五話【共同作戦開始】
ついにファルケ・騎士ギルドとの共同作戦が始まる日を迎えた。ギルド本部の前では、彼らを出迎えるためにボスと作戦の参加メンバーが準備を整え、彼らがやって来る下り坂を睨んでいた。
ボスのこめかみを汗が垂れる。イーゲル・騎士ギルド最強のウォリアーと言っても過言ではないゴルドさんとキームさんですら視線や指をせわしなく動かし、緊張を隠しきれていない。
王国で二番目の規模を誇るファルケの精鋭が来るとなれば、この業界で長く働いている人間ほど平静を保つのは難しいだろう。
「みんな緊張しすぎじゃない? 今から来るのは一緒にシラヌイを倒しに行く仲間なんでしょ? 案内はわだすたちなんだから、どーんと構えていればいいのよ!」
だから唯一物怖じしていないのは、まだウォリアーになって間もないブロンズランクのペトラだけだった。準備体操代わりに自慢の巨大ハンマーを振り回している。
「あの……ボス。本当にペトラも連れて行くんですか? まだ新人なんですよ?」
「仕方ないだろ。ドラゴン退治に名乗りを上げるウォリアーが、この場にいる三人しかいなかったんだから」
ボスの背後でゴルドさんとキームさんが苦笑いしている。ボスが恥をかかないようにと、気が進まないものの参加したことは表情から明らかだった。大型のドラゴンはゴールドランクの二人ですら恐怖する相手なのだから、それ以下のランクのウォリアーが集まらないのは予想通りだった。しかし、まさかペトラの参加をボスが許すとは……。
「そんな顔をするな、ファーレン」ボスがペトラの肩に手を置く。「お前が心配する気持ちは分かる。だが、あたしだってギルドの体面のために採用したわけじゃない。これまでのお嬢ちゃんの活躍から、ドラゴンにも通用すると確信したから許したんだ」
「しかし……」
「もちろん実戦経験の不足も理解している。だから現地での行動はファーレンとの同行を基本とする。そもそも、この子の手綱を握れるのはお前ぐらいだろうからな」
「もちろん僕が見ておきますが……」
「もうっ! いい加減にしなさいよ!」
ペトラのハンマーがぴたりと僕の鼻先で止まる。
「あんたはわだすの保護者のつもり? 確かに住む所や食事はお世話になってるけど、仕事では対等の立場でいるつもりよ! そんなに心配なら、また勝負でもしてわだすを諦めさせる? これはわだすの名を上げるでっかいチャンスなんだから、邪魔するんならファーレンだって容赦しないわよ!」
「……分かったよ。でも、現地での動きは僕の指示に従ってもらうからね。分かった?」
「はーい」
満面の笑みで手を上げるペトラ。おそらく全く分かっていないだろう。ボスもボスだ。彼女の強さは分かっているけれど、経験の少なさがどれだけ実戦での動きを鈍らせるか分かっていない。
「おっ、それらしい人たちが近づいてきますよ。喧嘩はその辺にして、今の内に深呼吸しておきましょう」
最も長身のキームさんが真っ先に見つけ、僕らも坂を見下ろす。
緩やかな坂になっている大通りの先から、馬に乗った男たちの集団が現れた。先頭を行くブロンドの髪を持つ青年は言わずもがな兄さんだ。先日一人で現れた時は「ファーレンの兄」然としていたけれど、ファルケの代表としてウォリアーを引き連れる兄さんの姿は熟練の戦士にしか見えない。初めて見る兄さんの厳めしい鎧姿に背筋が寒くなる。
兄さんだけじゃない。美男子とも言える兄さんとは対照的に、後ろを歩くウォリアーたちはゴルドさんもかくやという巨体や筋肉を持つ者が多く、顔や腕には無数の戦いで刻まれたであろう傷が覗いている。傷の一つ一つが雄弁に彼らの経歴を物語っているようだ。大通りを歩く人たちも、彼らが醸し出す威圧感に道の端まで追いやられている。
釘付けになっている僕らの前に彼らが並ぶ。兄さんが馬から降り、自信に満ちた笑みを見せる。
「改めて自己紹介させていただきます。ファルケ・騎士ギルド、シラヌイ討伐隊の隊長を務めるウェン・エアハルトです。人々の命を守るため、憎きシラヌイを共に打ち倒しましょう」
「なんと心強い。こちらこそ、よろしく頼む」
兄さんが差し出した手をボスが握る。それを合図に、馬に乗っていたファルケの面々も馬を降りて会釈する。優秀なウォリアーは他所のギルドにまで名が轟くことがあり、彼らの多くは僕も名前を知っている猛者たちだった。兄さんを含めたファルケのウォリアーは二十名で、その内半数はゴールドランク以上。
ギルドとしての地力の差は明らかだ。向こうもそれを分かっているのか、表情からは僕らを見下していることが感じられる。
「少なくて申し訳ないが、こちらは案内役のファーレンを含め四人のみの参加だ」
「構いませんよ。その分こちらの分け前が多くなりますから。ところで、一つ気になるのですが」兄さんの視線がペトラに向く。「そちらの人選に口を挟む気はなかったのですが、彼女を連れていくのは本気ですか? お言葉ですが、経験の少なさがどれだけ実戦での動きを鈍らせるかご存じないのでは?」
「お気遣い感謝する。だけど、その話はもう終わったことなので」
「……そうですか、分かりました。ただ、共同作戦とはいえ私たちは別のギルド。そちらに危険が及んでも助けるとは限りませんよ」
「弱小ギルドとはいえ、その程度の覚悟は済んでいる」
「それを聞けて安心しました。それでは、仲間たちを紹介させていただきます」
兄さんが振り返る時、一瞬目が合った。今の兄さんの言葉は僕にも向けられていた。「弟よりも自分のギルドの仲間を優先する」と。だからこそ、兄さんは僕をドラゴン討伐に参加させたくなかった。
この作戦に兄弟の絆は関係ない。あるのは魔物討伐のプロとしての矜持だ。
イーゲル・騎士ギルド史上最も過酷な戦いが始まる。