたことに気づく。

 見上げれば、巨大な岩の塊が浮いていた。言うまでもなく交流魔術の効果で、その後の展開は死に瀕したシラヌイにも容易に想像がついた。


「そうか。貴様らは、この恐怖と戦い続けていたのか」


 巨岩が落下し、シラヌイの胴体を押しつぶす。地面と岩に挟まれた大剣はさらに深く潜り込み、彼の背中を貫いて切っ先が巨岩にまで達した。その過程で刃は心臓を貫き、皮膚の中を血で満たしていく。美しい純白の体は土と血に汚れ、そこに横たわっていたのは無残な姿になり果てた一体のドラゴンの死骸だった。


「……でも、敬意を表すよ。お前は人類の敵であり、遺族たちの仇だが、一流のウォリアーたちと渡り合った最強の敵だった。俺たちはお前の雄姿も狡猾な知性も忘れない。全ては、人々を魔物の脅威から守るために」


 エルフの青年とドワーフの男は黙とうを捧げ、残る二人もそれに倣う。ドラゴンを討伐するという目標を達成した彼らに勝利の色はなく、疲労と痛みに今にも倒れそうだった。


「いや……まだ倒れるわけにはいかない」エルフの少年が杖を落とした。「全員重傷なんだ。一刻も早く治療しないと……」

「ちょ、ちょっと待てレン君! 君はまだ……」


 魔術を解いた少年はゆっくりまぶたを開いた。

 彼の目に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨な光景だった。自身の血やシラヌイの返り血を浴びて赤く染まった仲間たち。岩に潰されて血だまりを作るドラゴン。彼は体を見下ろし、自身も血にまみれていることをすぐに悟った。


「……はっ……ハハッ……アハハッ!」


 少年は引きつった笑みを浮かべると、白目をむいて卒倒した。そんな彼の姿を見て、戦士たちはようやく緊張を解いて表情を緩めた。

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