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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
最終章【忌まわしき竜を葬れ】
34/42

三話【シラヌイ】

挿絵(By みてみん)

 早朝、馬の背に荷物を載せてヒューゲルを出る。

 目的地はヒューゲルの北東の山〈メテオア〉。標高千メートルを超える山で、神話の時代には神々が戦いを繰り広げた土地として言い伝えられている。大きくえぐられた稜線はその爪痕と言われているが、実際は隕石の落下によるものと調査結果が出ている。だけど人間の力では到底不可能なスケールの大きさに、事実が知られた今でも一部の人々の信仰は続いている。

 久しぶりの乗馬に重心とリズムの勘を取り戻しながら手綱を握る。朝日に向かって進むことになるので眩しいけれど、おかげですぐに目が冴える。ベルクでの疲労は完全に回復していた。


 夜になり、ふもとの町で一泊する。勘を取り戻したとはいえ、十時間以上の乗馬で腰を中心に体中が鈍い痛みを訴えていた。

 就寝時間にはまだ早かったので、宿屋に併設されている温泉施設で疲れを癒す。その土地の湯に浸かったり、食材を食べたりすることは、わずかではあるがその土地に体を馴染ませる効果を期待できる。王国でも珍しい露天風呂は人気で、地元の人間だけでなく観光客と思われる青年たちも湯船に浸かっていた。騒がしい彼らに老人たちは眉間の皺を深くしていたけれど、明日から山に踏み込む僕にとっては彼らの楽天的な笑顔が癒しになった。


「平和だなぁ」


 そうつぶやくと頬が緩む。

 街道で一度も魔物に遭遇しなかったのも、彼らが安全に旅行に出られるのも、騎士ギルドが機能している証拠だ。僕は当時を知らないが、イーゲル・騎士ギルド発足前はこうはいかなかっただろう。一般人にとっては最下級の魔物ですら野犬以上に危険な存在だから。

 だけど、彼らは知らない。ドラゴンという最上級の脅威が迫っていることを。ヒューゲルよりも小さなこの街は襲われればひとたまりもない。街を守るには、こちらが先んじて討伐する以外にないだろう。

 濁ったお湯の中でこぶしを握る。かつてのヒューゲルに騎士ギルドはなく、無抵抗だった。だけど今は僕や兄さん、そしてギルドの仲間たちがいる。ヒューゲルと同じ轍を踏ませはしない。


「いやー! 初露天めっちゃ上がるわー! このまま朝まで入ろうぜ!」


 だから、もう少し静かにして欲しい。僕が万全の状態で挑めるように……。




 翌朝。昨日と同様に馬に荷物を載せて宿屋を出る。この日も快晴。えぐれた稜線から顔を覗かせるように朝日が昇っていた。僕と同様に宿屋でゆっくり休めた馬も上機嫌で、出発すると意気揚々と蹄を鳴らして街を歩く。

 ドラゴンが潜む山で長い時間を過ごすのは自殺行為だ。一日で下山まで済ませることを考えれば、一分でも早く山に入りたい。そう考え、街を出た後は馬を速めに走らせてメテオアに向かう。

 白んでいた空が澄んだ青空に色を変えた頃、山のふもとに広がる森の入り口に着いた。本来ならここで交信魔術を使って手掛かりを探るところだけれど、その必要はなかった。異変は一目瞭然だったからだ。


「これは……血の跡か?」


 一瞬こみ上げた吐き気をこらえながら、馬を降りて木に繋ぎ、膝ぐらいの高さにある血の跡に顔を近づける。視線を山頂に向けると、獣道に沿って茂みの枝がふもとに向かって折れていることが分かる。幹に付着した血の経過時間は分からないが、折れて地面に落ちた枝の断面はまだ乾き切っていない。折れてから時間が経っていない証拠だ。


「おそらく、山に住む動物たちが慌てて下山したんだろうな。獣道の荒れ方を見ると、イノシシ――それどころか、クマほどの大きさの動物も逃げ出した可能性がある」


 考えるまでもなく、ドラゴンの影響だ。生態系の頂点とも言えるドラゴンが突如飛来すれば、鋭い野性の勘を持つ動物たちは一目散に逃げ出すだろう。そういえば耳を澄ましても鳥の鳴き声すら聞こえない。山林ほど動物たちの息吹を感じられる場所はないが、この日のメテオアはまるで山全体が死に瀕しているかのようだ。

