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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
最終章【忌まわしき竜を葬れ】
32/42

一話【共同作戦に向けて】

挿絵(By みてみん)

 白いドラゴン。五年前にヒューゲルを焼け野原にし、数百名に上る人たちの命を奪った最上級の魔物。そして、ボスの夫と息子を殺し、彼女がイーゲル・騎士ギルドを発足するきっかけになった因縁の魔物でもある。

 僕はこのギルドで働き始めて様々な魔物に出会ったけれど、希少なドラゴンに出会ったことはほんの数回。ヒューゲルを襲った白いドラゴンに関しては目撃情報すら聞いたことがない。

 イーゲル・騎士ギルドの職員たちにとって最大の敵ともいえるドラゴンが、今再びこの地に来ているというのか?


「そもそも、報酬三倍という話自体が罠だったんだ」


 眉間にしわを刻み込んだボスが吐き捨てるように言う。


「報酬の余剰分は、いわばドラゴン退治の前金だったんだ。正式に受け取ってしまった以上、今から返却というわけにもいかない。できないこともないが、契約の反故ほごを続ければギルドの信頼に関わる。たとえそれが半ば騙された上での契約だったとしてもな」


 ボスはもう一度兄さんをにらみつけるが、さすがミスリルランクウォリアーの兄さんはどこ吹く風と受け流している。

 ペトラに言ったことがあるが、最上級に近いミスリルランクに達するには強さだけでは足りない。人や魔物を欺くしたたかさも必要だ。頭では分かっていても、僕らはウェン・エアハルトという男の実力を見誤っていた。


「あの……すみません」ハンナさんが手を上げた。「私は当時のことをよく知りませんが、亡くなった方々の仇を討てるチャンスなんですよね? 差し出がましいですが、この業界で第二位のファルケ・騎士ギルドと組めるんですし、良い話だと思うんですが」


 新人の彼女だからこその意見だ。だけど、ボスの返事はだいたい予想できた。このギルドで一年以上働いている職員なら同じだろう。


「あたしだって、いつかは復讐してやろうと考えていた。しかし、まだ力が足りない。他のギルドの力を借りれば奴を倒せるかもしれないが、あたしはイーゲル・騎士ギルドだけで倒すべきだと考えている。この復讐だけは、ヒューゲルに住む我々の力だけで為すべきだからだ!」


 ボスの声が熱を帯び、少しずつ声を荒げ始める。口を挟んだハンナさんは委縮し、上げていた手をカウンターの下に戻していた。


「何をつまらないことを言っているんですか、ボス」


 だから、次に彼女を説得するのは僕の役目だと判断した。


「なんだと?」

「ギルドヘッドマスターがギルドの本懐を忘れてどうするんですか。『一人でも多くの人を守る』その実現のためにあなたはギルドを立ち上げたはずです。こちらが先んじてドラゴンを倒せば、あの悲劇を繰り返す心配がなくなります。僕たちだけで仇討ちするなんて、無意味どころか人々を危険に晒す愚かなこだわりとしか思えません!」

「ファーレン! 貴様、いち職員の分際で!」

「兄さん! ドラゴン討伐の報酬は?」


 つかみかかるボスを無視して兄さんに問いかける。


「そうだね。両ギルドの貢献度の差によるけど、仮に分け前が三割として約五千万ゲルトかな。政府直々の依頼かつ、希少なドラゴン討伐と考えれば妥当なところだよ」


 コカトリス捕獲の報酬が千二百万ゲルトで歴代最高額だった。実際はその三分の二がドラゴン討伐の前金だったわけだから、文字通り桁違いの報酬を得るチャンスでもある。


「それだけの資金があれば、専属ウォリアーを何人も雇って、新たに支部を増やすことも可能です。実績を評価されれば依頼も求職者も増えるでしょう。王国一の騎士ギルドに上り詰めるというボスの夢に大きく近づきます!」

