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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
第四章【霊園に眠る故人と魔物】
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四話【ファーレンの刃】

挿絵(By みてみん)

「ロベルト……アーノルド……どうしてそんな所に……」


 幽霊ゴーストとなった亡き家族を前に、ボスは手を伸ばしながら一歩一歩近づいていく。


「お待ちください、お嬢!」ゴルドさんがリッチとボスの間に割って入る。「どう見てもこいつは罠です! うかつに近づけば、お嬢までこいつに何をされるか!」

「うるさい! そこをどいて!」

「どきませぬ!」


 揉み合う二人を前に、リッチが手にした杖を掲げた。

 すると、リッチの周囲を渦巻いていたゴーストたちが散開し、地面に潜っていった。


「ハンナさん! ゴーストが潜った場所から離れてください!」

「はっ、はい!」


 彼女が右足を上げると、地面から突き出した白骨の手が靴底をかすめた。


「ゾンビやスケルトンを生み出しているのはこいつです! ゴルドさんの後ろで一ヶ所に固まってください!」

「ぐおっ!?」


 指示を出した直後、野太い悲鳴が聞こえる。


「ぐお……あぁ……!」

「ゴルドさん!」


 見れば、リッチの手が彼の頭部をつかんでいた。

 いや、違う。正確には、彼の幽体と呼ぶべきものをつかんでいた。リッチが腕を引くと、その手にはゴーストのように半透明な姿のゴルドさんが、まるで肉体から脱皮するかのように引き抜かれていく。このままでは、彼の肉体は死に、幽体はリッチの支配下に置かれてしまうだろう。

 ゴールドランクの呆気ない敗北に、ギルド職員たちは表情を絶望に染めた。


「ロベルト! アーノルド! あたしよ、ディアナよ!」


 意識を失いつつあるゴルドさんの横をすり抜け、ボスが夫と息子のゴーストに駆け寄る。

 絶体絶命、呆然自失。イーゲル・騎士ギルド壊滅の危機に、僕は――


 シャッ


 手にした短剣で、ボスの夫と息子のゴーストを斬った。


「えっ?」あと一歩で手が届く位置にいたボスは、突然斬りつけられた二人を前に足を止めた。「――ファーレン? あんた、何したの?」

「見てのとおりです。僕らの敵を斬ったんですよ」

「敵? 敵じゃないでしょう……あたしの家族だよ? あんたまであたしから家族を奪うの!?」

「ちょっと黙っていてください!」


 僕の怒号に、ボスだけでなくギルド職員らも言葉を失った。当然だろう。僕が彼女らの前で言葉を荒らげたことなんて一度もない。

 ただ、今は許して欲しい。みんなを守るためにも。

 僕自身、ここまで腹を立てた記憶はない。体の中で巨大な炎が渦巻き、全身が焼き尽くされそうだ。愛する夫と息子を失い、イーゲル・騎士ギルドを立ち上げたボスもこんな気持ちだったのだろうか。


「…………」


 リッチは何も言わない。しかし、ゴルドさんから手を放し、僕を真正面に見据えて杖を構える。僕を最優先で倒すべき敵だと認識したようだ。


「逃げ……ろ……ファーレン君……」ゴルドさんが意識を取り戻した。「君では……いや……この街の誰もこいつに勝てない……」

「……ご心配ありがとうございます。でも、僕は逃げません。それに負ける気もありません」


 不安げに見守る彼らの視線を受けながら、僕はリッチに向かって一歩踏み出した。


 フオンッ


 杖を向けると、それを合図に空中のゴーストたちが僕に向かって滑空してきた。その数、およそ三十体。

 ゴーストに体内に侵入されると、体の自由を奪われ、最悪の場合生きたまま操り人形にされてしまう。共に酒を酌み交わす友人同士でも、何十年と同じ時を過ごしてきた家族同士でも殺し合う。リッチの恐ろしさは、その不死性だけでなく残酷さにもある。


「でも、僕の体には指一本触れさせない」


 殺到するゴーストたちを、すれ違いざまに斬り付ける。首に大きな切り込みを入れられたゴーストが地面に折り重なっていく。

 祝福の剣〈グナーデ〉。ドワーフが鍛えた短剣に印を刻み、聖職者の魔除けの祈りを固着させた特製の短剣。

 肉体を持たないゴーストには拳も剣も通用しない。しかしグナーデのように、魔除けの祝福を施された武具は例外だ。通用する武器さえあれば、むき出しの幽体はあまりにも脆く、容易く切り伏せることができる。


「…………!?」


 最後の一体を切り伏せた僕をリッチが見下ろす。髑髏から表情は読めないが、手下のほとんどを葬られて驚いているようにも、怒りをあらわにしているようにも見える。

 軽く息を吸い、一直線に跳んだ。小細工はいらない。時間も掛けられない。


 リッチは掲げた杖で頭上に魔方陣を描くと、無数の黄金色の火の玉が射出される。リッチは元になった魔術師によって得意な魔術が異なるが、こいつは炎の魔術の使い手のようだ。

