六話【コカトリス捕獲作戦開始】
「二番隊、左右に分かれて挟み撃ちにしろ! 三番隊、まずは退路を断つんだ! 四番隊、三番隊の援護に向かえ! 敵の増援の気配はないが、半数は残すんだ!」
街の各所に配置しておいた駐屯軍の兵士たちに指示を出す。拡声器を使っているとはいえ、地上二十メートルから慣れない大声で叫び続けるのは喉に多大な負担を強いる。しかし、街全体を見渡せ、さらに魔物の生態を熟知した自分でなければ、兵士たちを上手く指揮することはできない。
泣き言は言っていられない。むしろ、眠気が覚めてちょうどいい。無理やり自分を鼓舞しながら目と喉と頭をフル稼働させる。
「五番隊、風下に立つな! 石化のブレスを受けるぞ! 二番隊と三番隊はそのまま相手を牽制しろ! 六番隊以下はその場で待機!」
現れたコカトリスは三羽。一番隊から五番隊が急行し、それ以外の隊は持ち場で待機している。
最初にコカトリスと対峙した二番隊の現場を望遠鏡で見る。事前に指示しておいた通り、風下に立たないように回り込み、この時のために柄を継ぎ合わせて作らせた長さ約五メートルの長槍の穂先を敵に向けている。強度がないので武器としてはほぼ使えないが、牽制が目的なので問題はない。
コカトリスのブレスの石化効果は恐ろしいが、五メートルも離れれば毒素はたちまち分解されて消滅してしまう。知識さえあれば対処は簡単なのだ。
予想外だったのは、兵士たちの動きだった。よそ者の僕の指揮に反抗を見せるかと思ったが、怖いほどに従順に動いてくれる。むしろ、集団としての動きは騎士ギルドの上級ウォリアーをも凌いでいる。
「だから言ったじゃない」僕の指揮を横で見ていたペトラが笑っていた。「大丈夫だって」
「どういうこと?」魔物たちの動きに注意を払いつつ彼女を一瞥する。
「認めるしかないでしょ? この街に大したゆかりもないよそ者が、五日間ぶっ通しで魔物を見張ってたら。特に、この街をずっと守ってきた兵士たちは奮い立つんじゃないかしら。あいつらにもプライドがあるはずだし」
「……そうか。それなら、一睡もしなかった甲斐があったよ」
僕はてっきり、彼らは単に「街を守らなければ」という一心で動いているのかと思っていた。
だけど、それは少し違っていた。僕の姿が、僕と彼らの間に立ち塞がっていた壁をいつの間にか取り除いていた。彼らを当てにしていない気持ちもあったというのに。
思えば、僕は世界で唯一の調査士として一人で戦ってきた。だけど、誰かの助けがあればより大きな困難に余裕を持って立ち向かえる。口にするのは簡単だが、身をもって味わうと、体に武者震いが走る。
そうか、ひょっとして兄さんは――。
「ねえ、ファーレン」
ペトラが僕の体をゆするので我に返る。
「大丈夫? 立ったまま寝ちゃったかと思ったわよ」
「ああ、大丈夫だよ。それで、どうかした?」
「コカトリスの動きを封じたのはいいけれど、ここからどうするの? 網を持っている兵士がいるけど、あれで捕まえるの?」
「いや、あれは仕上げだよ。接近してこれ以上石化の被害者が増えれば、薬を作るためのコカトリスの血が足りなくなるかもしれないからね。だから、動きを完全に止めるための手は別で打ってある」
* * *
「いいな、お前たち! あのガキの言う通り、不用意に近づくな!」
「ハッ!」
一番隊の隊長を務めるシュラーゲン大尉が檄を飛ばす。ファーレンの指示通りにコカトリスを街の隅に追いやり、逃げ道を封じている。
作戦は順調に進んでいるが、隊をまとめるシュラーゲンはしきりにあごの無精ひげを撫で、苛立ちをあらわにしていた。
「くそっ! なぜ俺たちが、あんなガキの言うことを聞かなければならんのだ……!」
部隊の士気に関わるため、心の中で悪態をつくしかなかった。