「だからといって、そのために――」

「危険に晒せないとは言わないでください。実際に討伐に向かうのはリサーチャーの僕と数名のウォリアーになると思いますが、僕らはボスに心配されなければならないほど弱い存在ですか? あなたは僕らにとって母のような存在ですが、実際は違う。毅然と前に立つべきリーダーです。ボスはボスらしくふんぞり返って『魔物をぶっ倒せ!』と檄を飛ばしてくれればいいんですよ」


 そのまましばらくにらみ合う。薄暗い中でもボスの瞳孔の動きすらよく見える。

 ボスがぶはあっとタバコの匂いが残る息を吐き出すと、鋭い視線を兄さんに向けた。


「あたしたちを騙して引きずり込んだ案件だ。お守りをしろとは言わないが、無駄に危険な目に遭わせることは許さんぞ」

「もちろんです。お望みなら、前線に立つのは我々のギルドメンバーだけで構いません。その分報酬の取り分も多めにいただきますが」

「好きにしろ。イレーネ、書類作成は任せたぞ」


 指示を出したボスは足音を荒げながら二階に戻ってしまった。バンッと乱暴にドアを閉める音も聞こえてきた。


「――さて。もう夜も更けてきましたし、今日は共同作戦の参加の意思を確認したかっただけなので、詳しい話は明日にさせていただきます。お騒がせしてすみませんでした。さあ、帰ろうかレン君!」

「あ……うん」


 一流ウォリアーから普通の青年の顔に戻った兄さんは、軽い足取りでギルドを出てしまった。僕とペトラも慌てて続く。兄さん一人にイーゲル・騎士ギルド職員全員が手玉に取られていた。




「しかし、意外だったな」


 帰路の途中で兄さんはつぶやいた。


「職員やウォリアーを心配する気持ちは分かるけど、今回の共同作戦の話に乗り気じゃないのはギルドヘッドマスターとしていかがなものかな? レン君も言った通り、常識的なギルマスならこれをチャンスと捉えるべきだ。他のギルマスが知ったら、彼女をリーダー失格だと非難しても仕方ないだろうに」

「ボスは特別優秀な人間というわけではないよ。家族がドラゴンに殺される前は普通の主婦だったし」

「そう考えれば大したものではあるけれど」

「ボスには母性というか、組織のリーダーとしては珍しい魅力があって、僕らは大なり小なりそれに惹かれているんだ。ボスに足りない能力は僕らが補えばいいし、実際に頼ってくれている。騎士ギルドのギルマスは海千山千の傑物が多いけれど、一人ぐらいうちのボスみたいなギルマスがいてもいいんじゃないかな」

他所よそのギルド事情にあまり口を出すべきではないから、俺はこれ以上何も言わないよ。それに、レン君が認めた人物なら信用できる。彼女と話したことは少ないけれど、個人的には好感の持てる人だ。もっとも、向こうは俺を憎んでいるだろうけどね」

「ボスは優秀じゃないけど、馬鹿でもないよ。今は頭を冷やして共同作戦の準備と報酬のことを考えているはずさ」


 兄さんと話していると、踵にこつんと小石が当たった。振り返ると、ふくれっ面のペトラが道に転がっている小石を僕に向かって蹴飛ばしていた。


「どうした、ペトラ?」

「なーんかさー。あんたたちがしゃべりだすと、急にわだすの影が薄くならない?」

「じゃあ、話に入ってくればいいじゃないか」

「話が難しくて入れないのよー!」

「まあまあ。共同作戦が始まれば、ペトラの力はきっとドラゴン討伐で必要になるはずだよ。その時、ファルケのウォリアーたちにも君の力を存分に見せつければいい」

「そう? まあ、そうなるわよねー!」

「でも、まずは討伐メンバーに選ばれないとね」

「選ばれるに決まってるじゃない! わだすより強い奴なんていないんだから!」

「はははっ! 二人とも仲が良いね! 俺も二人と一緒に任務に参加するのを楽しみにしているよ」

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