六話【アンタイ】
イーゲル・騎士ギルド本部の一階を半分埋める形で、二十三人のウォリアーと一人のリサーチャーが情報と作戦を共有する。ギルド自体は通常営業なので一般の客や無関係なウォリアーが訪れ、その度ぎょっとした目で僕らを見やる。そんな彼らの視線を気にも留めずに作戦を練っていく。
作戦の概要はこうだ。僕らは二つのチームに分かれ、メテオアの南北から山を登って挟み撃ちにする。南側――僕が先日登ったルートからは、僕と重武装のウォリアー合わせて十五名が登り、道の険しい北側から身軽な残りの九名が登る。
まず南チームがシラヌイと交戦して気を引き、タイミングを遅らせて北チームが不意打ちする。空を飛べる上に嗅覚にも優れるシラヌイの裏をかくには、危険だけれど囮を使うのが一番だと判断された。
僕の役目は頂上までの道案内と罠の解除。仕掛けられた罠は僕の交信魔術で暴き、直接戦闘は避ける。敵も味方も多くの血を流すであろうこの作戦で、血液恐怖症の僕がまともに戦えるはずもない。
僕らを多少見下しているとはいえ、さすがはベテラン。この地方の地理に詳しい僕らの意見を汲み取りつつ、豊富な経験に基づいた指摘を挿し込む。僕の頭の中にも作戦の構想は練られていたけれど、彼らの言葉で肉付けされていくに従って作戦の成功率が上がっていくのを感じた。
「さあ、行きましょう!」
立てた作戦を基に装備を整え、僕らは馬に乗ってメテオアに出発した。このメンバーの先頭に立って進むのは誇らしさも緊張感もひとしおだ。
初日はメテオアの南北の麓で野営し、二日目の正午には山頂のシラヌイと戦う予定だ。今から一日半後に、この二十四人の何人が生き残っているか――いや、今から悲観しても仕方ない。一人でも多く生還するために作戦を立てたのだから。
馬たちの足音を轟かせながら、僕らは死地に向かっていく。
麓に着いたのは夕方。北側ではゴルドさんとキームさんが僕の代わりに案内を務め、同じように麓に着いたはずだ。
平らで広々とした場所で野営したいところだけれど、シラヌイが僕との約束を破り、飛来して先制攻撃を仕掛けてくる恐れもある。予定通り姿を隠すために危機が密集している三合目まで山を登る。比較的軽装な僕はともかく、数十キロの装備を身に纏うウォリアーたちが斜面と足場の悪さを意に介さず登る姿は頼もしい。
「うわあっ!」
しかし山道に慣れていないのか、ペトラは足を滑らせて顔から地面に転倒した。案内役の僕の横を歩くペトラも必然的に先頭を歩くが、彼女の転倒で後ろに続く男たちの足も止まる。
「ペトラ、大丈夫か?」
「うん、平気……」顔に付いた泥と葉っぱを落としながら答える。「岩山は歩き慣れてるけど、この山は落ち葉で滑りやすいわね……腹が立つわ!」
「気を付けなよ。この辺りは伐採した竹の切り株が多いんだ。転んだ先に尖った切り株があったら突き刺さるかもしれないぞ」
「うえっ! ドラゴンと戦う前に死ぬなんて笑えないわよ……っていうか、竹ってなあに?」
「歩きながら説明するよ。話すと長くなるし、野営地まで早くたどり着きたいから」
足元を見ながら歩くペトラに竹の特徴や利用価値などを説明する。興味深い話だったのか、ペトラは歩きながらふんふんと頷き、放置されていた竹の一部などを手に取っていた。
楽しそうに聞いてくれるのは嬉しいけれど、彼女の歩みは一層遅くなっていた。振り向かなくてもウォリアーたちの苛立ちは伝わってきた。
夜になり、日程通り三合目の竹林で野営を始めた。北側でも同様に野営の準備を始めたはずだ。シラヌイは今頃山頂で眠っているだろうか。それとも夜空を旋回して僕らを見下ろしているだろうか。
