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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
最終章【忌まわしき竜を葬れ】
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八話【作戦成功】

挿絵(By みてみん)

 翌朝。野営の片づけをして定刻通りに出発する。数時間後にはシラヌイとの戦いが始まるため、ベテランのウォリアーたちにも緊張感が満ちていた。しかし誰一人怯えや不安を感じさせない顔つきなのはベテランゆえか。最も危険な戦闘を歩く僕にとって心強い。

 昨夜のアンタイの影響も大きい。ファルケでも屈指の戦闘力を誇るカルボーさんに勝利したペトラは実力を認められ、ギルドの垣根を越えて一体感が生まれた。湧き上がる力に、ついハイペースで山を登ってしまいそうだ。


「――さあ、もうすぐです」


 山頂を目前にして時刻は正午の十分前。ぴったり時間通りだ。

 空は曇りがちだが、雲の切れ間から微かに太陽が覗く。差し込む一筋の光が山頂を照らし、その場で待ち構える純白のドラゴンを照らしていた。翼を折りたたんで丸まる姿は殻を剥いた卵に似ている。


「あれが……シラヌイ?」

「そうだよ。ドラゴンを見るのは初めて?」

「うん……でも、まあ、思ったより大したことはなさそうね!」


 鎧を身に纏っての登山でも汗一つかかなかったペトラが、ぐいと袖で額を拭った。シラヌイとの距離は約百メートル。その姿は小さく見えるが、彼女は圧倒されていた。僕より血の気が多いペトラは本能的にドラゴンの危険性を察したのかもしれない。

 ハンマーの柄をぎゅっと握りしめる彼女の手に自分の手を乗せた。


「大丈夫だよ、ペトラ。僕たちが力を発揮すれば、誰一人犠牲を出さずに討伐できる。そのために作戦と準備を整えたんじゃないか」


 おもむろに背後からカルボーさんも歩み寄り、ペトラの背中を叩いた。


「儂に勝った奴が何を怯えている。ドラゴンなんぞ、火を吐いて空を飛ぶでかいトカゲと思えばいい。それでも怖いというなら、ここで儂らの帰りを待ってもいいぜ?」

「だ、誰が怖がってるって!? 見てなさいよ! シラヌイにとどめを刺すのはわだすなんだから!」

「ああ、期待してるよ。だから二人とも、もう少し静かにお願いします」


 ペトラを落ち着かせると、全員の視線が僕に向けられる。一つうなずいて応えると、僕は山道に出て堂々とシラヌイに歩み寄る。危険だからと家に置いてきたイガグリでも肩に乗ってくれていたらどれほど心強かっただろうか。

 シラヌイが首をもたげて僕を視界に捉える。巨体の下の寝床は先日よりも広範囲に整えられていた。


「こんにちは、シラヌイ」友人にするように、右手を上げて気さくに挨拶する。

「ファーレン、約束通り来たのですね。ということは、あなたの後ろには大勢の仲間が控えているのでしょう?」

「――勘違いするな。今日はおしゃべりしに来たんじゃない」


 シラヌイのペースに乗るな。逆にこちらのペースに乗ってもらう。

 人がそうするように、シラヌイは顔に皺を寄せて不快感をあらわにする。それがどうした。お前に焼き殺された人たちは苦痛と悲痛に顔を歪めていただろうに!


「作戦開始!」


 号令と同時に地面を踏みしめる。

 交信魔術の発動。シラヌイの寝床の過去の姿が暴かれる。

 正直、拍子抜けだった。以前より広範囲だが、竹槍を仕込んだ落とし穴という点は変わらない。それも自身の周囲に隙間なく仕掛ければいいのに、シラヌイに続く足場が残されている雑な造りだ。

 シラヌイの知能を過大評価していた? いや、普通のドラゴンは罠すら仕掛けない。圧倒的な膂力や炎のブレスで蹂躙するだけだ。


「ウオオォーーーーッ!」


 山を震わせる雄たけびと共に、茂みに身を隠していたウォリアーの半数が飛び出す。入れ替わるように僕は後ろに下がって彼らのサポートに回る。


「ブレス来ます!」


 シラヌイの口から漏れる黄金色の煌めきはブレスの予兆。盾で防ぐか回避しなければ即死もありえる最も危険な攻撃だ。


「散開!」


 先頭で斬り込む兄さんの号令でウォリアーたちが散らばる。標的の機敏な動きに翻弄されたシラヌイは正面のウォリアーたちに炎を吐いたが、彼らは大盾に身を潜めて炎をやり過ごした。


