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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
第三章【ドワーフ娘の初仕事】
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三話【ペトラ大活躍?】

挿絵(By みてみん)

 しばらく走っていると目的地にたどり着いた。周囲の家々の三倍ほどの敷地を持つ裕福な家で、イーゲル・騎士ギルドのお得意様でもある。と言っても、魔物退治ではなく雑用の方だが。


 道路を挟んで斜向かいの家の陰から玄関を盗み見る。玄関には巨大なハンマーを担いだ小柄な女の子――一目でペトラと分かるが、彼女が家主のドグさんと話している。彼女に限らずウォリアーには変わった人格の持ち主が多いが、ドグさんはお得意様だけあってハーフドワーフの少女を前にしても平然としている。


「こら、ペトラ。ちゃんと自己紹介して――もうちょっと声を小さく――あっ、ハンマーを振り回すな!」


 彼女の危なっかしいやり取りに声が漏れてしまう。

 ひやひやする場面はあったが、ようやく彼女の初仕事が始まるようだ。ドグさんは一人で庭の端に向かい、植え込みの陰でしゃがみ込んで何か作業をしている。彼が立ち上がると、その両手には六匹分の犬のリードが握られていた。


 そう、彼女の初任務は『犬の散歩』である。

 しかし、侮ってはいけない。六匹の犬はいずれも大型犬で、気性が荒い。幸い人間を襲ったことは無いが、ドグさんが犬を散歩に連れて行けば海が割れるように人が避けていく。

 それだけに、新人ウォリアーの度胸や任務への態度を測るのにうってつけ。実は今回の依頼も、僕からドグさんに協力を依頼して実現したのだ。

 へたれウォリアーなら、腰が引けた情けない姿で犬に引っ張られたり、リードをどこかに縛り付けてさぼってしまうところだが、ペトラはどうだろうか?


 ドグさんがリードを彼女に手渡し、家の中に戻ってしまうと、途端に犬たちが彼女を睨み始めた。ドグさんもこちらの意図を把握しているので、「知らない人に散歩に連れて行ってもらう時は言うことを聞くんじゃないぞ」と調教しているらしい。恐ろしい人だ。

 人間一人軽く食い殺せる六匹の犬を相手に、ペトラは見下ろしながら――いや、見下しながら言い放った。


「睨んでる暇があったらさっさと走るわよ! わだすは忙しいのよ!」


 そう言うや否や、ペトラが駆け出した。首を引っ張られる形になった犬たちは「ギャウン!」と悲鳴を上げながら彼女の後を追う。追わなければ引きずりの刑だ。

 六匹のうちの一匹、しなやかな肉体を持つスポーツ選手のような犬が怒りをこらえきれなかったのか、ペトラの背中に飛び掛かろうとする。

 しかしドワーフの勘が働いたのか、彼女は振り返りながら睨み返す。おじけづいた犬は空中で急停止し、数メートル引きずられ、遅れを取り戻すように懸命に脚を動かす。


「む、無茶苦茶な奴……」


 彼女の辞書には遠慮や手加減と言う言葉が載っていないのだろうか?

 ドワーフは上下関係に厳しい。犬に見下されるのは我慢ならないので、先に「自分が上だ」と教え込みたいんだろうが、お客様の犬なんだからもっと丁寧に扱わないと……。


 僕も後を追いながら陰から散歩を見守るが、ただただ犬たちがかわいそうなだけだった。ペトラは事前に教えられた散歩ルートを爆走。単純な走力なら犬の方が上だろうが、彼女のパワフルな走りは小石を後ろに飛ばし、リードを鞭のようにしならせ、それらが犬たちの体中を打ち付ける。こりゃたまらんと前に出ようとすれば、彼女が睨みを利かせて押さえつける。

 さらに、体力はペトラに分があるようで、犬たちがスピードを落としても彼女は軽く汗をかくだけで走りを緩めない。散歩コースの八割を走り終えた頃には、犬たちは完全に脚を止め、それを見かねたペトラが六匹全てを担いで走った。もはや散歩の意味が無い。


 わずか十分で散歩を終えたペトラは、家で待っていたドグさんに犬を返した。疲労を通り越して死屍累々と言った彼らの姿を見て、さすがのドグさんも言葉を失っていた。


「ちゃーんと散歩言ってきたから、これで任務完了ね! それじゃっ!」

「あ、ああ……ありがとうね」


 風のように走り去るペトラ。彼女の姿が見えなくなったところで、僕は即座に謝罪に向かい、念のためにと用意しておいた傷薬で犬たちの怪我を治す。


「君の所の新人さん、あれは大物になるね……」

「あはは……後できちんと叱っておきます」


***


 広大な畑の中央で仁王立ちするペトラ。ドワーフの血が流れているせいか、小柄な女の子なのに大地の守護者のような貫禄がある。


 ペトラの次の仕事は『畑の草むしり』だ。街を囲むように広大な面積の畑が作られているが、近年は若者の農業離れも進んで放置されている区画がある。無論農地を遊ばせておくのは無駄だし、ヒューゲルの街も徐々に人口が増えているので、力自慢のウォリアーが集まる騎士ギルドに整地依頼が来るのだ。


 ペトラの目の前には、自分の身長ほどもあるたくましい雑草が生い茂っている。離れた所から、今回の依頼人である畑の管理者の老人が見守り、さらに離れた所の案山子かかしの陰から僕が見守る。

 普通に手作業で抜けば丸二日かかるであろう雑草を前に、ペトラは威風堂々とハンマーを掲げた。


「せいっやあぁぁーーーーっ!!」


 ペトラは声を張り上げながら、ハンマーの尖っている方を地面に振り下ろした。ハンマーは深々と突き刺さり、引き抜くと根ごと雑草がえぐり取られた。


「せいっ! せえいっ! せいやっ!」


 同じ要領で、何度も何度もハンマーを振り下ろす。彼女の周りには雑草と土が飛び散り、通り過ぎた後には竜巻でも通ったかのような無残に荒れ果てた地面が残される。

 なるほど、確かに雑草は根こそぎ抜かれている。しかし彼女の頭には、今後この場所が畑として利用される目的が抜け落ちているのではないか?


「――よしっ! 任務完了! わだすはもう行くから、後は好きな種でも撒いといてね」

「あ、ああ……ありがとう」


 爽やかに汗をぬぐいながら依頼人に報告するペトラ。老人は彼女を見ておらず、視線からは「後片付けの方が大変なのでは……」と後悔の念が渦巻いていることが容易に察せられた。

 再び風のように走り去っていた彼女を陰から見送った後、僕も再び謝罪に向かう。


「あのお嬢ちゃん、何者なんだい……?」

「えーっと……将来有望な若者です。たぶん」


 僕は現場に向かうと、交信魔術を用いて雑草に付いた土だけを元の場所に戻し、散らかった雑草を一ヶ所にまとめる。交信魔術は本来一時的に過去を再現するだけだが、その状態を維持することも出来る。ただ、その場合は魔力の消費が数倍に跳ね上がり、ハーフエルフとして中途半端な魔力しか持たない僕の力はほぼ尽きてしまった。


「ファーレン君も大変だねえ。これからあの子と仕事をしていくんだろう?」

「そう願いたいところですが……まずは今回の任務をきちんとこなしてくれないと何とも言えませんね。教育も必要ですし……」


 この様子では、最後の任務も尻を拭ってやる必要がありそうだ。

 魔力を使いすぎた倦怠感をこらえながら三つ目の現場に向かう。


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