 だけど、実際は違う。この山のおそらく頂上付近には、桁違いの生命力を持つドラゴンがいるのだから。


「……魔力を温存できるのが幸いだな。いざとなれば、これを全力で使える」


 リュックに縛っておいたケースの蓋を開け、中から竜血の杖を取り出す。感触を確かめながら強く握ると、まだ見ぬ頂上のドラゴンを睨む。

 さあ、行こう。




 メテオアは勾配が急なので登山初心者には辛い山だけれど、慣れてくれば面白い山でもある。

 その特徴の一つが、竹が群生していることだ。ここから北の地域には群生していないらしいので、初めて見た人は草とも木とも言えない青々とした竹に驚くのだとか。近隣の町では竹細工や竹炭の生産が盛んで、日常生活に使われるのはもちろん特産品として遠方で売られている。サクサクとした食感が珍しいタケノコ料理も絶品だ。

 足元のタケノコを踏まないように気をつけながら、竹林の緑色の空間を歩く。風に乗って漂う匂いも色が付いているかのように青臭く、地下に生きるドワーフがここに来たらむせかえるかもしれない。帰ったらペトラにマスクか何かを持ってくるように伝えよう。

 日が高く上り、八合目あたりまで登った頃には竹林を抜けた。次第に岩場が目立つようになり、身を隠せる木々や茂みが減っていく。梢の隙間からは透き通る青さの空が覗き、その面積が頂上に近づくほど広がっていく。


「いた……!」


 九合目も過ぎた頃、ついに目標を見つけた。緑と茶に覆われた山には異質な、ミルクのように真っ白で光沢のある巨大な塊。

 シラヌイだ。日光浴でもしているのか、脚と翼を折りたたみ、すぐ傍の岩を枕にして目を閉じている。静かになった山で優雅に昼寝を楽しんでいるかのようだ。

 それにしても、想像以上に大きい。ボスの話では、五年前にヒューゲルを襲った時は中型のドラゴンだったらしい。中型ということは頭から尻尾の先端までの長さが十メートル程度のはずだが、目の前のシラヌイは概算で二十メートル。大型に分類されるサイズだ。考えられるのは、五年前はまだ子供で、成長期に一気に大きくなったということか。

 たいていの場合、魔物の大きさと強さは比例する。特にドラゴンの場合は攻撃範囲に繋がる首や尻尾の長さ、翼の大きさは正確に把握しなければならない。リュックからメモ帳とペンを取り出し、茂みの隙間から見えるシラヌイの姿を観察しながらペンを走らせる。


「こそこそしていないで出てきたらどうですか?」


 手が止まる。周囲を見るが、周りには誰もいない。

 いや、違う。人間に話かけられたのではない。声が聞こえた時、その口が動いたじゃないか。


「あなたですよ。そこにいる、ヒューマンとエルフの匂いを纏うあなたです」


 重厚で、ハスキーな女性のような声。人間と比べるとたどたどしさはあるが、その声は間違いなくシラヌイの口から放たれていた。

 すぐには動けなかった。人語を解するどころか、話せるドラゴンなんて存在したのか? こちらは風下なのに、なぜ僕の存在に気づいた? 気づいた時点で攻撃すればいいのに、なぜ出てくるように促している?

 疑問は尽きないが、逆らって逃げ出せば怒りを買うかもしれない。言葉が通じるというのなら、まずは会話してみるべきだろう。


「……いや、すみません。ドラゴンに話しかけられるのは初めてだから、驚いてしまいまして」


 メモ帳とペンをリュックに仕舞い、杖を袖に忍ばせてから茂みを出る。その直後、体が凍り付いたように動かなくなった。シラヌイの特殊な力かと思ったが、きっと違う。あまりにも強大な存在の視線に射貫かれ、頭よりも先に体が恐怖で動かなくなったのだ。

 硬直はすぐに解けた。その代わり、氷漬けになっていたかのように汗が噴き出す。

 戦闘要員ではないリサーチャーがドラゴンの前に姿を見せるのは愚の骨頂。だけど、逆に相手の情報を収集する絶好の機会でもある。

 つまりこれは、僕たち騎士ギルドとシラヌイの前哨戦だ。

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