「すごい……」


 シラヌイの動向は逐一報告するが、細かい動きの指示はリーダーの兄さんが伝える。

 先鋒の役割は撹乱。身のこなしが軽いウォリアーが注意を引き、次の段階に備える。一歩踏み外せば穴に落ちる足場の悪さだが、そんなことは意に介さない。鋭い鉤爪の横薙ぎを盾で受け流し、それが難しい場合は周囲の仲間が斬りつけて威力を殺す。シラヌイが巨大なトカゲなら、彼らは一つの頭脳に無数の手足を持つ巨人のようだ。

 感心ばかりしていられない。いくら彼らが強くても相手は最強の魔物なのだから。


 バサァッ!


 苛立ちが見えるシラヌイが純白の翼を広げる。直撃して穴に落とされそうになったウォリアーに仲間が手を差し伸べる。

 反撃と同時に空へ逃げ、上空から一方的に焼き払う気だ! そして、こちらの狙い通り!


「射撃開始!」


 合図と共に、大きく広げられたシラヌイの翼に向けてクロスボウの矢が放たれる。威力を極限まで高めたクロスボウを撃つのは力自慢のウォリアーたちで、五十メートル後方から放たれた矢は比較的柔らかい翼を軽々と貫いた。


「こちらも撃てっ!」


 峠の向こうからも号令が聞こえた。ゴルドさんの声だ。北側から攻めてきたゴルドさんのチームからも矢が放たれ、シラヌイは南北から矢の雨を浴びる。加えて矢には毒が塗ってある。ドラゴンを殺せるほど強力ではないが、しばらく飛べなくする程度には体の自由を奪える。

 シラヌイは空中で体勢を崩すと、ズズンと地響きを立てて寝床に落下した。


「落ちたわよ!」

「儂らも突撃するぞ!」

「ウオォッ!」


 矢を撃ち終えたウォリアーたちも武器を持ち換えて前線に加わる。彼らの巨大なハンマーや大剣を受ければ大型のドラゴンでもただでは済まないだろう。

 ――怖いぐらいに順調だ。いや、これだけの戦力なら当然なのか? ボスの過去の話を聞いて、僕はシラヌイを必要以上に恐れていたのか?


「油断するな! 毒が効いている間に仕留めればいい! 反撃に警戒しつつ確実に追い詰めろ!」


 声を張り上げるのは兄さんだ。しかし僕が見た様子ではウォリアーたちに油断は感じられなかった。つまり、兄さんも違和感を覚えているということか?


 クオオォァーーーーッ!!


 シラヌイの悲鳴。人の言葉を発するシラヌイの獣のような悲鳴は一層強く苦痛を感じさせた。苦しみもがく姿にウォリアーたちの士気が高まる。

 シラヌイの牙の奥に炎が滾る。「炎来ます!」聞き届けたウォリアーたちが盾を構える。

 ゴオォと激流のような音を立てて炎が吐き出された。


「えっ?」


 おそらく全員の驚きが声に漏れた。シラヌイは地面に向けて炎を吐いたのだ。横に薙ぐように吐いた方が多くのウォリアーを巻き込めるのに。

 その答えはすぐに分かった。


 パンッ!

 パパンパンパンッ!

 パパパパンッ! パパンッ!


 耳をつんざく無数の破裂音が山頂に響いた。ウォリアーたちは盾を構えながらも一瞬怯む。

 これは昨夜聞いたばかりの音――竹を焼いた際の破裂音だ。落とし穴の竹槍が焼かれて中の空気が破裂して発せられている。

 だけど、それがどうした? 隙を一瞬作った程度で状況はひっくり返らないのに。

 その直後。


 ボオゥッ!