 右手にグナーデを、左手にスケルトンの体の一部を握り、前後左右上空から飛来する火の玉を打ち落とす。この程度の熱さは気にならない。自分の心の方が遥かに赤く燃え盛っているから。

 新たな魔方陣を描きながら、距離を取るようにリッチが少しずつ後退する。分が悪いと感じたのか、焼かれても前進する姿に恐れをなしたのか。


「逃がすか!」


 壁のように進路を阻む無数の火の玉に突っ込む。リッチとの距離が、手が届くほどに縮まる。

 リッチは漆黒のローブをひるがえして上空に逃げようとする。その端をつかみ、体重を乗せて一気に引き寄せる。

 リッチの本体である青白い炎に体が包まれる。氷のように冷たい炎だ。怒り、悲しみ、嫉妬、虚栄……人間の負の感情と呼ばれるものが肌を焼く。

 人間を捨ててまで魔術を追求したいという気持ちは、僕には理解できない。否定も肯定もできない。ただ、これだけは言いたい。


「死者を、ボスの心を……冒涜することは許さない!」


 リッチの額にグナーデを突き立てる。

 瞬間、悲鳴を上げるように炎が激しく揺らめき、霊園中に広がった。青白い炎は生み出されたゾンビやスケルトンだけを焼き尽くし、物言わぬ死体に戻っていく。僕が切り伏せたゴーストたちも発火し、半透明の体が空気に溶けるように輪郭を失っていく。

 宙に浮くリッチも、力を失ったのかローブが地面に落ち、その上に本体を失った髑髏が落ちた。


「ファーレン!」髑髏の額からグナーデを抜こうとしたところで、ボスがつかみかかってきた。「よくも! あたしの旦那と息子を!」

「……大丈夫です、ボス。僕は旦那さんと息子さんに何もしていません」

「何を! あたしの目の前で斬り付けたじゃないか!」

「落ち着いてください。ほら、あれを見てください」


 ボスの背後を指差し、彼女が振り返る。

 地面に折り重なり、発火して消えつつあるゴーストたち。その中にはロベルトさんとアーノルド君のゴーストの姿もある。


「……これは?」

「ご覧のとおりです」


 ゴーストたちの姿がみるみるうちに変化していく。体は小さくなり、身に纏う衣服はふさふさとした体毛に。耳の位置は頭頂部に寄り、鼻と口が突き出していく。

 完全に消滅する直前、その姿は犬や猫など、紛れもなく人間ではなく獣だった。


「リッチは幽体を操る力を持ちますが、時間が経った死体から幽体を抜き出すことはできません。天国や地獄に行くのかもしれませんね。五年前に亡くなった二人の幽体を操ることなんてできないんです」

「……じゃあ、あの姿は何だったんだ?」

「リッチが操るゴーストの大半は、数日以内に死んだ動物の幽体です。それを、相手の心を読んで、最も心を揺さぶる姿に変えてしまうんです。旦那さんと息子さん以外の人型ゴーストも、他のギルド職員や霊園の墓参者にとって関わりの深い人の姿だったのかもしれません」


 説明を終えた頃には、はじめからそこには何もいなかったかのように、ゴーストたちは消滅していた。

 その正体は人間ではなかったとはいえ、彼らも天に旅立つところをリッチにさらわれ、無理やり戦わされていた被害者だ。目を閉じ、黙とうを捧げる。


「……そうだったのか。悪かったな、怒鳴って。騎士ギルドのマスターのくせに、魔物の知識はまだ不十分でな」

「構いませんよ。だからこそ、僕たちがいるんじゃないですか」


 僕たちの視線の先で、ハンナさんやイレーネさん、他のギルド職員たちが笑顔を見せてくれる。


「ファーレンさんの言うとおりですよ、ディアナさん!」

「ディアナさんは偉そうにふんぞり返っているのが一番お似合いなんですから~」

「俺たちはサポートしかできないっすけど、それでも一生懸命働きますよ!」

「お前たち……」

「――おいおい、俺たちも忘れないでくれよ」


 墓参者の避難を終えたキームさんと、彼に肩を借りる形でゴルドさんが歩み寄る。


「お嬢の腕っぷしも悪くないが、魔物共と戦うのは俺たちの仕事だ。お嬢が何でもできる器用な女だったら、俺たちが仕事を失っちまう」

「違いないねえ。敢えて要望を言わせてもらうなら、もうちょっと報酬を増やして欲しいってのと、早くギルドを大きくして欲しいってとこですかな」

「二人とも……生意気言いやがって」


 ボスは笑いながら目をこすった。その指先が微かに煌めいて見えた。


「さあ。みんな、帰ろうか。あたしたちのギルドへ」

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