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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
第四章【霊園に眠る故人と魔物】
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二話【ディアナ・イーゲルの過去】

挿絵(By みてみん)

 ヒューゲル霊園。ヒューゲルで亡くなった人はこの霊園に埋葬される。ボスこと、ディアナ・イーゲルの夫と息子も例外ではない。

 丘の街とも呼ばれるヒューゲルには、大小いくつかの丘に沿うように街並みが形成されている。霊園はその中でも小さな丘の上に造られているが、街の端にあり、遠く離れた海も見下ろせるこの場所は、街の中でも屈指の景勝地となっている。

 きっと、この地に眠る人たちも、この風景を楽しんでいるはずだ。


 ボスを先頭に五名のギルド職員が後ろに続き、最後尾をゴルドさんとキームさんのウォリアー二人が歩く。計八人で、半円型の分厚い墓石の間を歩いていく。短く刈り揃えられた芝生の地面に、縦横無尽に走るレンガ敷きの歩道を歩いていると、緑色の海の上を歩いているような感覚になる。


「着いたよ」


 ボスが立ち止まる。

 目の前の墓石には、ボスの夫であるロベルト・イーゲルと、息子であるアーノルド・イーゲルの名が刻まれている。

 刻まれた名前以外は、他の墓石と何も変わらない。僕の目にはそう映るが、果たして、ボスの目にはどう映っているのだろうか。


「仕事が忙しくて、あまり来られなくてごめんね」ボスが墓石の前にしゃがみ込む。「今年もギルドのみんなが来てくれたよ。新しい職員も増えたし、活きのいいウォリアーも見つけたんだ。あたしたちのギルドは、もっともっと大きくなるよ」


 彼女が手を合わせるので、僕らもそれに合わせて手を合わせる。

 二人のウォリアーが歩み出て、彼女の横に並ぶ。任務中は剣と盾を手にする彼らは、今日は武器の代わりに水の入った桶と花を手にしている。

 ボスは水に浸したタオルを固く絞り、ごしごしと力強く墓石を磨く。桶の水が茶色く濁り始めた時には、埃と苔を落とされた墓石はまばゆい光沢を纏っていた。光が煌めくたびに「ありがとう」と墓石がささやいているように感じるのは、僕の考え過ぎだろうか。

 ボスが花を供えた時、道中から霊園まで一言も口にしなかったハンナさんが口を開いた。


「あの……ひょっとして、ディアナさんのご家族って、魔物に……」


 その言葉の途中で、男性のギルド職員が彼女を睨んだ。その目は「ディアナさんに辛い過去を思い出させる気か!」と責めているのは明白で、彼女もすぐに口をつぐんだ。


「ご、ごめんなさい! 私ったら、無神経なことを……」

「……いいんだよ、別に」ボスは彼女に微笑みかけた。「遅かれ早かれ教えるつもりだったんだ。それに、わざわざこんな所にまでついてきてくれたんだから、知る権利はあるだろう?」


 実際、ボスはいつともなく自分の家族の話をすることがあった。僕らは彼女の過去の話を聞くたび、驚き、そして魔物との戦いの決意を改めるのだった。


***


 ディアナ・イーゲル。二十九歳。生まれも育ちもヒューゲルの、ごく普通の女性として過ごしてきた。

 彼女が伴侶を得たのは二十二歳の時。夫になったロベルト・イーゲルは彼女とは対照的な人間で、趣味は読書と料理という少々内気な青年だった。水と油のような二人だったが、反発するのではなく、自分にない魅力を持つことに惹かれ、二年の交際を経て結婚に至った。


 彼女が二十三歳になると、息子を出産した。息子のアーノルドは母親似で、ディアナはそれを大層喜び、ロベルトは「お母さんに似た美青年になるぞ」と同じく喜んだ。顔だけでなく豪快さも母親から受け継いだアーノルドは何度も両親を困らせたが、そのたびに二人は深い愛情をもって息子に献身した。

 そして、幸せな家族三人の時間は一年で終わりを告げた。


 彼女が二十四歳になったある雨の日、ヒューゲルの街を一頭の純白のドラゴンが襲った。竜は強さと知性を併せ持ち、動物系の魔物の中でも最強と名高い。大型の竜となれば、最上級の騎士ギルドや軍隊が全力をもって当たらなければ勝ち目はないと言われている。

 幸いにもヒューゲルに現れた竜はせいぜい中型で、決して倒せない魔物ではなかった。


 しかし、当時ヒューゲルには騎士ギルドが存在しなかった。ヒューゲルに限らず、首都から遠く離れた街には小さな警察組織があるだけ。騎士ギルドは採算の取れない小規模な街には支部すら置かれないことが多かった。

 結果、街はドラゴンに蹂躙され、死傷者は数百名に上った。後に〈白い竜の災害〉と呼ばれる事件だった。

 雨が上がり、竜が去った街に残されたのは凄惨な光景と泣き叫ぶ人々。奪われたのは莫大な財産と多くの命。街を治めるのが賢明な領主でなければ、ヒューゲルの街は消滅していただろう。


 それでも、田舎の小さな街に魔物と戦うための人員が割かれることはなかった。魔物と戦うウォリアーほど危険な仕事は常に人手不足で、辺境の地は常に魔物の影に怯えていた。

 だから、夫と息子を埋葬した後、ディアナは誓った。自分と同じ、家族を失う悲しみを味わう人を一人でも減らさなければならない。そのためには、誰かの助けを待つのではなく、自分たちで戦う力を備えなければならないと。


 ディアナ・イーゲルが〈イーゲル・騎士ギルド〉を立ち上げたのは、その一年後のことだった。発足には、白い竜の被害者やイーゲル家の友人が力を貸してくれた。

 シンボルとして看板に描いたのは、夫と息子が大好きだったハリネズミ。それを赤く描いたのは、竜に焼かれた街と、流された血を忘れないため。


 イーゲル・騎士ギルドが発足して四年。貧乏で、支部も三つしかない最弱の騎士ギルドである。儲けることより、人を助けることを第一にするディアナの騎士ギルドなど大成しない――彼女に感謝しながらも、多くの市民がそう思っていた。

 しかし、ディアナに惹かれる者は多かった。発足して二年後には、非常に希少なハーフエルフまでギルドの戸を叩いた。


***


「あたしの夢は、イーゲル・騎士ギルドを王国一の騎士ギルドにすることさ。だけど、それはお金や名誉のためじゃない。『一人でも多くの人を守る』その実現のためだよ。ただ、あたしには魔物と戦う力も、ギルドを大きくする手腕もない。だから、みんなの力を貸して欲しいんだ」


 そう言って深々と頭を下げる姿は、少なからず僕らを動揺させた。豪放磊落を体現したボスがこのような姿を見せるのは初めてだ。長い付き合いであろう二人の初老ウォリアーも目を丸くして顔を見合わせている。


「もちろんです」


 僕らはそう答えた。

 騎士ギルドの関係者は、過去に自分や親しい人が魔物に襲われた経験を持つ者が多い。今更ボスに言われなくても、みんな魔物と戦う覚悟はできている。


「……ありがとう、みんな」


 長い黒髪を後ろに流しながら、ボスが顔を上げる――その途中で、ボスは目を見開いて止まった。


「ボス、どうしました?」


 彼女の視線を追うように、僕らは振り向いた。そして、この霊園の異常事態を察した。

 背後の墓石の下から、腐敗した一本の腕が突き出していた。

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