自分には、軍人としてこの街を、この国を守ってきた自負がある。猛獣だろうが、賊だろうが、自分と仲間の力を結集して打ち倒してきた。相手がニワトリと蛇を合体させたような化け物だろうが、今回も俺たちが倒してみせる――そう思っていたのに、魔物を金としか見ていないような連中の力を借りなければいけないとは。
しかし本当に悔しかったのは、ファーレンの指揮が的確だったことだ。彼がいなければ、コカトリスに無駄な血を流させることなく、さらに一人も被害を出さずに追い詰めることはできなかった。長年の戦いで培ってきた経験が、そう確信させていた。
「しかし、大尉。ここから俺たち、何をすればいいんでしょう?」
「さあな。『頃合いを見て助っ人を寄越す』とは言っていたが」
もはや半分ふてくされていたシュラーゲンは、腕を組んでやる気をなくしていた。そこまで口を出したいならば、最後まであのガキに任せてしまえ。そう思い始めていた。
しかし、彼の戦いの勘が危険を告げた。
「上か!?」
星空を背に、屋根の上から小型のコカトリスが降ってきた。鋭い爪が彼の首に突き立てられようとする寸前、間に腕を挟み、手甲でかろうじて防ぐ。
「大尉!」
「俺は大丈夫だ! お前らは持ち場を離れるな!」
「し、しかし!」
「大丈夫だと言っている!」
小型とはいえ、力が強い。新手のコカトリスは地面に仰向けにされたシュラーゲンを踏みつけ、そのたび鎧を貫通した爪の先が胴体に突き刺さる。
それでも絶命しないシュラーゲンに業を煮やしたのか、コカトリスは内臓を揺らすかのように体を大きく震わせ、彼の眼前で大きく口を開いた。石化のブレスが放たれる。
「隙だらけだ!」
放たれる直前、胸の鞘から引き抜いた短剣でコカトリスの下あごから脳をめがけて突き刺す。
しかし、絶命させるには浅い。押さえ込まれる力は弱まったが、傷だらけの胴体に力が入らず逃げられない。
「クソッたれ……!」
こんな化け物の血と臭い息にまみれながら、石化して醜態を晒さなければならないのか? このシュラーゲンが? そんなことは、俺自身が許せない。傷だらけの体は軍人の勲章だが、貶められたプライドは俺を殺す。
「クソッ……たれ……」
徐々に意識がぼやけていく。醜態を晒すなら、潔く死んでしまった方がいい。
そう思った時だった。コカトリスは白目をむき、力を失って倒れ込んだ。白い羽毛が宙に漂い、地面に落ちていく。
「大尉! ご無事ですか!?」
槍を手放した部下たちが駆けつけ、倒れ込んだコカトリスの口から漏れるブレスからシュラーゲンを遠ざける。
「お前たち……槍は……? この魔物は、どうなったんだ……?」
「驚きましたよ。まさか、『助っ人』があいつとは……」
部下が指差す先を、霞みつつあり視界に捉える。
誰もいないじゃないか。そう思ったが、何か小さな塊がもこもこ動いていることに気づいた。
「ハ……ハリネズミ……?」
ファーレンの相棒にして、針の中に対象の動きを封じる神経毒を蓄えているハリネズミ、イガグリがそこにいた。人々のピンチに駆けつけたヒーローを演じるように、立ち上がってふわふわの胸を張っている。フシュフシュと鼻息を荒げていた。
ファーレンは場が落ち着いてきたところでイガグリを放っていた。イガグリは各地のコカトリスに順に針を刺していき、その隙に兵士たちが網で捕獲していた。
応急処置を受けながら耳をすませば、各地から響いていた戦いの喧騒は止みつつある。コカトリスの襲撃による混乱が収まりつつあることは地面に寝そべりながらでも分かった。
「街は……守れたんだな?」
「ハッ! 我々の勝利です!」
「それは……もちろんだ。我々が負けるはずはない」
「『我々《それ》』はあのガキを含めての発言か?」そう言おうとして、言葉を差し替えた。答えは部下に訊かずとも分かっていた。