 シラヌイの周囲、およそ半径二十メートルの地面から炎と煙が噴き出した。離れて指示を出していた僕の目前まで、地面が一瞬にして赤黒く燃える海になった。

 地面に空洞があって、炎が地中で広がった? しかしそれなら火はすぐに収まるはずだが、実際は勢いを増している。


「……これは、植物が焼ける匂い? それも竹の匂いだけじゃない」


 炎と共に湧き上がる匂いで理解した。地中に隠されていたのは竹槍だけじゃなかった。薄く裂いた竹と倒木などが大量に仕込まれている。竹には多くの脂が含まれている。それを着火剤にして薪を燃やし、この火と煙の領域を作り出したんだ。


「落とし穴は……本命の罠じゃなかったんだ。交信魔術で暴かれる前提で、火の海の罠はそれよりずっと前に仕掛けておいた。それに気づかず、僕は落とし穴を暴いて得意げになり、それ以上の追及をやめてしまった……」


 どんな盾や鎧でも地面から焼かれれば防ぐ術はない。ベテランウォリアーといえど混乱はピークに達し、まるで踊るように炎から逃げ惑う。しかし立ち込める煙に視界を奪われてままならず、足を踏み外して落下する者もいた。そこかしこから悲鳴が上がる。


「落ち着け――炎の外へ――退避を――」


 唸る炎と悲鳴で兄さんの指示が仲間たちに届かない。炎の外にいる僕の声も同じだろう。

 統率を失った仲間たちが炎と鉤爪に襲われ、一人、また一人と倒れていく。やぶれかぶれシラヌイに立ち向かうウォリアーもいるが、冷静さを失った彼らは近づいた順に踏みつぶされて動かなくなった。


「ペトラ……兄さん……ゴルドさん……キームさん……みんな……!」


 涙を流し、自分の未熟さに後悔しながら呼びかけることしかできない僕に、煙の切れ目から光る双眸が向けられた。シラヌイが僕を見ていた。美しさすら感じる純白の体は煤に汚れ、大木のように太い脚には鮮血がべったりと付着している。

 怖い。

 恐怖に身がすくむ僕を見て、シラヌイは笑った。そう見えた。


「ありがとう、ファーレン」シラヌイの声は戦場とは思えないほど優しく、残酷だった。「おかげで、私を狩りたがっている人間を一網打尽にできた。直接街に出向いて焼き殺しても良かったが、最近の人間たちは侮れないからな。お前たちの方から出向いてもらい、罠を仕掛けておいた方が楽で安全だ」

「シラヌイ……お前は……」

「しかし誇るといい、戦士たちよ。お前たちの策に付き合ってやったが、想像以上の深手を負ってしまった。私が生を受け、これほど傷を付けられたのは初めてのことだ。お前たちを全滅させた後に周辺の街を焼くつもりだったが、私が傷を癒すまでの数日間、街の人間たちの寿命を延ばせるのだからな」


 シラヌイの虐殺宣言。僕と生き残っているウォリアーたちの戦意をくじこうとしているのは明らかだった。もはやウォリアーたちの声も鎧の音も聞こえない。諦めてしまったのか、倒れてしまったのか。兄さん、ペトラ……信じたくないが、二人も……その可能性も受け入れなくてはいけない。


「シラヌイ……」僕はしゃがみ込んだ。「お前は凄い奴だ。強いだけじゃなく狡猾。人間の心理を読んで、僕の交信魔術まで逆手に取ってしまった。お前より強い魔物なんてこの世にいないかもしれない」

「ほう? 人間の戦士の遺言とは、敵を称える言葉なのか?」

「違う、これは遺言なんかじゃない」鞄から武器を引き抜き、立ち上がる。「これは宣言だ。お前はこの場で、確実に息の根を止める。僕の命を捧げることになっても!」


 手にした杖を天に掲げ、詠唱を開始する。「竜血の杖なんて劇薬のような杖を使う意味、レン君は知らないわけじゃないだろう?」兄さんの言葉を思い出す。ありがとう。そしてごめん、兄さん。これが崩壊した討伐作戦を成功に導く唯一の方法だから、どうか許して欲しい。


「シラヌイ! 僕の心をくじくつもりだったろうけど、一線を越えてしまった! それがお前の敗因だ!」


 自然と語らい、その地に住まう精霊の力をほんの少しだけ借りる〈交信魔術〉。その先にある、本来なら純粋なエルフ――さらにその一部にしか使えない上位魔術がある。


「〈交流魔術〉発動!」

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