一話【ウェン・エアハルト】
「いやー、レン君! 久しぶり! 一年以上会ってないよね! 身長伸びたんじゃない? まだまだ俺の方が上だけど! それにしても驚いたよ。こんな可愛い女の子と同棲しているなんて、レン君も隅に置けないねえっ! しかもハーフドワーフだなんて! 今もペトラちゃんから話聞いてたんだけど、結構活躍してるみたいじゃない。さすが我が弟! まあ、昔からレン君の実力を疑ってなんかいなかったけど! せっかくだからレン君自身からも話を――」
「ストップ! 兄さん、ストップ!」
兄さん《ウェン・エアハルト》が一気呵成にまくしたてるので、両手を突き出して止める。
「あれっ? レン君、お酒飲んできたの? そうか、もうそんな年だったか」
「それはいいから! 久々の飲み会で疲れてるし、兄さんもいつ家に来たのか知らないけど、遠くから来たんだろ? とりあえず積もる話は明日に……」
「んー、それもそうだね。時間も遅いし。俺の部屋はペトラちゃんが使ってるみたいだから、リビングのソファで寝るよ。じゃあ、また明日ね。おやすみ~」
兄さんは笑顔で手を振ると、歯を磨くのか洗面所に向かった。
ほろ酔いのいい気分のまま寝てしまおうかと思ったけれど、わずか数分で酔いが覚めてしまった。
「いや……驚いた。何の連絡もなしに兄さんが帰ってくるなんて。ペトラもびっくりしただろ?」
「あんたのお兄さんっていうのはびっくりしたけどね。別に、不審者が来てもぶっ飛ばすだけだし。その辺は大丈夫」
「頼もしい居候だな。ただ、兄さんに暴力を振るうのはやめてくれよ。もっとも、そんな必要自体ないだろうけど」
「なんで?」
「兄さんは別の騎士ギルドの専属ウォリアーなんだ。それを別のギルドのウォリアーが怪我を負わせるなんてことになったら、多額の慰謝料だって発生しかねない。もちろん兄さんだって君に手を出しはしない。それに」
「それに?」
「たぶん、君じゃ相手にならない。贔屓目抜きで、兄さんは強いから」
僕は彼女に、自分の兄がどのような人物なのかを簡単に説明した。
ウェン・エアハルト。僕の三つ年上の兄であり、このシュトラール王国において二番目の規模を誇る〈ファルケ・騎士ギルド〉の専属ウォリアーである。
二十歳という若さで、上級ギルドのミスリルランクを拝する新進気鋭のウォリアーで、実の弟である僕に限らず、多くの騎士ギルドが注目しているだろう。
僕と違い、血液恐怖症のような目立った欠点も存在しない。一見して軽口ばかり叩く陽気な青年だが、全てを兼ね備えた理想的なウォリアーというのが僕や同業者の見解だ。
「ふーん。全然そんな風には見えなかったけど」
「君もこの業界でやっていくなら、他のウォリアーたちの情報も仕入れておいた方がいいよ。いつ仲間やライバルになるか分からないからね」
「えー! そんな面倒なのパス! あんたがやりなさいよー」
「情報収集も優秀なウォリアーの条件なんだけど……まあ、ペトラはまだ新人だから手伝うよ。それにしても……」
ペトラの話を遮り、僕はつい考えにふけってしまった。
「……どうしたの、急に?」
「さっきも言ったとおり、兄さんは〈ファルケ・騎士ギルド〉の専属ウォリアーなんだけど、その本部も支部もこの街から相当な距離があるんだ。馬車でも一週間はかかる。優秀なウォリアーほど遠方に派遣されることも多くなるけど、一体兄さんは何をしに帰ってきたんだ?」
「わだすは何も聞いてないけど、それなら、明日訊いてみればいいじゃない。『家が恋しくなったから』とか、そんなつまらない理由かもしれないけど」
「そうだな。ただ、ちょっと嫌な予感はするんだけど」
「どうして? 悪い奴には見えなかったけど」
「ああ。決して悪い人じゃないんだけど……」
僕はペトラに諭すように言った。
「ミスリルランクに達するには、ただ強いだけじゃ駄目ってことさ。したたかさも必要なんだよ」
* * *
翌朝。
僕が耳栓をしながら日課の瞑想を終えてキッチンに向かうと、兄さんが昨日の土産の料理を温めていた。
「おっ、レン君! おはよう!」
「おはよう。随分早いね」
「いやあ…・・強がってみたけど、やっぱり我が家のソファは寝るのに不向きだね。体中が痛くて寝不足だよ」
「言ってくれれば、ベッドを半分貸してあげたのに」
「いやいや、急に帰ってきたのに、これ以上レン君に迷惑かけられないよ。さあ、思いの外豪華な朝食になったし、ペトラちゃんを起こして一緒に食べようか! それにしても彼女、凄いいびきだね。俺の寝不足が加速したよ」
「あ、耳栓も貸せば良かったね。ごめん」
たっぷり寝て元気いっぱいのペトラと、飲酒のせいか眠りが浅くてぼんやりする僕と、目の下にクマを作った兄さんで食卓に着く。朝食にするには少し味が濃い酒場の料理を口に運びながら、兄さんに帰省の目的を訊こうとした。
「ああ、そうだ。レン君、今日は仕事?」
思いがけず、先に兄さんが僕に質問するので出ばなをくじかれてしまった。
「仕事だよ。ペトラも新しい依頼を探しに行く予定」
「そうか。それはちょうど良かった」
「ちょうど良かった?」
兄さんは僕が淹れたハーブティーを一気に飲み下して言った。
「俺も一緒に行くよ。イーゲル・騎士ギルド本部に」