「ちょっと! 帰れってどういうつもりよおっ!」
木々に隠された山頂を見上げていると、背後からペトラの怒号が響いた。振り向けば、焚火の前でペトラがファルケのウォリアーにつかみかかっていた。
「こら! 山頂まで距離があるとはいえ、山の中で大声を出すんじゃない!」
「だって、このオヤジが帰れって言うんだもん!」
彼女にオヤジと呼ばれた男は、僕も名前を知っているゴールドランクの一流ウォリアーだった。
「俺は意地悪で言ったわけじゃない」彼は食って掛かるペトラを突き放して僕を見下ろした。「聞けば、この子はまだブロンズランクというじゃないか。そちらのギルドの意志は汲んでやりたいが、足を引っ張られて被害が増えるのは論外だ。彼女のためにもそれがいいんじゃないか?」
「それは……」
助けを求めるように兄さんを見ても、兄さんは聞こえない振りをするかのように夜空を見上げながら紅茶を飲んでいた。「自分で納得させてみろ」ということか。やはり兄さんはペトラの同行に反対だったんだ。
「ファーレン! あんたからも言ってやってよおっ! わだすが足手まといなんかじゃないって!」
僕の体をゆすって抗議するペトラ。だけど、どちらかと言えば僕も彼女を連れてくるのは反対だった。とはいえ、彼女の意志を無下にすることもはばかられる……。
つまりここにいる全員を納得させるのは、僕ではなくペトラ自身でなければならない。それに気づいた時、一つの案が浮かんだ。
「――分かりました。それでは、〈アンタイ〉ではっきりさせましょう」
聞き耳を立てていたウォリアーたちが「アンタイか」「名案だな」「久々に見るな」とざわめく。ペトラに還れと言った男も「悪くないな」と納得した様子だ。
「……えっと。認めてくれそうな雰囲気だけど、そもそも〈あんたい〉って何なの?」
新人の彼女は知らなくて当然だ。そうでなくても〈アンタイ〉が行われることは少ないので知らないウォリアーは意外と多い。
「〈アンタイ〉は、ウォリアーが互いの実力を測るために行うゲームの一種だよ。騎士ギルドがまだ一般的じゃない、つまりウォリアーたちの組織がない時代は頻繁に行われていたらしい。今はランク制度や情報交換が盛んで少なくなったけどね」
「それで、具体的にどうするの?」
「アンタイでは一対一で相手の体に結び付けたロープの結び目をほどくんだ。武器の使用は許されるけど、相手を怪我させるのは反則負け。力試しで戦力を減らすわけにはいかないからね」
「ふーん、なるほど。シンプルでいいわね!」
ペトラはハンマーを真上に放り投げると、それをキャッチして男を指差した。
「新人だからって甘く見ないでね! わだすの力を認めさせてやるんだから!」
指された男は無表情でペトラを見つめた後、僕の方に顔を向けた。
「アンタイは賛成だが、これはそちらのわがままだ。乗ってやってもいいが、この子の対戦相手は選ばせてもらう」
「はい。構いません」
「よし。カルボー、出番だ!」
男が下がると、焚火から離れた場所に座っていた髭面の男が近づいてきた。男の背は低いが、胴体も手足も盛り上がった筋肉で存在感がある。まるで岩が歩いてきたかのようだ。今まで彼の存在は知らなかったけれど、ヒューゲルで合流した時最も目を引いたのが彼だった。
なぜなら、彼はドワーフだったからだ。
「嬢ちゃん、これ以上ドワーフの品位を落とすような愚行はやめときな。やめられない? それなら、儂が終わらせてやる」
僕のへそほどの身長ながら、体重は僕より重そうな筋肉ダルマのドワーフが、分厚い大剣を背負って焚火に照らされた。