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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
最終章【忌まわしき竜を葬れ】
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二話【竜血の杖】

 家に着くと、これまでの労いも含めて兄さんが夕食を作ってくれた。僕はまだ頭と体がダルいのでありがたい。

 作ってくれたのはシンプルなコンソメ味のスープに、コカトリス捕獲で留守にしている間に少し古くなってしまったパンを焼いたもの。僕のスープには野菜が、ペトラのスープにはソーセージが多めに入っている。

 まだ体が本調子じゃない僕にはありがたい。パサパサになったパンもしっかり焼き直してスープに浸せば香ばしくて美味しいし弱った体にも嬉しい。

 手軽に美味しく作れるスープはウォリアーたち共通の得意料理だ。兄さんもその例に漏れず、さらに家にあるハーブや香辛料を加えたことで上品な味に仕上がっている。種族の違うペトラにとっては若干物足りない味付けかもしれないけれど、その代わりに豪快に焼いた骨付き肉を添えるという心配りも忘れていない。食事にも気を配ってこそ一流のウォリアーということだろう。


「俺の料理の腕前はこんなもんじゃないんだけどね。食材がもっと余っていれば、もう一品ぐらい作りたかったんだけど」

「そんなことないわよ! めっちゃ美味しい! ファーレンの料理はいっつも味気ないもん」

「僕の家なんだから、食事ぐらい僕向けでいいだろ。それに、いつも串焼きとか買い食いしてるじゃないか。兄さんも、うちの大切なウォリアーを餌付けしないでよ。買収は騎士ギルドの規約違反にはならないけど、僕の目の前でやるだなんて兄弟でも許せないからね」

「そんなつもりじゃないんだけどなあ。うちの連中は食事なんて体を動かす燃料程度にしか考えていないから、可愛い女の子が美味しそうに食べている顔を見るのが嬉しいんだ」

「餌付けも口説くのも禁止ね」

「レン君は固いなあ。俺に負けない美形なのに、そんなんじゃモテないよ」

「そうよー、もったいない。草食系男子はモテないわよ」

「ペトラ、意味分かって言ってる?」

「野菜ばっかり食べてる、ひょろっちい男ってことでしょ?」

「……共同作戦前に一般常識を勉強だな」


 軽口を叩きながら楽しく食事を進める。ペトラと二人の食事も悪くないけれど、間に座る兄さんが潤滑剤となって何倍にも話が膨らんでいる。後に共同作戦が控えているとはいえ、任務がひと段落し、気兼ねなく家族とゆっくり食事を楽しむのは久しぶりだ。パンとスープだけでなく、兄さんの存在も僕を温めてくれる。


「今だから言うけれど、本当はね。コカトリス捕獲任務は失敗して欲しかったんだ」

「……えっ?」


 兄さんの唐突な告白に、煮込まれたキャベツをすくうスプーンが止まった。


「どういうことよ、あんた! 自分の弟が石にされちゃえばいいって思ってたの!?」

「そうじゃないよ。正確には、レン君や市民たちに危険が及び、俺が手助けするという展開が理想だったんだ」

「なんでそんなこと考えてたの? やっぱり、報酬三倍っていうのが惜しかったとか?」

「レン君を巻き込みたくなかったんだ」


 兄さんと目が合う。初めて見る目だった。その目は、父さんと母さんが小さかった頃の僕を見る目によく似ていた。


「ドラゴンが最も危険な魔物という事実は誰でも知っている。万全の態勢を整えてドラゴンの討伐に挑んだ例はいくつもあるけれど、命を落とした事例は枚挙に暇がない。三十名を超える討伐隊が全滅した例もある。そんな危険な任務に、大事な弟を向かわせたくなかったんだ」

「兄さん……」

「過保護だって思うかもしれないね。実際、レン君は一人前のギルド職員だ。だけど、仮にレン君が世界最強のウォリアーだったとしても、身の安全を案じずにはいられない。兄として当然のことだと思うけれど、余計なお世話だったかな」


 兄さんは苦笑すると、思い切りスープをかき込んだ。そんなに恥ずかしがられると、僕の方まで恥ずかしくなってくるじゃないか。訊ねたペトラはポカンと口を開いていたが、話を飲み込むとニヤニヤと口元を歪めながら僕らを見た。


