七話【ランクアップ】
「ボス。ペトラですが、〈ストーンランク〉から〈ブロンズランク〉に上げませんか?」
翌日、僕は熟睡中のペトラを家に残し、一人でイーゲル・騎士ギルド本部に向かった。すぐに片付けるべき仕事を終わらせ、本部長室のボスに直談判に行ったのだ。
「まだストーンランクの任務を三つこなしただけだろう? 一日で三つとは驚異的だが、ランクアップは時期尚早じゃないか? お前だって、最低でも十回は任務を経験させるべきだと言っているだろう」
案の定、ボスは僕の提案を否定した。僕が同じ立場なら、同じ答えを返すだろう。
だけど、僕とボスは違う。考え方はもちろん、彼女と過ごした時間も。
「昨日も報告しましたが、彼女は突如現れたフラワーモールを一人で退治しました。ランクを付けるならシルバーランクの任務になるでしょう。しかも、彼女は閉所恐怖症と言う弱点を一時的にですが乗り越えました」
「前半は納得だが、後半は無意味だな。閉所恐怖症の克服はマイナスがゼロになっただけだし、それも不完全なんだろう?」
「それはそうですが……彼女は魔物討伐に適性があります。ストーンランクの任務では彼女を活かせません」
「要は、ただの暴力娘なんだろう? お前は昨日言わなかったが、魔力が尽きていたのはあの子の尻拭いをしていたせいじゃないのか?」
すべて図星だ。言ったそばから反論される。
ペトラが暴力娘と言うのは否定出来ない。しかしそれでも、彼女を早く一人前にしてやりたい。「イーゲル・騎士ギルドの名を上げるため」なんて打算は抜け落ちていた。
しかし、結局無理なのか……そう諦めかけた時、ボスは笑みを見せた。
「いや、意地悪なことを言ってすまない。お前の言うことももっともなんだが、ギルドの長としてあまり特例を出したくないからな。と言うか、あたしも同じことを考えていた。あの子の実力はストーンランクじゃ測れんよ。ブロンズランクに上げるのを許そう」
「ボス……ありがとうございます!」
「当然他のウォリアーの反感を買うだろうが、それを退けるのもあの子次第だ。贔屓になるかもしれないが、あの子は大事なお伽噺の原石だ。こんなことで潰されないよう、しっかり見守ってやってくれよ」
「はい、もちろんです。それでは、僕はこれで失礼します」
結局、僕はボスの手のひらの上で踊っていたに過ぎないのか。
いや、そうじゃない。ペトラの危うさを再確認されたんだ。彼女の活躍を見て僕自身舞い上がっていたかもしれないが、それをボスが戒めてくれた。
とにかく、目的は達成した。安堵しながらドアノブを握った時だった。
「ああ、そうだ。朝礼で伝え忘れていたから、職員たちに伝えておいてくれ。休暇の連中にもな」
「ああ、言い忘れてたんですか。毎年のことだから、てっきり言う必要が無かったのかと」
「そんなわけないだろ。ハンナは初めてだし、忘れている奴もいるかもしれないからな」
「そんな……忘れるわけないじゃないですか。だって明日は」
それ以上言わず、僕は「分かりました。伝えておきます」と答え、本部長室を出た。
明日は、ボスことディアナ・イーゲルが騎士ギルドを立ち上げるきっかけになった日。
彼女の夫と息子が魔物に襲われ、亡くなった日だ。