「ありがとう、兄さん。そこまで気を遣ってもらって。でも心配いらないよ。僕は基本的に魔物と直接戦う役割じゃないし、逃げ足だって速いんだ。それに、この仕事に就いた時から危険は覚悟している。僕だってエアハルト家の男ということを忘れないで」

「そうか……うん、そうだね。レン君のことといい、ディアナさんのことといい、俺は魔物の相手ばかりしている内に、人を見る目は曇っていたのかもしれないな」

「しばらく会っていなかったんだから仕方ないよ。実際、数年前の僕はゴブリンの相手もできないような子供だったんだから」

「俺の思った展開にはならなかったけど、レン君は十分な力を示した。ドラゴン相手に無理はして欲しくないが、期待しているよ」

「うん。任せてよ」


 話をしている間に食事を全て平らげた。体がぽかぽかと温かく、馬車で昼寝していなかったら今すぐ眠ってしまうかもしれない。

 僕とペトラが食器を洗っていると、兄さんは家に来た時に持っていた鞄から何かを取り出しながら言った。


「俺がヒューゲルに来た目的は三つある。一つ目はコカトリス捕獲を依頼し、レン君の仕事を観察すること。二つ目は、任務成功時にファルケとイーゲルの橋渡し役になること。そして三つ目は、共同作戦前にレン君にこれを渡すことだ」


 兄さんが手にしていたのは、長さ三十センチ強の細長い木製の箱だった。蓋を開けると、僕が予想していた通りの物が収められていた。


「レン君がエルフの職人に発注していた特製の杖だ。エルフの国に寄る機会があったから、俺が預かってきた」

「〈竜血の杖〉。良かった、完成していたんだ」


 兄さんから箱を受け取ると、さっそく中の杖を手に取る。初めて手にしたにもかかわらず、動物の肌に触れた時のように手に吸い付く。まるで生きているようだ。

 色は艶のないマットな漆黒。ろうそくの光を当てても、その光を閉じ込めているかのようにぼんやりと鈍く輝く。

 そして鼻を近づけると、僕の苦手な生臭さの混じった鉄の匂い――血の匂いをかすかに感じる。


「変な匂いがするわね、その杖。何か特別な杖なの?」

「ドラゴンの血と脂を溶剤に溶かして、エルフの王国に自生する老木の木材に染み込ませた杖だよ。簡単に言うと、杖は魔術の触媒になる道具で、魔力の消費が増える代わりに効力が上がるんだ。魔術を使える人間なら一本は持っているし、本職の魔術師なら五本は常備している。僕も昔は一本持っていたんだけど、折れて使えなくなったから発注していたんだ」

「なるほど。わだすにとってのハンマーみたいな武器ってわけね。だけど、念願の武器を手にしたって割には、あまり嬉しそうじゃないみたいだけど?」

「それは……」


 僕が言葉を濁していると、こちらも暗い表情の兄さんが口を挟んだ。


「本当なら、この杖だってまだ渡したくなかった。職人から竜の血を使った杖と聞いた時は背筋が凍ったよ」

「どういうことなのよ?」

「本来、魔術に優れた素質を持つエルフとハーフエルフは杖なんて必要ないんだ。使うとしても、ヒューマンの初級魔術師が使うような性能が控えめの杖しか使わない。竜血の杖なんて劇薬のような杖を使う意味、レン君は知らないわけじゃないだろう?」

「もちろん分かってる。だけど、必要なら今回のドラゴン討伐ですぐに使う。命には代えられないからね」

「……だから、コカトリス捕獲なんて失敗すれば良かったんだ」


 重い空気のまま夕食の片づけは終わった。翌日になっても家の中の雰囲気は変わらず、むしろ時間が経つほど緊張感が増していくようだった。

 さらに翌日。ボスと兄さんを通じ、僕らに共同作戦開始の通達が届く。ファルケ・騎士ギルドのドラゴン討伐隊がヒューゲルに到着するのが五日後。その前にリサーチャーの僕は一人で白いドラゴンのねぐらを探り、討伐作戦の立案の材料とする。

 白いドラゴンは〈シラヌイ〉という呼称を当てられた。とある国で海上に現れる謎の灯が由来らしい。ドラゴンの中でも目撃例が非常に少ない白いドラゴンの呼び名としては適していると思った。

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